4:生まれ変わったわけです
「全てをお話しますね。先ずは、ララス家の皆さま。リリーの記憶を持つ身として、呆気なく死んでしまいすみませんでした」
ララス男爵……リリーのお父様とお母様とラークがボロボロと泣き出しました。これは、まぁ、わたくしが悪いですので泣き止むまで待つしか無いですね。
リリーの両親は泣き止みませんが、ラークが落ち着いたのを見て話し出しました。
アリアとして生きていて、庭師の水撒きを邪魔してずぶ濡れになって熱を出した事でリリーの記憶が蘇った事を。
「リリーの最後の記憶は、子犬を川から助けた結果、びしょ濡れになって高熱を出してそのまま意識を失ったのですが」
「……うん。リリー姉さんは、そのまま死んだ」
目を真っ赤にしながらラークが頷きました。やはりわたくしはあの時に死んでしまったようです。
「リリーとして謝ります。お父様、お母様、ラーク。死んでしまって、ごめんね」
「「リリー!」」
「姉さん!」
3人が更に泣き出しました。わたくしは今度はフォードネス伯爵ことお父様とお母様とお兄様を見ます。
「ええと。アリアとして10年、育ててくれてありがとうございます。これからもアリアとしてよろしくお願いします」
「アリア……。その、君は最初からアリアなんだよな?」
お父様がちょっと言葉を濁しながら尋ねてきます。言いたいことの意味は理解出来ます。
「ええと。リリーが死んで何年経ちましたか?」
「姉さんが死んで11年だよ」
わたくしの質問に即座にラークが答えてくれました。
「では、リリーが死んで直ぐにお母様のお腹の中にわたくしの魂が入ったと思います。微かに、ですが。お母様のお腹の中にいた時の記憶も有りますから。リリーの魂がアリアになった、と思って下さい」
わたくしは今のお父様とお母様を見て話すと、お二人は強く頷いて下さいました。
「ララス家の皆さま。わたくしはリリーの魂と記憶を持っています。ですが。酷いことを言います。いくら記憶も魂もわたくしの中にあっても、わたくしはリリーでは無いのです。死んだ者は生き返りません。ですから、あなた方の娘で姉であるリリーは、この世に居ない事を覚えていて下さい。どれだけわたくしにリリーを求めてもわたくしはリリーにはなれないのです。
わたくしは。
アリア・フォードネス。
フォードネス伯爵の娘です」
わたくしがきっぱりと告げれば、ララス家の両親もラークも悲しそうな顔をしながら頷いた。
「でもね、アリア。偶にはララス家に顔を出しても良いと思うの」
わたくしを隣で抱きしめるお母様が、静かに仰いました。
「お母様……?」
「子どもが自分より先に死ぬなんて辛いわ。だから。あなたがリリーさんの記憶を持っているのなら、その記憶を共有するのも有りじゃないかしら。11年……リリーさんを亡くした悲しみに耐えているのだもの」
お母様の言葉は、わたくしの胸にズシリと来ました。お母様の仰る事は解ります。ただ、わたくしはリリーではないのも事実。少し考えた結果。
「お兄様とラークはご友人なの?」
お兄様を見ればお兄様が頷きます。
「政務官になる為の養成所で知り合って、その後ラークが裁判官になりたい、と俺と勉強をしている」
「それでしたら、お兄様がラークの家に勉強をしに行く事もあるでしょう。わたくしは、お兄様とご一緒にララス家を訪問する。そういう事にしますわ」
ララス家の両親もラークもそれでもいい、と頻りに頷いてます。急に死んでしまいましたからねぇ。わたくし。
「そういえば、姉さん。トマスの奴の夢でも見てたの? 何やら叫んでたのが聞こえて、トマスの名前が聞こえて来たけど」
ララス家を訪問する、という話で同意した後、ラークがそんな事を言いました。
「ああ……、リリーの記憶が強すぎてね。ラークが産まれた時のことや、わたくしの後をついて回っていた時のこと。お父様とお母様とラークとお出かけしたことや、ロードとアネットの事なども思い出したのだけど。トマス様は一応婚約者だったから、それなりに記憶が蘇ったのよ! そして思ったの。やっぱりあんなに蔑ろにされてて婚約していたなんて、わたくしの黒歴史だわ! と」
その言葉にララスのお父様が冷や汗をだらだらと流しています。
「り、リリー。本当に、トマス君との婚約が嫌だったんだね……。ちゃんと話を聞かなかったお父様を許して下さい」
「まぁきちんと婚約を解消してくれたので、それで良いです」
「それにしても……トマスの奴、姉さんにこんなに嫌われている事を自覚して欲しいよなぁ」
ラークがボヤくのでわたくしはラークに顔を向けました。どういうことですか。
「ラーク?」
「あー、トマスの奴ね、姉さんが婚約を解消してあまり時が経ってないうちに死んでしまったからね。ショックみたいで」
「は???」
「なんでも。トマス・パテルスは、元婚約者が死んでしまった事をとても悔やんでいて、俺に振られて死んでしまう程、俺のことを好きで居てくれたなんて……と嘆いているんだよ」
はぁああああ⁉︎
「何その、悲劇のヒロインならぬ悲劇のヒーローは……。馬鹿らしい」
わたくしはバッサリ切り捨てました。
何故、わたくしが、あんな男を好きだ、などと、妄言を吐けるのでしょうか。意味不明です。
「えっ。アリアの前世であるリリー嬢の婚約者ってトマス・パテルスだったのか⁉︎」
「そうですわ、お兄様」
「えええええ……。なんだってあんな男が婚約者だったんだ……。アリア、見る目が無いぞ」
「お兄様、失礼ですわ。見る目の無いのはお父様。ララス男爵。お父様とトマス様のお父様が親友だったから、子ども達が仲良しだし、将来結婚させよう! と結ばれた婚約です」
お兄様に可哀想な子を見る目をされたので、きっちり不本意だ、と反論しておきました。
「ああ……そういう理由で結ばれた婚約」
お兄様は納得、と頷きます。
「取り敢えず! わたくしはこれから淑女教育にマナー教育と、勉強を頑張ります! そうして、今度こそ! 恋愛をしたいと思いますわっ!」
わたくしが力強く宣言すると、この話し合いでも穏やかに聞いていたお父様が、飲んでいたお茶を吹き出しました。
「アリア⁉︎ 恋愛って……恋愛って⁉︎」
「リリーの時からの夢なのです。わたくし、恋愛をしたかったのですわ!」
「し、しかし、だな、アリアはまだ10歳だし。恋愛なんて早いと思う! お父様は反対だ!」
本当に、フォードネスのお父様は、わたくしに甘いですが……単に娘を嫁に出したくない人でしたか。
そんなわけでわたくしは、リリーの記憶からトマス様との婚約期間について全てを打ち明けました。
「なんだ、その男は。婚約者を大切にするなど、遥か昔から言われている当たり前の事だろう。政略であってもなくても婚約者とは、結婚の約束をしている相手。結婚相手だ。妻と言ってもおかしくない存在を蔑ろにするなど、同じ男として有り得ない。他の女を好きになるのも有り得ないが、人の心はどうにもならない。だが、それ以前の問題だろう! ララス男爵!」
あ、お父様がお父様に怒りを向けてますわ。
「は、はいっ!」
「あなた、ご自分の娘がこれだけ蔑ろにされていて、3回も婚約解消を求められていたのに無視した挙げ句、婚約破棄を娘が叩きつけられていて、何もしなかったのですかっ! いくら相手の父親と親友だからといって、その関係を大切にして娘の幸せを考えないなど有りますか!」
あ……他人が聞いても、やっぱりララスのお父様の行動は有り得ないんですね。
「そ、それは……」
「お父様、お父様。もう良いのです。ララスのお父様は、散々わたくしに叱られ、お母様にも宥められつつ指導されて大いに反省しましたから。フォードネスのお父様に、ララスのお父様が叱責を受けているのは見たくないです。というか、ララスのお父様は長い物に巻かれろ精神でして。事なかれ主義と言うか。面倒事は避けたいという、情けない……いえ、優しい性格の方なので。だから婚約解消話から逃れていたわけですし。それでも、きちんと話し合って婚約を解消してくれましたから、何の問題も有りません」
「リリー……。生まれ変わっても、リリーはお父様にキツイんだね……」
フォードネスのお父様を宥めるために、色々とリリーの記憶から溢すと、ララスのお父様が泣き出しました。……相変わらず、情けな……いえ、頼りな……いえ、ええと。心優しい人です。
「いい加減、ララスのお父様はもう少ししっかりしてください。リリーが居なくても、きちんとお母様とラークを守って来たのは、ラークを見れば解りますから。偶にはお会いしますから、わたくしにしっかりしたお父様の姿をお見せ下さいね」
「うん……」
情けない、いえ、優しいララスのお父様にわたくしが言えば、メソメソしながら頷いてくれました。まぁなんだかんだで、リリーとの約束を守ろうとする真面目な人です。ちゃんとしっかりとした父親像を見せてくれる事でしょう。
「そういえば……。リリーが死んで11年という事は、ラークは18歳?」
「うん、姉さん」
「あなた、成人しているのだから、結婚相手は探しているの?」
「うん。というか、婚約した」
「あら、おめでとう。良い人ならいいわ」
「優しくて明るいけど、姉さんみたいにハッキリと言う人」
「そう。上手くやっているならそれで良いわね。ところで、ロードとアネットはどうしたの?」
「2人なら結婚したよ」
「そう! それは良かった! リリーの記憶を取り戻して、2人が結婚したのか心配だったのよ! あと、子犬は?」
「家で飼ってる」
わたくしはラークとの話にニコニコしながら、ララスのお父様とお母様を見れば、2人も頷いてくれました。それなら良かった。もう子犬では無いのよね、きっと。
「そういえば、お兄様」
「なんだい?」
「さっき、わたくしがリリーの時にトマス様と婚約していた、と知ったら可哀想な子を見る目をして、見る目が無いとか仰いましたが、どういう意味ですか? あ、ちなみに見る目が無いという言葉は絶対に! 忘れませんから」
ええ、根に持ってあげますわ。
「アリア、そんな……。そこは忘れてよ」
「いやです。根に持ちます」
「そんなぁ……。取り敢えずアリアの質問に答えるとね、トマス・パテルスという男は、なんていうか……自分のミスを認めない・自分は優秀だから周りが悪いという男なもので……」
ああ、そういう。
「なんだ。11年経っても変わらないのですね。少しくらい大人になっているのかと思っていましたが」
「「「「「「えっ? どういうこと?」」」」」」
あらまぁ、ララスの家族もフォードネスの家族も仲良しになりましたか? 息ピッタリですね! そんな事を思いながらお茶をゆっくり飲むわたくしに、視線が集まっています。えっ? なんですか?
「どうしたの? 皆」
「いやいやいや、アリア、どうしたの? じゃないから! 変わらないって何?」
代表して、というか、即座にお父様が質問して来ました。変わらない……ああ。
「ですから、自分のミスを認めないのも人の所為にするのも、自分は優秀だから間違うわけがないって所も全部変わらないなって」
「リリー! ど、どういう事だい⁉︎ お父様はその辺、聞いてないよ?」
「そう、でしたっけ?」
ララスのお父様への報告って……どうしていましたかしら?
「ララスのお母様」
「アリアちゃん。名前で呼んで?」
「ビアンカさん?」
「いえ、ビアンカお母様で良いわ。確かにリリーの記憶が有っても、あなたはわたくしの娘では無いもの。今のお茶を飲む仕草はリリーそのものだった。わたくしがみっちりと躾けたもの。でも、だからこそ、姿が違うアリアちゃんは、もうリリーでは無いと思い知ったわ。だけど、やっぱりリリーにお母様と呼ばれたいから。ララス、なんて家名で呼ばれたら寂しいわ」
「じゃあビアンカお母様」
「あらぁ、アリア! ズルイわぁ。ビアンカさんをビアンカお母様って呼ぶなら、わたくしも名前で呼んで頂戴な」
「お母様……」
ララスのお母様を名前で呼んだら、フォードネスのお母様が膨れっ面になりました。呆れてお母様と呼んでも返事をしません。
「分かりました。イアナお母様」
「あ、じゃあお父様も名前で!」
お父様、直ぐに便乗するってどうなんでしょうね。
「分かりました、分かりました! オレインお父様!」
やけになってフォードネスのお父様を名前で呼んだら、ララスのお父様がチラリチラリとこちらを見て来ます。はいはい、名前で呼んで欲しいんですね、分かりました。
「ハリーお父様ですね、分かりました」
大きく溜め息をついてララスのお父様を呼んだら、嬉しそうに笑ってます。はぁ。
「ビアンカお母様、わたくしがリリーとしてハリーお父様に報告していた事を、ハリーお父様からどのように聞いていらっしゃいました?」
「そうねぇ。何時に我が家でお茶会予定。時間通りに来なかった。みたいな?」
「あー……。ハリーお父様にそんな感じの報告しかしていませんでしたか」
納得しつつ、トマス様の事を思うとげんなりして来ます。
「トマス様は……まぁお茶会の日程や時間を前もって通達しておくにも関わらず。遅刻するか欠席するか、でしたけど。遅刻すると、必ずと言っていいほど、わたくしの連絡が無かった、と言い張っていましたねぇ。ケヴィン……ああ、トマス様の侍従の方ですが……ケヴィンが、きちんと連絡は来てましたよ。と言えば、ケヴィンが俺に報告しなかったって、文句を言うし。ケヴィンは、トマス様に良くお仕え出来るなぁ……って思っていたものです」
わたくしはしみじみと昔の事を思い出しました。正直言って、トマス様の被害を一番被っているケヴィンに同情していました。
「トマス君がそんなに酷かったなんて……。リリー、お父様はもっときちんと君の話を聞くべきだったね」
ハリーお父様がショボくれます。もう、いいんですけどね。
「もう、終わったことですよ、ハリーお父様。トマス様と婚約解消したし、その後死ぬまで、リリーは幸せでした。ハリーお父様とビアンカお母様とラークと皆が一緒で幸せでしたよ。だからいいんです。まぁ気になると言えば……ケヴィンの事ですけどね。トマス様は都合が悪くなると人の所為にしますからね。それが耐えられるうちはともかく、耐えられなくなったら大丈夫なのかな……とは思います。トマス様自身は、どうでもいいです。私の事を後悔しているなら、好きに後悔していればいいんじゃないですか?
仮に私が生まれ変わったという事実を知っても、アリア・フォードネスに近付けるわけないでしょうし。トマス様、権力に弱いから、伯爵令嬢のわたくしに近寄って来ませんよ。それならどうでもいいんです」
わたくしがきっぱり言えば、ハリーお父様はもう何も仰る事はなく。これにて長い長い話し合いは終わりの時を迎えました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。