5:お茶会デビューで・1
ララス家の家族と会ってから1ヶ月。その間に一度ララス家へ顔を出しました。もちろん表向きはお勉強するお兄様にくっついて行く妹として、ですが。ちゃんとロードとアネットに会って来ましたが。会った途端にロードは目を真っ赤にするまでで止まりましたが、アネットには号泣されました。お兄様が慈愛の微笑みを浮かべていたのが印象深いです。お父様にそっくりな外見なんですけどね。
11年ぶりに再会して落ち着いたアネットから、「お嬢様、よくお顔を見せて下さい」 とお願いされた時は、親戚の子の成長を久しぶりに見る人みたいな目でした。考えてみればリリーとして生きていた時、わたくしは14歳。アネットは19歳。それから11年……。いや、年齢は言わないでおいておこう。でもまぁ、そんな目を向けられてもおかしくないのでしょう。ちなみにロードは、アネットより7歳年上なので。おじさ……いえ、なんでもない。2人の子にも会いました。普段はアネットの両親が2人の子の面倒を見ているそうです。8歳の男の子。という事は、アリアの2歳下ですね。
アネットの麦わらのような可愛い茶色の髪とそれよりも濃い茶色の目をした男の子は、やんちゃでした。今のわたくしでも2歳上なんですが、なんだかやたらと上から目線の物言いで、しかも睨まれた。……多分、わたくしが両親を泣かせた所為でしょう。
ふと、アネットがいつもわたくしの癖毛を誤魔化すために髪を結えてくれたのを思い出しました。リリーだった頃、髪の1本1本がやたらと細く、絡まり易かったため、自分で髪の手入れが出来なくて。これだけはアネットに頼っていました。
小さな頃はビアンカお母様がやってくれてましたけど。ハリーお父様と同じ、アッシュグレーの髪色と同じ髪質を受け継いだわたくし。お父様は男性なので髪が短かったために癖毛も短時間で直せましたが、女性は髪を長くするのが当たり前……特に名ばかりとはいえ、貴族は……な風潮故に、揃える程度しか髪を切らなかったので、かなり大変だったはずです。
でも、もう。わたくしの髪はビアンカお母様にもアネットにも整えてもらう事は無いのだな……と胸が痛みました。
今のわたくし、アリアの髪はライトグリーンの色をして、リリーの時より1本1本が太めの真っ直ぐな髪です。ストンと綺麗に髪が下に落ちているので、朝起きて、グシャグシャな髪と格闘する事は有りません。お兄様も同じ髪色・髪質で、実はお兄様付きの侍従やわたくし付きの侍女が、髪が綺麗な事をいつも互いに褒め合っているのを聞いたことが有ります。……いや、こっそりと何の話をしているのでしょうね、あの2人。
ともあれ、今のわたくしの髪は苦労しません。それを思い出したのは、アネットが懐かしそうに……そして惜しむようにわたくしの髪を見ているから、でした。きっとわたくしと同じ事を思い出したのでしょう。
「お嬢様。髪が綺麗ですね」
ポツリとアネットが溢した言葉に、惜別の想いが乗っていました。
「ありがとう。でも、前の髪も好きだったのよ。いつも、あなたに整えてもらえていたから」
わたくしの言葉に、アネットが涙を一つ零して微笑んだ。その微笑みは、リリーだった頃も知らない、美しい大人の微笑みでした。
気付けば時が過ぎて。
わたくしはお茶会デビューの日を迎えていました。
リリーだった頃は、貴族とはいえ領地も無い名ばかりのもので社交場を経験するのは、所謂夜会デビューでした。公の場でのデビューは無くて、ハリーお父様やビアンカお母様と親しい家の子と、それなりに親しくなっていたわけですが……。
同じ領地無しでも、アリアはフォードネス伯爵の娘。そう、伯爵という爵位を持つオレインお父様の娘なのです。
領地を持つ家は特産品の交流や経営について、互いの意見を聞きたい父親の思惑や、流行や王家・貴族の情報を収集して如何に夫の家に利を齎せようかと考える母親の思惑を絡めて、子どもが9歳〜10歳くらいになるとお茶会デビューを飾るわけですが。
領地無しのリリーの家だったララス家みたいな男爵家は社交界デビューが夜会でも、結婚相手を探すだけで充分。更にリリーは一応婚約者が居たわけですから、尚のこと。
でも。
アリアは、伯爵の娘。領地の有る無し関係なく、それなりに爵位が高いお父様は、しかも法の番人とも言われるお人なので。お父様に擦り寄ろうとする人が居ない事も無い。さすがに賄賂を持って来て……という事は無いけれど、法の番人と縁付けば、何かの折には……とあわよくば考えているのだと思う。
ちなみに、わたくしのこういった考え方は、リリーの記憶を取り戻したから。
リリーの時は今以上に本を読んだ。今はマナーや勉強の他に、一応高位貴族の仲間入りをしているのでダンスレッスンに教養として音楽に親しみ絵画に触れてそれなりに見る目を養うために宝石や装飾品の本物と偽物を見極める目を養う……等で、実はそんなに本を読んでいる暇が無い。
でもリリーの記憶を取り戻し、リリーの時は好きなだけ本を読んでいた事もあって、こういった考え方も本から得た。尚、本のタイトルは『狡賢い人の心理を読み解く』 ……自分で自分に突っ込みたい。
リリー、あなた、なんて本を読んでいるの!
まぁおかげでこれから行われる予定のお茶会での心構えとか出来ましたけども。お茶会デビューですからね、わたくしのお披露目なわけですし、当然主役が子どもならば招待されるのも子ども。……ですが! 大体似たような年齢の子ども達に親が付き添わないわけがない。
最初の挨拶は親子揃って。この親子揃ってが、要するに大人に対する見極め。この時に今後相手に対してどう付き合っていくか解るというものです。あからさまに親の意向を汲んだ子とは距離を置きたいですし、ね。
それにしても。このお茶会は、わたくしのデビューですので我が家で行われているのですが、伯爵位とはいえ、法の番人だからなのか、別の大人の事情が絡むのか、侯爵家からも5人。公爵家でも2人いらしっしゃるそうです。……まさかの上位貴族。実際に采配するのはイアナお母様ですが、わたくしもホストとして粗相が無いよう振る舞わなければなりませんね。だからといって、子爵家や男爵家を蔑ろにすることなど以ての外。というか、わたくしは元々男爵家の生まれだったリリーの記憶が有るので、どちらかと言えば下位貴族寄りの思考です。
まぁそれ故に、余計に上位貴族に対する苦手意識が有って粗相が無いように……と気合を入れてしまうのでしょうが。
同じ伯爵位の家からも8人いらしっしゃってますね。全員と仲良く出来るかはともかく。招待した以上は、お父様とお母様にとって、つまりは家として、関わり合いが有るわけですから、波風は立てないように配慮しましょう。
「はじめまして、皆さま。わたくし、フォードネス伯爵が娘・アリアと申します。本日はわたくしのお茶会デビューに足を運んで下さり感謝致します」
挨拶はオレインお父様とイアナお母様に自分で考えるように言われ、考えたものを許可を得て話します。出だしは上々のようで、皆さま……というか親の方ですね……は、不快な表情ではありません。この後は茶会の目玉として伯爵家の庭師が丹精込めて育て上げたチューリップをお見せします。この国は年間を通して気候が暖かで一年中様々な花が楽しめますが、育て易さも去ることながら、色も種類も豊富なチューリップは、イアナお母様のお気に入りでも有ります。
それも、今回は白い花弁のチューリップですが中心はピンク色をしている楚々としているのに愛らしい物が出来た、と庭師がオレインお父様に報告されていました。
茶会そのものは、そのチューリップが咲くかどうかは考えずに日程を決めておりましたが、一昨日、庭師が国内には無い種類だと自慢していたそのチューリップが咲きましたので、今回はそのチューリップをお披露目することにも致しました。チューリップは、貴族・平民問わず人気で、かなり花束にも使われていますから、今日のお茶会でも皆さまの目を楽しませて下さる事でしょう。
尚、その国内には無い種類のチューリップは、オレインお父様がイアナお母様のために隣国より買い付けた代物です。……お父様、お母様のことが大好きですものね……。
「はじめまして、フォードネス伯爵令嬢。わたくしは、サラナーユ。ベルドネ公爵家の長女ですわ」
王家と同じ金色の髪に翡翠の目を持つこの方は、ベルドネ公爵様のご令嬢でしたか。ベルドネ領の領地を賜わった前国王陛下の歳の離れた弟君がベルドネ公爵でしたわね。つまり、現国王陛下の叔父を父君に持つご令嬢という事です。随分と大物の方がご参加下さいましたね。
元王族でしたから、ベルドネ公爵は元々は家名がなく、ベルドネ領を賜わったことで、ベルドネを家名に決められたのでしたか。通常は、領地名が公爵位の名前を表して、家名は別なのですが。確か、ベルドネ公爵様は公爵位の名と家名が別々なのは面倒だ、と豪語されて家名を別には付けなかった、とか。これもリリーの時の記憶ですが、別段王族と関わりが有ったわけではなく、国内の貴族ならばララス家のような末端でも存じ上げる、有名なお話ですね。
高位貴族の方からのご挨拶です。しっかりご挨拶を返しましょう。
「はじめまして、ベルドネ公爵令嬢様。どうぞ、アリア、とお呼び下さいませ。本日はわたくしのためにご出席賜りありがとう存じます。ぜひ、楽しんで下さいませ」
「ふふ。同い年とは思えない程の挨拶をありがとう、アリア様。そんなに堅苦しく話さなくて良いわ。わたくしの事もサラナーユと呼んで下さいな。実はローレンス様からお伺いしていて、お会いしたかったの」
「お兄様? ですか?」
「ローレンス様は、わたくしのお兄様の2つ歳上で学院の上級生としてお兄様をご指導下さっていたそうですの」
「まぁ、そのようなことが……!」
そういえば、リリーの時はお金が無くて学院には通えませんでしたが、フォードネス伯爵家は領地が無くてもお父様がお仕事されてそれなりにお金が有りますし、伯爵ですし、学院に通えますよね。……あら? もしや、わたくしも通えるのでしょうか?
「そうですの。それで学院を卒業されてからも時々お兄様に会いにいらっしゃいまして、ご挨拶をさせて頂くと、決まってアリア様のことを伺っておりましたのよ」
「まぁお兄様ったら、どんな話をしているのかしら」
変なお話でなければ良いですけどね。そういえばお兄様にはまだ婚約者はおりませんね。ですから釣書が山ほど届いてますよね。法の番人の息子です。慎重にならざるを得ないのでしょう。
「アリア様が可愛らしい、という事くらいですわ」
「それなら良かったです。兄共々宜しくお願いしますね、サラナーユ様」
「こちらこそ」
この出会いがわたくしに生涯の親友を得る事になりました。親友・サラナーユとの長い長い友情の始まりでした。
サラナーユとの挨拶を終えた後も、もう1つの公爵家・5つの侯爵家の方達から順にご挨拶させて頂きます。
もう1つの公爵家は公爵令息様で、あまり仲良くはしたくないお方でした。だって、値踏みする視線を向けて来るんですもの。この方は3歳上のお方でしたから、学院に入学してもあまり関わりは無いでしょう。
5つの侯爵家のうち2家が令嬢。3家が令息。2家の令嬢はどちらも、わたくしを嘲るような顔でご挨拶してくれました。……法の番人の娘だから、と、親に無理やり連れて来られたのでしょうね。でも爵位が下だから阿る必要は無いし、親の意図を理解出来なかったのでしょうか。
いえ、でも、どちらの方も同い年の令嬢ですけど。親からきちんと説明されているのではないのですかね。まぁこちらとしても、変におべっかを遣われても厄介ですし。嘲りの笑みを浮かべながらそんな事されてもね、ってやつです。
この2家は挨拶程度の仲で深い付き合いはしなくていいですね。
で。
3家の侯爵家の令息達ですが、あからさまに親の意図を理解しているようで、チヤホヤして来ましたよ。どうやらわたくしとの婚約を望んでいるらしいです、親が。
だって、3人が3人共、親をチラチラ見ながらわたくしの気を惹こうとしてますから。尚、1家は同い年。2家は1歳下と2歳下ですね。3人共、跡取りです。名前を聞けば判るくらいには貴族名鑑を読みましたからね。跡取りの婚約者にわたくしを据える、ねぇ。親の意図が透けて見えて嫌ですね。
もちろん、恋愛をしてみたいわたくしですが、領地無くとも貴族の子である以上、家の為の結婚……つまり政略結婚は理解してますし、オレインお父様が望むならば、政略結婚も受諾します。ですが、まだまだわたくしの結婚など考えていないお父様ですから、婚約者も本日で決める事も無いでしょう。
そもそも決めるのなら、お兄様が先です。
そんなわけで、3家の侯爵令息様達も当たり障り無く挨拶をして、あまり関わらない事を決めて、続いて伯爵位・子爵位・男爵位の方達とご挨拶します。此方は、領地が有る家もいらっしゃれば、我が家やララス家のように領地無しの家もいらっしゃいます。領地無し、つまり政務官としての家の令息・令嬢方とはそれなりのお付き合いをした方がいいでしょうね。数名はそれなりではなく、仲良くなれそうなご令息とご令嬢がおりました。
尚、本日は準男爵及び騎士爵の家の方はおりません。準男爵及び騎士爵の家は元々数が少ないのも有りますが、わたくしと友人或いは婚約出来る釣り合いの取れた年齢の方がいらっしゃらないので。
さて、招待してご出席頂いた方達、全員との挨拶はこれで終わりですね。では、庭へご案内させて頂きましょうか。
その間に新しいお菓子やお茶を用意してもらうように、執事に目線で合図しておきます。イアナお母様からも指示を受けているでしょうが、わたくしも持て成す側の人間ですからね、これくらいは出来るようにならなくては。
あと、関わり合いになりたくない方達だろうと仲良くなりたい方達だろうと、お菓子やお茶の意見は聞いておく必要が有りますね。味や見た目だけではなく、量の問題です。お茶は全員に行き渡るのは確認しましたが、お菓子は敢えてご自分で取るスタイルにしましたから(使用人に取ってもらって皿に盛ってもらうにしても、自分で好きな物を選ぶスタイルです)お菓子によっては、減りが早い物も有りましたからね。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




