2:子の気持ち親知らず
ロードにお父様と会えるよう調整を付けてもらいます。すると、のんびりと応接室でお母様とラークと3人でお茶をしているところだったようで直ぐに顔を出しました。3人が居るならちょうどいい。まとめて話せます。まだ7歳の弟のラークにとってはちょっと衝撃的かもしれないですけど。
「リリー。話が有るとか? どうしたんだ? 確か今日はトマス君とお茶会だろう?」
「ええ、先程、いつものように遅刻されて、いらっしゃったと思いましたら婚約破棄を告げられましたわ」
「なっ……、何を、リリー、冗談にしては笑えないぞ⁉︎」
「冗談では有りませんわ」
お父様が顔を痙攣らせて笑います。いや、笑い事では無いですけど。取り敢えず、いつものように開始時刻から1時間は経過して現れたこと。いつものように謝罪などなく、婚約破棄を宣言されたこと。お相手はどこかの男爵家のシフォン様というご令嬢とのこと。お付き合いをしているのかは知らないけれど、トマス様の一目惚れらしいこと。トマス様のお父上にお話するから、わたくしはお父様にお話していること。
全て話しました。
「そんな……。リリーとトマス君はあれほど仲良しで多少トマス君が我儘でもリリーは、トマス君のことが好きだから、我儘を許しているとばかり……」
「はぁ⁉︎」
さすがにお父様の勘違いに、声を荒げます。ちなみに、お母様とラークは、わたくしとトマス様の関係をあまり詳しく知らなかったようで、顔を青褪めさせてます。
「リリー、そんな声を出さなくてもショックなのは解るが……」
お父様、見当違いも甚だしいのですが。
「お父様! わたくし、3回、3回! トマス様との婚約解消を望んで参りましたよね⁉︎ そのどこにトマス様をお慕いするなんてお馬鹿な考えになるんです⁉︎」
「お馬鹿ってお父様に向かって……。いや、リリーはトマス君のことが好きだっただろう?」
「はぁ⁉︎ 毎回、交流会には遅刻か連絡無しの欠席。わたくしがあちらの家に行ってから、今日の茶会は無し、とトマス様付きの侍従であるケヴィンから伝えられる事もよくあり、誕生日プレゼントすら寄越さないで自分は偉いとばかりに上から目線で話す、あんな男のどこを好きになると言うんですかっ! 3回の婚約解消を求めた時に毎回、理由も述べましたよね⁉︎」
「えっ、あ、いや……、リリーが冗談を言っているとばかり……。トマス君と早く結婚したくて私から結婚の時期を早めてもらおうと気を引くために、そんなとんでもない事を話しているのか、と……」
「はぁあああ⁉︎ わたくしが嘘やデタラメでお父様の気を引こうとしていた、と? お父様はわたくしの事をなんだと思っていらっしゃっるんです⁉︎ そんな愚かな事を仕出かすお花畑な頭を持つスカスカ脳みそだとでも⁉︎」
「あ、いや、そういう、わけでは……」
「そう思っていらっしゃったから、そんな思考になるのでしょう⁉︎ 大体、どこをどうしてあんな男が好きだと勘違いされていたのか、ぜひ! ご説明下さいな!」
お父様の馬鹿らしい発言に、わたくしは説明する度にヒートアップしていきます。本当に何をどうしたらあのような方を好きになると思うのでしょう⁉︎
「い、いや、だって、リリーは昔、トマス君と仲良く遊んでいた頃、トマス君から結婚しようって言われて、わたしも好きですから結婚しますって」
「それ、何歳の頃の話です⁉︎」
「え、ええと5歳?」
「つまり、婚約した頃でしょう? あれからおよそ10年の月日が経って、こんなに蔑ろにされてもまだわたくしがあんな男を好きだと思い続けていたんですか⁉︎ お父様はどれだけ恋愛に夢を見ているんです? こんなに蔑ろにされたのにわたくしを幸せに出来る男だと思っていらっしゃったわけですか?」
「そ、そうだよ」
「違うでしょう! 単にご自分が親友との仲を壊したくないから、わたくしの幸せより親友との仲を優先しただけでございましょう!」
「な、なんてことを! お父様に対して言っていい事じゃないよ!」
「はぁ⁉︎ 散々蔑ろにされて婚約解消を3回も求めて理由も話したのに、その度にトマス様のお父様との友情が……と呟くように仰っていたでは有りませんか! わたくしは、その度にわたくしの幸せより親友との友情をお父様は取っているとしか思っていませんわよ! それか、わたくしが婚約解消して他に相手がいなかったらラークの婚約や結婚の際に邪魔だから、わたくしを確実に嫁にやれる相手であるトマス様との婚約を解消したくないと思っている、と思いましたわ! つまり、お父様はご自分の友情かラークのためしか考えておらず、わたくしの幸せなど、どうでもいいのでしょう⁉︎」
ここまで言い切ったわたくしを、お父様が顔を真っ赤にして聞いています。あら、お怒りですか? 怒りたいならどうぞご自由に、と思った直後に、お父様はボロボロと涙を流しました。……えええー。ヒキます。ドン引きですわ、お父様……。何故泣くんです……
「そ、そん、そんな、そんな事、思っているわけ、無いよ。お父様は、ちゃんと、リリーの幸せを願っている! トマス君の、父親との友情を口にしても、本当に嫌なら、それでも婚約解消を求めると、思ったんだよ!」
どこの子どもですか……。泣きながら逆ギレって……。
「あなた……。それは、あなたの考えかもしれませんが、リリーがあなたの気持ちを考えて意見を引っ込める子なのは、理解しておられなかったのですか?」
「それは……」
お母様が、お父様を宥めながらも、きちんと指摘しています。さすがお母様。こんな情けない……いえ、頼りない……でもなくて、優しいお父様の扱いをよくご存知です。
「あなた。今まで、リリーの婚約について、わたくしはあなたに一任してきました。偶にあなたにリリーはトマス君とうまくいっているのか尋ねたら、問題無い、と仰っておりました。わたくしは、あなたを信じてその言葉を鵜呑みにして参りましたが。きちんとリリーにも話を聞くべきだった、と後悔しておりますわ。いくらラークが小さくて、ラークの教育に付きっきりでも、わたくしはリリーの母なのですから。きちんとリリーが3回も婚約解消を求めていた事を知りたかったですわ」
「……あ、ビアンカ、済まない」
お母様の発言にお父様が意気消沈されています。そうですか、お父様はお母様にすら、トマス様との婚約について話をしていらっしゃらなかったのですか。
「もう、起きた事は仕方がないですわ。でも、本当にリリーの幸せを願っている、と仰るのなら、どうすればいいのか解りますわよね? わたくしだって、可愛い娘がこんなに蔑ろにされていたなんて、我慢ならないですわ! あなたの気持ちを考えて、トマス君との婚約はあちらの有責での破棄ではなく、解消という方向が良いでしょう。さすがに、あなたもリリーに婚約解消を認めてあげますわよね?」
お母様、お父様を宥めつつ、お父様からきちんと言質を取ろうとされるその手腕。お見事ですわ。さぁ、お父様。お返事は?
「うむ、分かった。そもそもトマス君との婚約はどちらかに好きな相手が出来たら解消すると決めていたし、リリーがこんなにも、こんなにも……! トマス君を嫌っているなんて思ってもいなかったから。きちんと婚約を解消する、と話し合ってくるよ。いくらトマス君の有責でも破棄だと、痛くない腹を探る者も出て来るし。
リリーも少なからず噂をされるだろう。幸いなのは、あちらも私も領地を持つ爵位ではなく、国の政務を執り行うのに必要な爵位持ちだから、同じ貴族でも領地を持つ爵位持ちの方より目立たないし、更に上位貴族の目も引かない。
それに、政略的な婚約では無いから、婚約解消の手続きもかなり楽だと思う。基本的に貴族の婚約は、城の貴族の戸籍管理部署が婚約や婚姻或いは離縁や死別に養子縁組等の書類を作成し、それを上へ持っていく。戸籍管理部署の大臣のサインをもらって、国王陛下に報告し、認可されて婚約や養子縁組等が出来る。
これは離縁や婚約解消等も同じ。ただ、婚約破棄と婚約の白紙は、それ相応の理由が有るものと見られて調査もされてしまう。だから、解消が一番良いんだ。だから明日には解消を求める書類を作成してもらってくる。何事も無ければ1週間くらいで国王陛下の認可を受けると思うよ」
あらまぁ、貴族の結婚や離縁等は国王陛下が許可をしている、とは伺っていましたが、本当に報告して認可を受けていたのですね。こんな貴族の末端でもそんなお手間を取らせるとは存じませんでした。1週間くらいですか。まぁ本当に認可されるのなら、お忙しい中で時間を割いて頂くわけですから、そのくらいの時間はかかるのかもしれませんわね。
それに……破棄や白紙だと理由を探られるなら、解消が無難ですわね。破棄はどちらかに非があるようなもの。大概は破棄を言い渡した側ではなく、言い渡された側に非がある事になりますし。白紙は婚約していた事実そのものが無いわけですから、解消は婚約はしていたけど、互いの事情により無くす事と違いますものね。婚約していた事実が無いという事にする、それ相応の理由が有るようなものです。……確かに破棄も白紙も面倒ですわ。
「わたくしは、トマス様との婚約が無くなるのでしたら、解消で構いません。早急に、解消の手続きをお願いしますわ、お父様」
「うむ、分かった。……リリー」
「なんでしょうか」
「きちんと話を聞かなくて済まなかった」
「本当ですわ。でも、もう済んだことですから。お父様がきちんとわたくしの幸せを願っている、と仰ったので、それで良いです。でも次からはきちんと聞いて下さいね」
「そうするよ。トマス君との縁が無かったのは残念だが、リリーの幸せの為にもあちらと話し合って解消の手続きをして、次はリリーが良いと思う相手と結婚してもらいたいと思うよ」
「ありがとうございます、お父様。でもまぁ、わたくしは貴族といっても端くれですし、平民と変わらない気がしますから、貴族籍から抜いて頂いてもらうのも有りだと思ってますわ」
「リリーは……貴族でいることに拘りは無いのか」
「貴族が果たすべき義務というのは理解しています。そういった方の元に嫁げば、その義務も果たしましょう。ですが、そういった相手ではなく、貴族籍から抜けても構わないと思っております」
「そうか。……そういった大切な話もしてこなかったな。リリーが成人する時にはもう一度きちんと話し合おう。今度は家族みんなで」
お父様は、もしかしたらわたくしが貴族で居たい、と望んでいると思っていらしたのかしら。だからトマス様との婚約を解消する気にならなかった……?
いえ、もう、終わったことです。
お父様が家族皆で話し合うことを提案して下さったわけですし、トマス様との婚約の件はもう忘れましょう。
お読み頂きまして、ありがとうございました。