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予想外の自己主張

「朝食後、馬車で一番近い街に買い物に行こう。オリーもいっしょに。クルトが馬車を出してくれる。ミサ、きみのドレスや服や靴やその他必要な物を揃えたいのだ」

「ええっ、わ、わたしの物をですか?」


 ローマン様の提案が意外すぎた。反射的に大声を出してしまった。


「ああ、きみの物だ。おれではよくわからん。だから、オリーと相談して決めるといい。そうだな。オリーにもプレゼントするか。よろこんできみの手伝いをしてくれるだろう」

「で、ですが、ローマン様……」

「これは、おれの望みだ。いいな?」

「それでしたら……」


 申し訳なさすぎる。


 だけど、ローマン様の意向に沿うことがわたしの役目。


 ウキウキ気分のオリーと馭者を務めるクルトさんが馭者台に乗り、ローマン様とわたしは馬車内で並んで座り、朝食後街へ向かって出発した。


 ローマン様のもとにやってきたときは、怪しげな乗合馬車に乗った。当然、馬車じたい初めて乗った。それどころか、屋敷を出ることじたいが初めてだった。あのときは、すべてが初めての経験だった。その初めてのひとつである馬車での移動は、木製のかたい座席の上にガタガタと揺れ続けるものだから腰とお尻が痛くてたまらなかった。というのが、正直な感想である。


 それに比べて、ローマン様の馬車はまったく違う。二頭立ての立派な馬車は、生家のブラントミュラー伯爵家の馬車よりもずっと立派である。ブラントミュラー伯爵家の馬車は、派手で豪華なだけで乗り心地はあまりよくないらしい。ローマン様の馬車は、乗り心地を重視している馬車に違いない。


 ローマン様の馬車は、馬車そのものが機能的だというだけでなく馭者であるクルトさんの腕もあるに違いない。


 揺れは、心地いい。とても心地いい。しかも、車窓に流れていく景色は美しくて穏やか。


 昨夜の葡萄酒が残っているわけではないでしょうけれど、それらが眠気を誘う。


「ミサ、どうした。眠いのか?」

「も、申し訳ありません。馬車の揺れが心地よくてつい」

「謝る必要はない。おれもそうだからな。街までしばらくかかる。眠っているといい」

「ですが、ローマン様の領地を見てみたいのです」

「そうか。きみにはまだ見せていなかったな。では、つぎは馬車で領地内をまわってみるとしよう。そうだ。きみは、馬は怖いか? 怖くなければ、乗馬を教えよう。ゆくゆくは、遠乗りがてら領地をまわろう。楽しいし、なにより爽快だ。馬で草原を駆けるというのは、なにものにもかえられない爽快感がある」

「馬ですか? いいえ、ちっとも怖くありません。すごく可愛い目をしていますし、やさしいです。ローマン様の馬たちは、どの子もとてもいい子たちです。わたしは、馬場内を駆ける彼らの姿を見るのが大好きなのです」

「ああ、きみの言う通りだ。馬たちの駆ける姿は美しい。馬が好きなら、乗馬も気に入るはずだ。それに、上達もはやいかもしれない」

「ローマン様、ぜひお願いします。すごく楽しみです」


 すごく興味がある。なにより、すごくやってみたい。


 無意識の内に、身を乗りだしてお願いしていた。


「なんてことだ」


 そのローマン様のつぶやきでハッとした。


「も、申し訳ありません。つい……」


 分不相応なお願いをしてしまった。恥ずかしさと申し訳なさで、顔が真っ赤になっているのを感じる。


 昨夜も顔が火照っていたけれど、いまはそれとは違う意味で真っ赤になっている。 


「謝るな。すまない。驚いたのだ。きみから自分の希望をきくのは初めてだったから。ああ、そうだった。おれの剃刀の傷を見せてくれ、としつこく言ってくるのもきみの希望だな」

「あ、あれは……」

「冗談だ。おれの為を思ってあれだけ必死になってくれるのた。それはそれでうれしいよ」

「ローマン様……」


『うれしいよ』


 その一言が、頭の中と心の中で何度も響き渡る。


 そのような言葉を言ってもらえて、わたしの方がうれしい。


「あー、なんだ。きみが自分がやりたいことをあんなにハッキリ言ってくれた。しかも熱心に。ぜったいにきみの希望をかなえなくてはな。さっそく明日から練習しよう。きみにぴったりの馬もいることだし」

「ほんとうですか?」


 うれしい。ほんとうにうれしい。だけど、こんなわたしが、お情けでメイドとして雇ってもらっているわたしが、乗馬を教えてもらっていいのかしら。それをいうなら、このようにローマン様と馬車に乗ったり買い物をしたり、さらには同じテーブルで食事をしたりしていいのかしら?


 すごくうれしい反面、とてつもない不安に襲われた。



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