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ローマン様の傷

 ローマン様の体は、それはもうあちこち傷だらけである。わたしの体は、痣だらけ。彼の場合は、剣による切り傷や刺し傷だらけ。そのあまりの多さに、しばし目が釘付けになってしまった。


 ローマン様が振り返り、立ちすくんだわたしを見た。


 視線が合ったまま、しばしときが静かに流れてゆく。


「どうして泣いている?」


 ややあってローマン様に尋ねられた。


 そこで初めて、自分が涙を流していることに気がついた。


「申し訳ありません」


 やはり、一番に出てくるのは謝罪だった。


「噂では、体の傷は先の戦争で出来たものとか。ローマン様は、それだけの傷を負ってまでわたしたちを守って下さった。そう考えると、感謝と申し訳なさでいっぱいになったのです。それから、ローマン様の心の痛みも感じました。敵兵を殺したり傷つけたりしなければならない、ローマン様の傷ついた心を感じるのです」


 こんなこと、本来なら言ってはいけないことなのかもしれない。ローマン様は、体の傷についてわたしになど触れられたくないはず。それをズケズケと言ってしまった。


 怒られて当然。怒鳴られて当然。


 だけど、言いたかった。これまで、こんなことをはっきりと主張することはなかった。しかし、いまは違う。


 いまは違うのである。


 当然、これから叱責されることを覚悟した。あるいは、罵倒されることを。


 視線を合わせていることに耐えきれず、それをそらせて床に向けた。


 衣擦れの音がし、ローマン様がこちらにゆっくり歩いてくる。


(昔のように、またムチでぶたれるのかしら?)


 ムチでぶたれると、本来なら恐怖心を抱くはず。でも、いまはまったく怖くない。


 ただ、わたしをムチでぶつローマン様が傷つく。やさしいローマン様は、なにより他人を傷つけることを怖がっている。他人を傷つける度、彼自身の心はもっと傷ついてしまう。


 そんな彼を傷つけてしまうことが、わたし自身がムチでぶたれて傷つくよりよほど心配になる。


 そんなことを考えている間に、ローマン様がすぐ前までやってきていた。


 彼がわたしをじっと見下ろしていると感じるまでに、彼に抱きしめられていた。


 ローマン様は、わたしを抱きしめながら泣いている。


 彼が泣いているのを、わたしも泣きながら感じていた。





 今朝は、朝食後に豆類の収穫を行うことにした。


 ローマン様といっしょに、である。


 二人してカゴを持ち、地道に作業をする。


 そのとき、ローマン様は話してくれた。


 彼がレディを嫌う理由を。嫌う、というのはすこし違うかもしれない。嫌うというよりかは、怖がるというか避けたいという表現の方がいいかもしれない。


 話は、先の戦争前に遡る。


 ローマン様には婚約者がいた。


 王女の一人で、それはもう美しいレディだったとか。


 たしかその王女は、ある他国の王子に嫁いだのだはず。彼女はその後不貞をし、離縁されて帰国させられたときおくしている。帰国以降の消息は、きいたことがない。


 当時、まだわたしは子どもだった。その当時から屋敷での扱いはよくなかった。メイドたちの噂話が世の中の動きだったから、詳細は知らない。それでも、ローマン様がその王女と婚約していたのだということに驚きを禁じ得ない。なぜなら、不貞をして離縁されたような王女がローマン様の婚約者だなんて、ぜったいに釣り合わない。心からそう思う。

 それとは別に、ローマン様と自分の年齢差をあらためて感じた。


 ローマン様とわたしは、ニ十歳くらい離れているということに。


 それはともかく、このアルタウス王国は戦争に突入し、将軍であるローマン様はずっと陣頭で指揮を執った。その際、命にかかわるような傷をいくつも負った。それでも彼はこの国を護り抜き、勝利をもたらせた。


 が、戦後王都に戻ってきた彼を待っていたのは、婚約者である王女の不貞と婚約破棄だった。


 その王女は、婚約者であるローマン様がみずから戦場で命をかけて戦っている間に、宰相の子息や貴族子息たちと親密になっていたのである。そして、彼女は婚約破棄を叩きつけた。自分の不貞は棚に上げ、ローマン様の目や体の傷を醜いと責め、それを理由にしたのだ。


 当時、それはかなり不評だったらしい。当然のことである。結局、彼女は他国の王子に嫁ぐしかなくなり、この国から逃れるようにして嫁いだ。その結末は、またしても不貞による離縁。そして、祖国へ送り返された。


 ローマン様は、その王女のせいでおおいに傷ついた。そして、彼はすべての人から遠ざかるようになり、この領地に戻ってしまった。


 ローマン様がこんなわたしにすら怯えていたのは、そのときのショックがひきずっているからである。



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