7:お茶会デビューで・3
「さすが、フォードネス伯爵家のお茶会、ですわねぇ。わたくし招待を受けて良かったと思っておりますわぁ」
わたくしが声を掛けたら語尾を延ばすご令嬢が声を掛けてきました。……この方、確か爵位は子爵家と一つ下でしたわね。でも、領地持ちの子爵家でしたか。
語尾を延ばす話し方。
ふむ。この方は一体どちらでしょうね?
少し、揺さぶってみましょうか。
「ありがとうございます、確か、メーゼ子爵令嬢でございましたね? お褒め頂きまして感謝致しますわ。どうぞごゆるりとなさって?」
ふふ、と笑みを浮かべて礼を述べたわたくしに、メーゼ子爵令嬢は一瞬目を見開きました。どうやらわたくしが名を覚えていた事に驚いたようですね。それから少しだけ上げた口角も一瞬でしたが……どうやらわたくしが嫌みを言われた事に気付いていない、と判断したようです。この場面でこんな笑みを浮かべた時点で、わたくしを嘲笑する意図が見えますものね。
成る程。では、そちら側だと判断して宜しいみたいですね。分かりました。さて、この方と共に居た人達は……。ふむ。皆さまこの方と同類なのかチラリと皆さまの顔を見れば、同じく嘲笑する意図が見えました。ならばこの方達は全員まとめて、それなりの付き合いをさせて頂きましょう。
今回のお茶会、お母様が主体となって招待客を選別し、お父様にリストアップした方々をお見せして了承を得た上で、参加と不参加の連絡を頂いた方々です。つまり、オレインお父様とイアナお母様がお決めになった方々。都合がつかず不参加になったのは、彼方の事では有りますが、招いた以上、この方達は我がフォードネス伯爵家に何らかの利益が有ると考えるべきです。
ですが、それとわたくしが親しくお付き合いするかどうかは、また別の話。
何しろ、このお茶会直前にオレインお父様並びにイアナお母様、そしてお兄様からも
「自分の目を養いなさい」
と言われましたので。それは、要するにわたくしの目で付き合う人間を見極めろ、という事に他なりません。という事で、此処に居る子爵家及び男爵家の方々との付き合いは、それなりという事が決定しました。
お兄様がアドバイスだと一つ教えて下さったのですよね。
「我が家は伯爵位だが、領地を持たない政務官。故に、爵位が低くても領地を持つ家の者は、時にただ爵位が上だけ、と我が家を見下す者も居る」
と。つまり、目の前に居る方々がまさにその対象というわけで。まぁそれはそれで構いません。
領地が無くとも、何故我が家が伯爵位を賜っているのか、理解出来ない方々と深く付き合う気はしませんので、当然、教える気も有りません。互いに互いを高め合う事が出来る方とだけ、密に付き合えば良いのです。それが出来そうも無いこのような方々との付き合いを密にしても無駄というもの。という事で、利用出来る時は利用させて頂きますが、深くは付き合わない事を決めました。後ほど、家族に報告しておきましょう。
そんなわけで、それなりの会話(まぁお茶の味とか、どんなお菓子が好ましいとか、当たり障りの無いというやつです)を程々の所で切り上げて、他の招待客(無論、子ども達の方です)を探します。自由になったので、この会場から外れて庭を散策している方々も居られるので。
「ーーでーーだろう!」
あら。少年特有の甲高い声が聞こえて来ましたね。いえ、わたくしも同じ年頃なので少年特有なんて言い方はおかしいかもしれませんけど、前世であるリリーの記憶が増えた分、なんだか自分が年上の気分になってしまって仕方ないんですよね。しかも、リリーの読書の幅が……。いえ、今は思い出さないでいましょう。自分の前世だといえ、なんでそんなラインナップの本なんですか⁉︎ と、自分を問い詰めたくなってお茶会どころじゃなくなりますからね。
それよりも、今の甲高い声ですけど、どうも荒々しく聞こえて来たので、怒っている……と考えて良いのでしょうか。困りましたね。親達は子ども達の邪魔にならないように、と、お母様が温室でのお茶会にしているので近くに親達は居ないのですが。
チラリと背後を見れば、執事がコクリと頷いてくれました。場合によってはわたくしの指示で向こうへ連絡をしてくれるようです。それならば、彼と共に声が聞こえて来た方へ足を向けましょう。
何の確認も取らずに親達を呼ぶのは、下手な混乱を招き兼ねません。先ずは状況把握です。
声が聞こえて来たのは、先程皆さまに案内した隣国から取り寄せて庭師が育ててくれたチューリップの花壇が有る庭の先のようです。……不味いですね。彼方は、楓やら白樺やらと大きな樹木が並んでいるエリア。此方の事も見えないと同時に彼方の事も見えません。
つまり、見えない場所に少なくとも2人以上は子どもとはいえ、居るわけです。庭師さんが手入れをして下さっているから、樹木の枝が刺さる事は無いとは思いますが……他家で有るのに、そんな方であの荒々しい声を上げている状況って、良い方向には流れないと思うのですが。
執事に手で声を出さずに近づく事を合図して、そっと近寄りました。
「だから、たかが男爵家の、しかも領地も持たない家のやつが俺さまに逆らうなよ!」
「逆らっているわけでは有りません!」
わぁ……こんな所で爵位を笠に着たボンボンもとい、お坊ちゃんの上から目線発言ですかぁ。嫌だなぁ、こういうの。声だけだと誰だか分かりませんが。さて、どうしましょう。
「逆らっているだろうが! 何をえらそうに他家の庭の奥に勝手に入ってはいけません、だよ!」
えええー。常識な発言に突っかかってんのー? ヤダな。いくらお茶会でご自由にお庭を見て下さいな、と言ったからって、常識的な範囲って有りますよ? 他家の庭ならば精々花が有る範囲。つまり、屋敷に近い方を手前とするなら手前側です。奥の樹木が沢山有る方は、場合によってはわたくしだって止められます。枝が落ちていないとも限らないですし、樹木に下手に触れると皮膚が赤くなる事も有るそうですし。被れる、と言うそうです。
だから、庭師とか侍女・侍従とかが了承してから奥へ入る事はお父様から言い聞かせられました。今回のお茶会も一応、奥には入らないようにお願いしましたよね。その奥、というのを具体的に説明しなかったから、此方が悪いのかもしれませんが、常識的に考えて奥に行かないよう願う、と伝えた時点で花壇付近で終えるはずなんですけど。
「常識の範囲での話です。奥には入らないよう、伝えられたはずですよ」
「ちっ。煩いなぁ、お前は! いいか! お前の爵位は男爵。俺の家は子爵家だ! それも領地持ちだぞ! 領地も持たない上に爵位が下のお前の家とは格が違うんだ!」
「ですが、メーゼ子爵子息!」
わぁ……まさかの、先程の令嬢の兄君ですか。まぁ確かに妹君がああいう人なら、その兄君がこういう人でもおかしくないのかもしれませんが……。という事は、兄妹がこういう考え方ならば、親或いは親から託されている上級使用人や家庭教師がこういう考え方だという事ですかね。……メーゼ子爵家とは、懇意にならないよう、気を付けましょう。
「うるさい! お前は男爵家だろう! ん? 違うか? 領地無しのラトル・ゼフ君? あまりに逆らう様なら、家から抗議しても構わないが?」
ああ、ゼフ男爵家のご嫡男ですか。確か、わたくしの1つ年上でしたっけ? メーゼ子爵家の令息は、わたくしの4歳上でしたね。先程挨拶をされた時、見下す目つきでいらっしゃいました。兄妹がよく似ていらっしゃいますわね。
そして、ゼフ男爵令息は黙られました。家を出された事で黙るしか無かったのでしょう。そっと見れば、メーゼ子爵令息とその他に2人の令息がゼフ男爵令息と対峙しています。残り2人のうち、お一人はメーゼ子爵令息と同じく子爵家の方。もう一人は男爵令息ですね。それにしても1対3なのに、毅然として爵位が上の令息相手に誤ちを指摘出来る方なんて、素敵な方ですわね。
でも、今は爵位だけでなく、家から家への抗議、と言われた事で黙られた。つまり、家に迷惑をかけたくない、ということ。同じ“令息”でも爵位が違う。それでもきちんと指摘出来たゼフ男爵令息様のお気持ちを考えますと、下手に出て行ってわたくしの“フォードネス伯爵令嬢”の肩書きを使って無理やり始末を付けるのは良くないですわね。
執事をそっと招いてわたくしは有る事を指示しました。頷いて直ぐに指示通りに動く執事を見送り、更にそっと彼らを見ます。
メーゼ子爵令息と残り2人は嘲りの笑みを浮かべながら、拳を握って屈辱に耐えるゼフ男爵令息を煽り立てています。
「なんだ、もう終いか?」
「それはそうですよ、ラトル・ゼフとメーゼ子爵家のナズロ・タタン様では格が違いますから」
メーゼ子爵令息が嘲れば、すかさず2人のうちの片方がそのようにメーゼ子爵令息を煽てます。嫌ですわね、令嬢だけでなく令息までも、こうしたくだらない虐めを行うのですもの。溜め息を吐きたくなりますわ。
「お嬢様」
執事が戻って来ました。無駄なく動いたようで、思ったよりも早いですわ。わたくしは、少し戻って敢えて人を探していたように、執事と会話をしながら近寄ります。
「ねぇ、こちらから声が聞こえて来たような気がしましたけれど、気のせいかしら」
「いえ、私めにも声が聞こえて参りました」
「そう。でも、あまり奥ですと、樹木によっては被れてしまうと庭師が言っていましたから、何か起こる前にお止めした方が宜しいですわよね?」
「もちろんにございますが、さすがに奥までは行かないのではないでしょうか。皆さま、名家のご令息とご令嬢でございますから」
「まぁ! そうですわよね!」
チラチラと見ていたら奥の方から焦って此方へ来るメーゼ子爵令息達と遅れてゼフ男爵令息が見えました。執事も気付いているでしょうが、わたくし達は気づかなかったフリをするのです。少ししてから、そちらへ顔を向ければ、少々息が早い令息達が花壇前に居ました。
「あら……令息方がいらっしゃいましたのね。隣国からのチューリップ、お気に召して頂いたのでしょうか?」
令嬢達ならばともかく、令息達は隣国から取り寄せられるだけの力が有る事には興味があっても、チューリップそのものに興味が無い事は知っている上で尋ねます。
「ええ、美しいチューリップですね」
「まぁありがとうございます」
メーゼ子爵令息がシレッと思ってもない事を言うのをわたくしは気付かないフリで、嬉しい! とばかりに笑いかけ、執事にお茶会会場へと案内させようとして。
わたくしは躓いたフリをしてメーゼ子爵令息達に水を掛けました。
この水は、庭師から借りたジョウロです。先程、執事にコレに水を入れて持って来るように伝えた所でした。
チャプン
と、音はさせましたが、たっぷり入れてあるわけではなく、少量です。ですから、メーゼ子爵令息達に掛けたと言っても、靴に少し水が掛かった程度。リリーが高熱を出した時のようなびしょ濡れでも、わたくしが高熱を出した時のびしょ濡れでも無い、ほんのちょっと濡れた程度です。
「まぁ! わたくしとしたことが、何たる失態を……! 申し訳ないですわ! 皆さま! 至急皆さまにタオルと暖かいお茶をお出しして! わたくしがこの花壇の水遣りを日課としているばかりに、つい、いつものように水遣りをしようと思ったら、こんな事態になってしまい……本当に申し訳なく思いますわ! 後日、お詫びに伺いますので!」
文句を言われる前に謝って、執事に色々と指示を出した上、後日お詫びする、とまで言えば、ちょっとカッとなったような顔をしたメーゼ子爵令息も、口を噤んで、それから
「いやいや、こういう事も有りますよ」
なんて、良い人発言しましたね。コレで、メーゼ子爵令息達はゼフ男爵令息へ燻った気持ちを抱えていても、忘れた事でしょう。あのような子どもじみた虐めをするような人間は、他に怒るような事が有れば、直ぐにそっちにカッとなります。今、わたくしが失態を犯したようにです。でも、その相手が下手になって謝った上にお詫びに伺う、とまで言えば、機嫌は直りますから。結果、ゼフ男爵令息への不満等は消え失せた事でしょう。
貴族の詫びです。本人自らの謝罪か、使用人を通しての謝罪か、それはさておき。
何の誠意も見せない事など有りません。
誠意。
簡単に言えば、お金です。
まぁ今回は、子どもの失態の上、互いの家の存続に関わるような大きなものでは無いので、お金ではなく、品物になりますが。
それでも、菓子折り一つで済ます事が無いのが貴族です。
まぁ我が家は“フォードネス伯爵家”。法の番人ですからね。お金で解決するわけにはいきません。
ですから誠意を見せるので有れば、品物しか無いわけで。
大人ならば、男性ならば相手の好きそうな酒や嗜好品。女性ならば装飾品といったところでしょうかね。
今回は子ども同士ですから、菓子折りと流行りの万年筆辺りでしょうか。数年前に、羽根ペンに代わる画期的なペンとして隣国で開発された万年筆なるペンが流行しています。まだまだ持っている人が少ないですから、それをお詫びとして差し上げれば、メーゼ子爵家も黙る事でしょう。
後ほど、オレインお父様にお話をしておいて、隣国から至急、万年筆を4本、取り寄せてもらう事にします。
……そして。
これはわたくしの予想ですが。
ゼフ男爵令息だけは、この万年筆を受け取らない若しくは一旦受け取ってから返却しようとなさるのでは……と思っています。もし、この予想が当たったのなら……。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
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