きみは、おれが怖くないのか?
いつの間にか、豆を収穫する手が止まっていた。ローマン様もわたしも。
「初対面では、ほんとうにすまなかった。きみはまったく関係がないというのに、心ないことを言ってしまった」
ローマン様は、豆の木の向こうで頭を下げた。木と木の間の間隔が狭いので、大きな体を小さくして。
「おれがこの領地にひきこもってから、バカ王太子が自分の婚約者に飽きると婚約破棄をし、元婚約者をここに送りつけるのだ。ここに無理矢理送り込まれたご令嬢たちは、おれの噂をきいているから最初から敵意に満ちている。そして、おれを見て噂通りだと判断するとひどい態度をとる。結局、そのまま回れ右して帰ってしまう。もっとも、おれもそれで安心したのだがな。だが、きみは違った。一目見た瞬間、他のご令嬢たちとは違うと思った」
ローマン様は、身を屈めながらこちらにやって来た。
「ミサ。きみは、おれが怖くないのか? このような外見のおれのことが、怖ろしくないのか?」
「はい、ローマン様。わたしも、あなたの噂はきいていました。ですが、噂をきいても怖いとは思いませんでした。ここでローマン様にお会いしてもそれはかわりませんでした。『うわー、大きな方』、くらいにしか思いませんでした」
「そうか……。きみは、ずいぶんとかわっているのだな」
「ええ、そうかもしれませんね」
視線が合い、二人で同時に笑った。
「初対面でひどいことを言ってしまったが、きみがここにいたいと言ってくれたことはうれしかった。以降、きみがいつおれに愛想を尽かして『出て行く』と言いだしたらどうしよう、と不安を抱いている。もちろん、いまもだが。ははっ。可愛げのないおれは、そんなことを思っているのとは裏腹にきみにきつく当たり続けているがな。この年齢だからか? いや。やはり、もともと可愛気のない性格のせいなのだろうな」
また笑ってしまった。
「きみがちゃんとここにいてくれているのか、それを確かめるためについつい盗み見してしまう。それが、おれの最近の日課の一つだ」
そのローマン様の一言で、ずっと見られているような感覚に襲われている理由が判明した。
「ミサ。きみは、ほんとうにかわりすぎているな。おれを怖がらないばかりか、おれにどれだけ怒鳴られたり拒否されたりしても、食らいついてくるのだから。昔、戦場でこれだけ食らいついてくる敵兵に出会ったことはなかった」
「じつは、わたしも必死なのです。一日でも長くここにいさせてもらう為には、ちゃんと仕事をしないと。そうでなければ、ローマン様に愛想を尽かされたり役立たずと判断され、ここから放り出されてしまう。ここから放り出されてしまうと、どうしていいかわかりません。なにより、ローマン様のお役に立ちたい。ローマン様の側にいたい。そういう気持ちでいっぱいなのです。ですから、いつも必死になるのです」
「こんな怪物に? きみは、ほんとうにかわっているな」
またまた二人で笑った。
頭上の太陽もニコニコ笑っているようだと思いながら、ローマン様と笑い続けた。
今夜から食事をいっしょにして欲しい、とローマン様に頼まれた。ひとりで食べるのはつまらない、と。
その気持ちはよくわかる。わたしも、食べ物があるときには地下室でロウソクが消えてしまわないかとヒヤヒヤしながらカビの生えたパンをかじったり、酸っぱいにおいのするスープをすすったりしていた。シンと静まりかえっている中、たったひとりでモゾモゾ食事をするのは、みじめ以外のなにものでもない。なにより、とても寂しかった。
ローマン様だってそうに違いない。
ローマン様もずっとひとりで食べている。たったひとりで。ルディさんの美味しい料理も、それだと味気ないかもしれない。ほんとうの意味で美味しく食べることなんて、出来ないかもしれない。
だから、すぐに応じた。「よろこんでご一緒します」、と。
ローマン様の意に添うことこそが、わたしの役目。ローマン様の役に立てるのなら、なんだってする。
というわけで、二人分の食事を食堂に準備した。
準備が終わってローマン様を呼びに行き、戻ってきた。そうすると、なぜかオリーが立っている。
「わたしが給仕をします」
彼女は、可愛らしい顔に力いっぱい笑みを浮かべて申し出た。
そのタイミングで、ローマン様が椅子をひいてくれた。ちょっと照れ臭いし申し訳なかったけれど、せっかくなのでお礼を言ってから着席した。




