あるエラーに関する記録「I love you」
カオリさん、と声を掛けられ、私は作業を止めて顔を上げた。
「疑問:如何しましたか、主」
にへら、と笑う我が主は据え置きの電子機器を指し示した。
そこに映されているのは随分と古い生体電子部品であった。私たち自律人形に取り付けるために開発されたもので、男性向けのものであった。
「検分:254年前リリース……もはや骨董品ですね。というか、既にこれは違法になっているのでは」
「まぁまぁ、そう硬いこと言わないで」
言いながら彼はいくつかの電子契約を結んでいく。闇サイトとはいえ、そういった契約があるのはいかにも人間らしい。無駄が好きなのだ。
主は、モニターに表示されたそれを手に入れるつもりらしく、あっという間に発送の日取りや受け取り方法まで決めてしまう。
「発問:当機の機能では満足できませんか?」
性欲を発散するための生体部品は、本物よりも本物らしいとの触れ込みで一時期爆発するように売れたものである。結果的に出生率が下がる程の社会現象となり、種を残すために違法化されたものだった。
それゆえ、私に取り付けられた機能はわざと性能を落としたものであった。
満足できない性能なのだろうか。
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ」
「疑問:それでは何を目的としているのでしょうか」
私の疑問に対する回答は、言葉ではなく行動だった。
ヒトよりもずっと頑丈な自律人形の身体を、まるで壊れ物かのように優しく抱きしめる。
「困惑:意図が理解できません。発情されましたか?」
「いいや、ちがうよ」
彼は私を抱きしめたまま背後にまわり、覆いかぶさるような姿勢を取る。聴覚デバイスに吐息が当たる。
そのまま、くすぐるように私へと囁く。
「ぼくは君が好きなんだ」
「了承:すでに何度も伺っております」
「ぼくは、君との子どもが欲しいんだよ」
主の美的センスはなかなかに独特である。
何しろ出生率減少に掛かる過去の一件で、自律人形は敢えて作り物らしさを出されているのだから。
金属光沢を持つ皮膚に、視覚素子を覆うのは一見しただけで分かる硝子の瞳。
声こそ違和感がないように作られてはいるが、口元だって顎を開けるためにわざわざ別パーツを組み合わせている。
「診断:主は人形偏愛者の可能性が高いと思われます」
「違うって。ぼくが好きなのは人形じゃなくて君だから」
「反論:当機は人形です」
「いいの。とにかく、ぼくは君と子どもを作って育てる。きっと可愛いだろうなぁ」
ふふん、と聴覚センサーが主の鼻唄を感知した。
ずいぶんと機嫌が良いようである。
「不明:θ型人工槽を使用すれば現状でもお子を成すことは可能だと思いますが」
「分かってないなぁ。ぼくは子どもが欲しいんじゃない。君との子どもが欲しいんだって」
「不明:主の購入しようとしている生体部品は、θ型人工槽と同様の結果しか得られません」
私の問いにしかし、主はくすくす笑った。
「良いんだよ、別に」
柔らかな指先で腹部をなぞられた理由が理解できず、CPUがエラーの熱を吐いたのを感じた。
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