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がんばってみた結果……

 今日はメイド用の服装ではなく、実家から持ってきた愛用のシャツとズボンを着用している。どちらもブラントミュラー家にいたときに着用していたもので、男性の使用人が辞めた際に捨てたものを手直しして着用していた。シャツもズボンも繕った跡が目立つし、生地は着用しすぎて薄くなっている。だけど、家事をする際にはこういう恰好が動きやすい。


 今日、この荒れ地の整備にはピッタリな恰好である。


 暑さに負けずに作業を続けていると、木の切り株があることに気がついた。木といっても、大木ではなく細い木である。しかし根が地中深くにまではっているようで、押したりひいたりするもまったくビクともしない。


(これは、男性か下手をすると馬にでもひっぱってもらわないと無理かもしれないわね)


 オリ―に相談しようと見まわすも、彼女の姿が見えない。


(井戸にお水でも汲みに行ったのかしら?)


 たぶんそうなのでしょう。


 仕方がない。そのまま継続してみることにした。


 根の回りにある土は、すでにシャベルで出来るかぎり掘っている。


 それから、ノコギリで地面から見える部分の根を切った。


 ここまではなんとか出来た。充分ではないと思うけれど。それでも自分なりにがんばった。


 問題は、ここから。いよいよ土の中に張る根を抜くわけである。ハンマーで木に衝撃を与えると、わずかに根が持ち上がるので引き抜きやすくなる。


 エルヴィスさんからこういうことを教えてもらっていたので、今日はもろもろの道具を運んできた。


 ハンマーやショベルやノコギリである。正直、それをを運んでここまで来ただけでもひと苦労だった。


 それはともかく、小柄なわたしがこの大きなハンマーを振るうのね。


 あまりにもイメージがわかなさすぎる。というか、この大きなハンマーはあきらかに身の丈に合わない。はたして、わたしにこの大きなハンマーを振り上げることが出来るのかしら?


 いいえ。やらなきゃ。せっかくお情けでここで仕事をさせてもらっているのだから、せめてこんなことでも役に立たなくては。


 頭を左右に振ると、気合を入れて地面に置いているハンマーの持ち手を握った。


「お、重い」


 想像はしていたけれどやはり重い。


「がんばれ、わたし。ローマン様の役に立たなきゃ」


 お腹の底から叫んだ。そうすれば、体中に力がみなぎるといわんばかりに。


 そして、ハンマーを握る手をおもいきり振り上げた。


「やったぁ。あ、あれ? あれれ?」


 頭上に振り上げることは出来た。だけど、振り上げたままあっちにフラフラこっちにフラフラとよろめいてしまう。


『振り上げてから切り株に向かって振り下ろす』


 それは、頭の中で何度か思い描いた光景。だけど、いまのこれはそれとはずいぶん違う気がする。


 ハンマーは、わたしに対して無慈悲だった。ハンマーというよりか、引力かもしれない。わたしが非力すぎるということもある。


 つまり、ハンマーを振り上げた両腕が頭のうしろで下がり始めた。


 このままではうしろにひっくり返ってしまう。


 力を入れようにも、再度持ち上げる力も気力もない。


「キャッ」


 そしてついに、見事なまでにうしろにひっくり返ってしまった。頭上の太陽は、そんなわたしの非力さと間抜けさを嘲笑っている。それを見ながら、やけにゆっくり背中から地面に倒れていき……。


「まったく、見てはおれんな」


 その瞬間、背中がなにかにぶつかった。同時に、両腕から重みが消えた。


「レディがこんなことをするからだ」


 ぶっきらぼうな声が、顔に落ちてきた。


 ギラギラ輝く太陽のせいでよく見えないけれど、この声や口調はひとりしかいない。


 そう。ローマン様しか。


 わたしは、ローマン様に抱きとめられていた。彼は右手でわたしの手から取ったハンマーを握り、背中からひっくり返りそうになっていたわたしを左腕一本で受け止め、支えてくれていた。




「どうしたの?」


 夕食後、いつものようにみんなでスイーツとお茶を楽しんでいた。


 自分の両手を見ていると、隣に座っているオリ―がわたしの顔をのぞきこんできた。


「わたしの手、ボロボロよね」


 手は、もともと荒れるに任せていた。長年の家事で荒れまくっている。肌荒れの薬なんてあるわけがない。だから、皮膚や爪はひび割れている。手のひらは、マメやタコが破れたり潰れたりしてひどい状態。今日の荒れ地の整備で、あらたにマメが出来た。


 ローマン様は、それが潰れてしまったのを見て絆創膏をはってくれた。


「ボロボロだな」


 ローマン様は、絆創膏をはりながらひとことつぶやいた。


 そのひとことが胸に響いた。


 またもや不愉快な思いをさせてしまった。


 そのことが気になっていて、ついつい手を見てしまう。


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