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異世界人に憑依されていたものですが、私が本物ですけど???

作者: 片原痛子





『明晰夢』、というものがある。

これは自分で夢だと理解しながらみる夢のことで、多くの人は明晰夢で見た事を覚えているという。

かく言う私も明晰夢をみたことがある。


伯爵家長女である私、ミレイユ・ベルナールは、恥ずかしながら他人との交流が苦手だ。

きっかけは些細なことで、6歳の時に呼ばれた貴族の子供が集まるお茶会で粗相をしてしまい、それからというものお茶会に出る度に笑い物にされ、それ以来人と話すのが怖くなってしまった。

両親はそんな私に失望し弟だけを気にかけるようになり、私は使用人にも馬鹿にされ余計に内に籠ることになった。


やがて私は巷で「引きこもり令嬢」と呼ばれ、存在すら忘れ去られていたのだが、10歳のとき突然に王家の血筋であるオージン公爵家の嫡男と婚約することになる。

政略結婚などこの世界では珍しいものでも何でもなかったが、それでも幼い私は夢を見ていた。

何せ、あの若いながらにも聡明で顔立ちが良く令嬢の中でも一番人気のシルヴァン・ルーセルと夫婦になれるのだから。もう誰にも馬鹿にされない、いや、これを機に公爵夫人に相応しく自分自身を変えて見せると誓った。


しかし、その夢は彼と初めて顔合わせをしたその日にあっさりと打ち破られることとなる。


「お前のような陰鬱な女、大人しくしていることしか価値がないのだから俺に必要以上に話しかけるな」


それは明確な拒絶の言葉だった。こんなにもはっきりと馬鹿にされたのは6歳のお茶会以来で、ショックで声も出なかった。

その症状は一日二日のものでもなく、私は遂に誰とも会話できないようになり部屋からすら出れなくなった。

2年後には貴族の子女として学園に通わなくてはならないのに、ベッドから立ち上がるのさえ恐ろしい。

怖い、逃げたい、消えてしまいたい。

毎日そのことばかり考え、祈っていた。

だから、こんな夢を見たのだ。



夢の中の私は、和島隆子と言う名前でこことは全く違う世界で女子高生というものをしていた。しかし、ある朝目が覚めると全く知らないミレイユ・ベルナールという人間として目が覚めてしまう。

自分の住んでいた世界と全然違う世界に戸惑う隆子はミレイユと同じ嫌がらせを使用人から受けるが、彼女はミレイユと違い短気で負けず嫌いで腕っぷしが強いことが取り柄だった。

隆子はミレイユが人生で一度も出したことがない声量で怒号を浴びせ、使用人を震え上がらせた。

屋敷が震えるほどのその声に慌ててミレイユの家族が慌てて駆けつけたが、彼らはミレイユの豹変ぶりに困惑した。医者を呼び看てもらったが原因は分からず、心労による記憶喪失あるいは二重人格だと診断された。


それから和島隆子はミレイユ・ベルナールとして型破りな生活を始めた。

毎朝早起きして外でランニングをしたり雨の日も部屋でトレーニング。ドレスを嫌ってもっぱら平民が着るようなヨレヨレのズボンを好み、毎朝パンを5個おかわりして肉を好んでたくさん食べ、スイーツもよく食べた。


白くか弱い引き篭もり令嬢は、日増しに日焼けしていき腕や足には筋肉がつき始め、怒らせると恐ろしく声を張り上げ物事の善悪を説くため誰の手にも負えなかった。

そんな有様を見た婚約者のシルヴァン様は


「お前が大人しい女だから結婚したんだ。身の程を弁えて淑女らしくしろ」


と言って隆子を怒らせて正座で3時間説教された。


「女は男の付属品じゃない!」


「大人しい人間は我慢しているだけ」


「外面が良くても内面がブス」


「そんなに気に入らないなら婚約破棄しろ」


「私はこんな生き方は気に食わないから自分で生きていけるようにする」


その言葉にシルヴァン様は呆然として、「意味が分からん……」と呟いた。

けれどこの事件をきっかけに隆子とシルヴァン様は気安く話し合う仲になった。



私はその様子を、私の中から見ていた。

意識ははっきりしているのに、身体は動かせなくて、隆子の動きに合わせて手足が動き隆子の目線で物事をみて、感情が揺れた。

最初はあまりに常識外れな行動にショックを受けたけれど、その行動の全てに隆子なりの意思があって、次第に楽しめるようになった。

私じゃないミレイユが、両親に口答えをし、馬鹿にしてきた弟と殴り合いの喧嘩をして、あの恐ろしいシルヴァン様に言いたいことを全部言ってくれる。


なんて爽快だろう!私では絶対出来ないことを、隆子が代わりにやってくれて、私はそれを眺めているだけでいい。


そうして隆子は学園でも思うがままに過ごし、馬鹿にしてきた令嬢を蹴散らして、ときには王太子に不敬をしてピンチになり、ときには騎士見習いを叱咤して士気を高め、みんなの中心になっていった。そして高等部の2年生を締めくくる終業パーティーで、犬猿の仲であったはずのシルヴァン様に告白され、キスに応えようとして……


そこでパチンッと夢から覚めてしまった。



夢から覚めたとき、呆然とした。

私は隆子じゃなかったから。

それを理解して、私は泣きじゃくった。

現実はいつも私には厳しかったから、夢から覚めたいま、もうあんな自由な人生は待っていない。

いじめられっ子のミレイユ・ベルナール。それが本当の私だ。また家族にも使用人にも嫌われる本当の現実が返ってくる。

そう、絶望した。




------------



「で、本物のミレイユ・ベルナールはどこにいる」


結論から言えば夢だと思っていた出来事はどうやら夢じゃなかったらしい。


散々泣いた後、現実を受け止めようと鏡の前に立った私が見たのは、見慣れた日に焼けて筋肉がついた17歳の身体だった。

身体は恐ろしく動かしやすくて、妙にポカポカしていた。声が出なかったはずの私の口もするりと「嘘でしょ……」と言葉を発した。


起きてこない私を心配してきた侍女も、食卓にいた両親と弟も、私を蔑むような目ではなく、突然何かをしでかすのではないかという珍獣を観察するような目だった。

しかし戸惑いながら食卓につくと、逆に大人しすぎて心配された。


私はなんだか現実味を持てないまま、パンの多すぎる朝食を食べ、その頃に丁度オージン公爵家からの馬車が到着して、慌てて玄関へと向かう。


「おはよう、ミレイユ」


私が階段から降りてくるのをみて、軽く微笑むその顔を見て思わず顔が強張った。


【お前のような陰鬱な女、大人しくしていることしか価値がないのだから俺に必要以上に話しかけるな】


その言葉が脳裏に浮かぶ。けれど夢の中で最後に口づけようとした彼の顔も思い出せる。

私は困惑の中にいた。


「どうかしたのか?」


思わず足を止めてしまった私のそばにシルヴァン様は軽快に近づき肩を抱いた。

フラッシュバックした記憶が今の彼に重なり、思わず肩が震えてしまう。けれど、今の私とシルヴァン様の仲は良好だ。怯える必要はない。

私はそう頭の中で繰り返し、顔に笑みを浮かべる。


「……何でもありません、シルヴァン様」


「…………そうか。話したいことがあるから、応接室に行こうか」


「はい」


シルヴァン様は大人しい私を少し訝しげな目で見たが、深く追求することなく、自分の屋敷であるかのように私を応接室へとエスコートした。


応接室は夢を見る前の私とシルヴァン様でのお茶会で使われていた部屋で、何となく懐かしく感じた。

私がぼーっと応接室を見回している間にシルヴァン様は使用人を部屋から追い出し、部屋に鍵をかけた。


「おい」


「はい……っ!?」


急に響いた、聞き覚えのある低い声に振り向いた瞬間、世界がぐるりと回転した。


「きゃっ!」


ドサッ!


私は力いっぱいソファに引き倒され、その上動けないよシルヴァン様が覆い被さり首に手を添える。


「本物のミレイユ・ベルナールはどこにいる」


再び発された地を這うような声が響き、その声がシルヴァン様のものだったと気付いた。

しかし、私はその問いを理解できなかった。


「何を……」


「もう一度だけ聞く、ミレイユ・ベルナールをどこにやった」


暗殺者や身代わりか何かに間違われているのか、彼は私が動けないようにと手を一纏めに押さえつける。

しかし、それは彼の勘違いだ。

私は私に戻っただけ、今までが夢のようなものだったのだ。


「ま、待ってください!私は本物のミレイユ・ベルナールです!」


「お前はミレイユじゃない」


必死に自分が本物であると主張するが、彼は少しも信じてはくれず、ますます目を鋭くさせる。


「そんな、」


「“本物のミレイユ”は俺をシルヴァン様とは呼ばん」


その言葉に、私は何かに殴られたような衝撃を受ける。


は???

本物のミレイユ???


“本物のミレイユ”は、

内気で引っ込み思案で、幼い頃から対人が苦手なせいで「引きこもり令嬢」と馬鹿にされて、家族からも使用人からも疎まれて、婚約者の言葉に声も出なくなって怖い、逃げたい、消えてしまいたいと願っていた幼い少女だった。


それなのにそんなことは忘れて、もう彼にとっては、和島隆子のミレイユが本物で、“私”は偽物なのか。

その事実に私は怒りでいっぱいになる。

何なんだ、何なんだこいつは。


こいつは“ミレイユ”のことなんか何も知らないで、和島隆子のことだって何も知らない。

和島隆子という名前も、彼女の生きた世界も、実は私たちより7歳も年上なことも。

彼にとって“本物”なんて彼が好きか嫌いかでしかない。

“本物のミレイユ”と“和島隆子”のことなら私が一番知ってる。

私だけが全部見てきたから!

お前は何も知らない!


和島隆子はこいつを好いていたけれど、私は……、ミレイユはこんな男嫌いだ!


「……退いてください」


「その前にミレイユを……」


「離しなさいよ無礼者!!!!!!」


「ぐぁ!?」


私は足を振り上げ、彼の下腹部にヒールをぶち込んだ。

彼が痛みによろめいた隙に、今度は足を薙ぎ払いソファから蹴り落とす。

こんな動き、“私”はしたことなかったが、身体はどう動けばいいか分かっていて、自然と動いていた。


「誰がお前なんかと結婚するか!!!」


ずっとずっとずっと、腹に溜めていた澱みをようやく吐き出せた。


「(あぁ、あのとき。ずっとこうやって言ってやりたかったんだ)」


自分の口で。

和島隆子が許したって、私は許せない。


「ど、どうしたミレイユ!」


婚約した男女が2人で消えた密室で、屋敷中に響き渡るくらいの怒号が聞こえてきたため、慌てて両親と使用人が飛び込んできた。

するとそこには、肩で息をする衣服の乱れた娘と床に倒れ伏す公爵子息がいるではないか。


「こ、こ、これはどういうことなの?」


ミレイユとシルヴァン様が喧嘩するのはいつものことだったけれど、最近はより仲が深まりいい感じだったはず。けれど流石にこの状況は、嫌がるミレイユに無体を働き公爵子息が報復を受けたようにしか見えない。


「姉さん、何があったの?」


隆子にボコボコにされ服従した弟が、困惑しながら聞いてきたが、どうしたもこうしたものあるものか。


「私、シルヴァン様との婚約を破棄いたします!」


「婚約破棄!?」


「ミレイユ、ちょっと冷静になって!」


「誰か!公子様に医者を!」


私はもう一人で絶望するのは嫌だ。


【私はこんな生き方は気に食わないから自分で生きていけるようにする】


隆子はいつだったかそう言っていた。

だから私も自分で生きていけるようになる。

例え結婚できなくなっても、勘当されても、構わない。


私は私、ミレイユ・ベルナールを取り戻す!


*ミレイユ・ベルナール

クラベリッチ伯爵家の令嬢。

内気で引っ込み思案で幼い頃から対人が苦手。「引きこもり令嬢」と呼ばれていた。10歳のとき憑依され魔法学園3年生である17歳になってから自我を取り戻した。憑依されている間は夢を見ているようだった。

その実プライドが高く、根に持つタイプ。



*和島隆子

ミレーユに憑依していたJK。勝ち気で短気で素直。

曖昧な態度が嫌いで白黒つけたがる。

義弟と殴り合いをして、婚約者の公爵に説教をし、

王太子に不敬をし、騎士見習いを叱咤してみんなの中心になっていった。

乙女ゲームとかよく分からない。


*シルヴァン・ルーセル

オージン公爵家の嫡男。

ミレイユの婚約者。

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