8:思った通りの方でした
お茶会を表面上は和やかに終わらせ、皆さんをお見送りした後。先ずは付いていた執事とお茶会に居た侍女達と反省会をします。
「先ずは、わたくしが主人として取り仕切りが良かった所と悪かった所を教えて下さいませ」
遠慮無く意見を皆に求めた所、初めてにしては上出来、とは言われつつも、やっぱりメーゼ子爵令息達の一件は、あのような事になる前に先に目を配っておく必要があった、と本当に遠慮なく言われました。ああいったトラブルというのは、今後も有るだろうから、無いように気を配っておく必要が有るのだそうです。有るだろうからこそ、有る事を前提に気を配っておく。難しいですが、未然に防げなくても最小限になるよう、あちこちに目を配っておく必要が有るとか。
お茶会の主人とは大変ですね。
その他、良かった所や悪いとは言わないが、もう少しこうした方がいい、等色々と皆から意見を更に聞きます。まぁ初めての事ですし、全体的にはお母様が色々とやってくれていましたが、追々わたくしがやらなくてはならない事ですから、反省会は必要でしたね。それから、お父様とお兄様が帰り次第、お母様を含めて本日のお茶会の報告をする事にします。
夕食時にお父様とお兄様からお茶会について質問されました。もちろんお母様もいらっしゃいますが、折角の美味しい食事です。夕食後に時間を下さい、とお願いしました。白パンに合わせたクリームスープが美味しいのです。10歳の身体ですから、それに合わせた量ですが。料理長は、わたくしがこのほうれん草のクリームスープがお気に入りだと知っているようで、コレを出す時はいつものスープよりやや量が多めです。多分、今日のお茶会を労う気持ちで、このクリームスープにしてくれたのでしょう。もちろん、美味しく頂きます。
他愛ない話をしながら食事を終わらせ、その場でお茶を飲みながら、本日のお茶会についてご報告です。先ずはわたくしの意見や感情など取り払った事実のみの報告。それから、その事実に基づいたわたくしの中での考え。そして。
「わたくしは以上の事から、メーゼ子爵家……令息と令嬢の兄妹とは親しく付き合わない判断を致しました。もちろん、お父様とお母様が選んだ招待客で有る以上、我が家に何らかの利益が有るのでございましょうから、それなりのお付き合いは致しますが、節度を保ち、挨拶程度で済ませられる状況ならば、挨拶程度の付き合いに致したいと思います」
と、宣言しました。無論、わたくしはお父様の子ですから、お父様がメーゼ子爵家との付き合いをその程度ではダメだ、と判断されるので有れば、不本意では有りますが、ある程度の付き合いもするでしょう。但しわたくしは深い付き合いはしたくない、という気持ちだけは明確にしておきたいのです。
すると、お父様が珍しく声を上げてお笑いになりました。ちょっとびっくりです。
「そうか、アリアはそのように判断したんだね」
お父様は少し笑いを収めるとわたくしに尋ねて来ますので、頷きます。お母様もニコニコした笑顔で、お兄様も微笑みます。何なのでしょう?
「こう言ってはアリアに悪いかもしれないが、試したのだ」
「試す?」
「どういった付き合いをするべき相手か見極める訓練と言うべきか。アリアが言ったようにメーゼ子爵家は、深い付き合いをする必要も無い。寧ろ、挨拶程度でそれ以上関わる必要も無い家だ。その他、アリアが感じた通り、メーゼ子爵家と共に名を上げた家は別に親しく付き合わなくていい家だな。そういった家の者達を見極める目が持てるかどうか、という訓練だった」
「成る程。一流品の物も見続ける事によって、絵や宝石の真贋を見極める目を育てるのと同じように、様々な人と交流する事によってその相手と親しく付き合うのかどうか、人を見る目を養って下さったわけですか」
わたくしはお父様の意を汲みました。お母様の笑顔とお兄様の微笑みから察するに、2人共お父様と同じ意見という事でしょう。
「そうだ。合格だ、アリア」
「ありがとうございます、お父様。でも」
「でも?」
「ちょっと意地悪だなぁって思ったので、ハリーお父様とビアンカお母様に慰めてもらいに行ってきますねー」
満面の笑みでお父様に言えば、お父様が顔色を青に変えました。娘に嫌われたくない、というオレインお父様の気持ちなど、とうにお見通しなのです。
「あ、アリア! その、だな。これはその、アリアの為であって……」
と、あたふたしているお父様にクスクスと笑って、応えます。
「解っております、お父様。フォードネス家に擦り寄る媚を売る者を見抜けなければ、食われるのはわたくしですものね。それが貴族というもの、ですね」
ララス家のように、平民とあまり変わらない貴族だったら、見向きもされなかったでしょうが、それでも何かやらかせば足を引っ張られて男爵位返上……つまり平民になっていた事でしょう。まぁリリーは、そんなの気にしないですけども。
ララス家でさえ、足元を掬われる可能性がゼロでは無かったのですから、領地を持たなくても“法の番人”の異名を取る政務官・フォードネス伯爵家が狙われるのは、当たり前とも言えます。そして、そういった輩から身を守るのは自分で目を養うしか無いのです。だからお父様がわざとそうしたのは、わたくしの為だと理解しています。
ですので、寧ろメーゼ子爵家とは距離を置いた付き合いが許されるのであれば、文句など有りません。フォードネス伯爵家の意向から外れる事が無い事に安堵しました。
「アリア……。害虫なんて失礼な事を言ってはいけないよ。せめて、知性の無い獣、と言っておあげ?」
「お兄様も中々に酷い喩えだと思いますわ」
虫と獣。どっちがマシですかね。まぁ媚を売って来るだけの知性の無さという意味では同じですけど。
「あらあら。2人共、そのような喩えは失礼よ。せめて頭の中がお花畑、と言ってあげなさい?」
「イアナお母様も割と酷い喩えですけども」
まぁ要するに、家族全員の共通認識は、媚を売る事しか能がない無能の集まり。という事です。
それがメーゼ子爵家及びその周囲の人々への我が家の評でした。
さて、後は友人となれそうなサラナーユの事や、ネセスの事も話します。そして何より。
「お父様、先程、メーゼ子爵令息に関しての一件をお話しました後、お詫びの品と共に改めて謝罪をする、と話をしましたが」
「うむ。詫びの品は此方で考えるよ」
と、お父様が仰って下さったので、其処は甘えさせてもらおう、と「お願いします」 と頭を下げました。
それから。
「お父様、もし。その謝罪の時、或いは謝罪の後でも、そのお詫び品を受け取らない選択をした方がいらしたら。わたくし、その方と婚約をしたいですわ」
と、お願いを致しました。
お父様は目と口を開けてわたくしを見て。わたくしが真剣な顔で言っている、と理解すると同時に。
「な、な、な、なんだと⁉︎ アリア、今、婚約、と言ったかぁ⁉︎」
叫びましたが、満面の笑みで肯定します。
「はい」
「な、な、な、何を言ってっ……! アリアに婚約なんて未だ早い! まだ10歳なんだから、婚約なんて要らないよ⁉︎ それに君は恋をしてみたいって言ってたじゃないか⁉︎」
「確かに恋はしてみたいです。この気持ちが恋なのか分かりませんけれど。もし、あの方がわたくしの思った通りの方なら、わたくしは、興味を持ちましたの!」
大慌てのお父様にわたくしは説明します。お父様は「反対、反対、反対〜!」 と叫びましたが、お母様がニコニコとしながら
「まぁいいじゃないですか! アリアの気持ちを尊重しましょう」
と、決定して下さいました。お母様大好きなお父様が逆らえるわけがなく。かと言って、婚約反対なのは変わらないので色々と話し合った結果。
仮婚約
という形で契約する、という事に決まりました。解消し易いから公発表をしないし、国王陛下にも申し出ないそうです。
期限は学院卒院まで。
そこまでに互いの相性や考えなどが合わない、とか。別に婚約をしたい……手っ取り早く言いますと、愛する人が出来た、とか。互いの家よりも利益が出る相手と政略結婚をしたい、とか。
そういった事が有ったらさっさと解消。という条件の仮婚約です。
学院卒院をしても仮婚約が続くなら、改めて本婚約をして、婚姻への準備期間を設けて結婚する、という事に。
そこまで話し合って決めて、ようやくお父様は泣く泣く仮婚約をしてもいい、と頷いてくれました。
でも、わたくしが思った通りの方で無いなら、この取り決めも無意味なのは解っていらっしゃいますでしょうか? まぁ何にせよ、あの方がどんな対応をするのか楽しみですわ。でも、きっと。
さて。
執事がメーゼ子爵家を含むあの時の令息達の家を訪れ、執事を通してフォードネス伯爵家が謝罪をしました。お詫びの品を持ってです。予想通り。
ゼフ男爵家はお詫びの品を受け取らなかった、と執事から聞きました。あのお茶会の時にわたくしに付いていた執事ですから、ゼフ男爵令息とメーゼ子爵令息達とのやり取りも見ていた執事です。
だから、お詫びの品を受け取らなかった事は、執事も予想していたようで、「お嬢様の見込み通りでした」 とお父様にご報告してくれたようです。お父様が、その報告を聞いてわたくしの元にやって来ました。
「もしや、アリアが婚約したい、と思ったのは」
「はい。お父様のお察しの通り、ゼフ男爵令息・ラトル様ですわ」
わたくしが肯定するとお父様は唸りました。ええ、本当に「うぅーむ」 と。
「何か問題がございまして?」
「いや。ゼフ男爵は武骨だが性根の真っ直ぐな男。その嫡男がきちんと育っているので有れば、問題は無いだろうが……ゼフ男爵が良い男でも息子がそうとは限らん」
そういう事ですの。
「ですから、お詫びの品を受け取らなかったのでは有りませんか?」
そう。今回、お茶会を台無しに仕掛けたのは、メーゼ子爵令息達の方。本来ならこちらが迷惑をかけられた、と謝罪を受ける立場です。もちろん、フォードネス伯爵家の娘であるわたくしは、きちんと自分の立場を理解していましたから。向こうからの謝罪を受ける事は有っても此方から謝罪した上、お詫びの品など送るわけが有りません。
まぁこれで味を占めて似たような事をメーゼ子爵令息達がやらかすようならば、その時は容赦無く叩きのめしますけど。とはいえ、この程度は此方のミス、と一度言ってしまいましたからね。似たような事なら許されるとは思うでしょう。でも、ああいった方達は、次に何か問題を起こす時は気が大きくなって、前よりも大きな問題を起こすものです。
それを狙って叩きのめせばいいだけのこと。
それはさておき。
「確かに見極める為の此方の出方では有ったが、それはあくまでもゼフ男爵の意向で、嫡男の意向では無いかもしれない。そうだろう?」
「では、お父様はわたくしの見る目を疑う、とのことですわね?」
「そう言っているわけではないよ。ただ、少しだけの時間を垣間見ただけでは何とも言えない。それは解るな?」
お父様の顔つきがフォードネス伯爵のものになりました。
言いたい事は解ります。
法の番人とも呼ばれる“フォードネス伯爵家”は、他家から睨まれたり妬まれたりする事が有ります。また擦り寄られる事も。それ故に人を見る目を養わせられますし、婚約も慎重なのです。
お兄様に婚約者がいらっしゃらないのは、次から次へと訪れる金食い虫共が蜜を吸おうと群がる親娘が多いから、です。我が家は王家から目をかけられているのでそれなりに裕福、と思われているようです。領地が無い割に……なんですが。領地有りの伯爵家の方が裕福なんですけど、まぁ婚約者が居る方達が多いですからね。
それと、バランスです。只の政務官若しくは領地持ちの伯爵家でしたら問題無く婚約して結婚出来たでしょうが……。法の番人として有名で王家から目を掛けられている家柄ですので、下手な家と婚約出来ません。候補となる家の表面上だけを調査して、問題無し、なんて判断は下しませんから。候補に挙げた家の内部調査をして、犯罪が無いかはもちろん、毒にも薬にもならない家の方がいいのですが、その家だけでなく、親戚も調査対象に当たりますので、我が家で秘密裏に候補にしてから相手方を調査するため……未だにお兄様には婚約者が出来ないのです。
お兄様も相手方の家が犯罪に関わっている、或いは気付かないうちに片棒を担いでいる、という家とは当然婚約する気は微塵も無いですし。その親戚にそういった者が居れば、此方の足元が掬われてしまうので、やっぱり受け入れません。
これが、普通の貴族家で有れば、多少脛に傷を持つ家でも目を瞑れる範囲なのでしょうが。それが我が家になった途端、目を瞑る訳にはいかないのです。ですからお兄様の婚約者探しは難航中。そのお兄様より先にわたくしが婚約をするのは少しばかり世間体が有りますが。
まぁお父様が懸念しているのは、フォードネス伯爵家の名を汚さない相手かどうか、という事でしょう。
「でしたらお父様。此処でアレコレとわたくしと話していても空論ですわ。ゼフ男爵とラトル・ゼフ男爵令息とお会いして、お父様が判断なさって下さいな。もし、お父様の目から見ても令息に粗が見つからないようでしたら、仮婚約を結んで下さいませ」
お父様の懸念……と、多分わたくしに未だ未だ婚約者を宛てがいたくないの……と。その両方の気持ちが出ているようで、お父様の表情は不機嫌そのものでしたが、渋々。本当に渋々頷いて下さり……かの方との顔合わせの日程を調整して下さいました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。