番外編
ラークの婚約までの道のりを一話に収めてます。(尚、電子書籍版の番外編には無い内容です。あちらは、アリアとラトルのその後とかなので)ローレンスは本編でチラッと書いてあるのでラークのみにしてみました。
ラーク・ララスは姉であるリリーが病死してから必死に両親を支えてきたが、疲れていた。抜け殻のような顔をしながら毎日なんとか仕事に行く父。泣いていたと思えばボンヤリと外を眺めるだけで一日を終えてしまうこともある母。かと思えば、いきなり使用人達と張り切って家事をし続けて力尽きる日もある母は目が離せない。父も仕事から帰ると玄関で糸が切れたようにその場にしゃがみ込んで虚な目をしてボロボロと涙を流す。
そんな二人を使用人達……特にロードと共に支えて来たラークだが、そもそもラークだって子どもなのだ。それもまだ七歳という年齢の。
本来なら、両親の方がしっかりとして姉を恋い慕って泣くラークを慰め励まし前を向いて生きていこう、と言う立場なのだが、リリーが死んでしまったことから両親の方が立ち直れないでいた。最初に立ち直ったのは、執事のロードとリリーの侍女を務めていたアネットだった。ロードがアネットとメイド達を悲しむだけではいけない、と諭し。主人一家にも根気よく声がけをしたことでラークがようやくいつまても泣いていられない、と前を向く決心をした。リリーが死んでからおよそ五十日が経過していた。
リリーが拾って来た子犬が憎く思うこともあった。
川で溺れていなければリリーは、死んでなかっただろう。そう思ってしまえば何も知らないでキュンとかクゥンとか鳴く子犬に腹が立つ。なんでリリーが死んでこの子犬が生きているのだ、と七歳で他者に怒りや憎しみを抱く感情を彼は覚えてしまった。
そんなラークの心を宥めたのが、ようやくリリーの死から立ち直りかけていた父だった。
「ラークの気持ちは分かる。父さまも子犬を助けなければリリーは死ななかった。そう思う。だけど。泣いてばかりの情けない父さまと母さまだけど、子犬のせいにしたらリリーが泣くよ」
まだまだ目を赤くさせて涙を流しながら、それでもラークを抱きしめて「一人にしてごめんね」 と新たに泣きながらもようやくもう一人の子どもに目を向けた瞬間だった。この時のラークの感情は、ようやく自分を見てくれた安堵や遅いんだという怒りや嘆き、そして父の温かさが綯交ぜになってなんだかぐちゃぐちゃになった感情で声を上げて大声で泣いた。
そうしていつの間にか寄り添ってくれていた母と三人でもう一度泣いた後から、徐々に日常を取り戻すと共に三人が交代で子犬の散歩や餌やりなど世話を始めた。リリーが死んでしまってから百日を過ぎたある日、ラークが子犬の散歩をしながらリリーが子犬を拾ってきた川沿いを歩いていた時。
「可愛い子犬!」
前から目を輝かせて駆け寄って来た女の子がいた。その様子がラークが駆け寄ると明るく笑って頭を撫でてくれたリリーの姿となぜか被って見えた。
何故だろう。
ジッと女の子を見てしまう。女の子はラークの視線に気付かず子犬を撫でようとして、手を止めた。
「撫でて大丈夫?」
「あ、ど、どうぞ」
間近で見た女の子の首を傾げた仕草にサラリとした髪。それで気づいた。髪の長さがちょうど死ぬ直前までのリリーと同じだったこと。そしてリリーと同じく外に居ることを好むのか肌が日焼けしていることに。
髪の色はリリーと違ってレンガ色。目の色も髪より少し濃いレンガ色だけど、日焼けした肌とリリーと同じ髪の長さがリリーみたいに思えたのだろう。
「可愛い。名前はなんていうの?」
ニコッと笑う女の子の方が可愛いとラークは思う。子犬の名前を教えながら自分の名前も教えた。
「私はナビア。よろしくね」
それだけの話で終わる予定だった二人。
だが、やがてラークがリリーと同じように図書館に通いながら勉強を始めると、そこでナビアと会う機会が増えた。ナビアは子爵家の令嬢だが、家が貧乏のため家庭教師は付けてもらうことは出来ないから、と図書館で勉強をしているとか。そして学園に入学したら王城の侍女として働くことを目指して成績上位を狙うらしい。王城の政務官にしても武官にしても使用人にしてももらえるお金が多いのは、言わずと知れたことであり、ラークも目指す場所であった。
そんなわけで二人の仲は図書館で勉強を教え合うことで急速に近づき、入学する頃に婚約をした。
「ナビアが侍女になりたいなら、なるといいと思う。政務官の父だから爵位だけしかない家だし、ナビアの家を助けたいって思う気持ちは大事でしょ」
婚約したことで王城の侍女の道を諦める必要があるのか、と悩んでいたナビアにラークはあっさりと言う。
「でも」
「ナビアには話したよね。俺の姉上が若くして死んだこと」
「えっ、うん」
「詳しく話してなかったけどね、姉上……リリー・ララスはトマス・パテルスの婚約者だったんだ」
この頃既にトマスの存在は、知る人ぞ知るというように噂になりつつあった。まだナビアは知らなかったために、ラークから聞かされた二人の関係をすんなりと受け入れることが出来た。あまりにも婚約者を蔑ろにするトマスの存在は、同じ子爵位の者としても俄かには信じられず、思わず「嘘でしょ?」 などと確認してしまった程だった。
「本当。俺もその頃は七歳で姉上の婚約者については、あまり顔も合わせてなかったんだけど。姉上がトマス・パテルスに婚約破棄を突き付けられて、それを父に話していたとき、姉上から詳しく話を聞かされて、初めて姉上がそんな状態だったと知った。まぁ婚約は解消したけど、幼いながらに思ったんだよね。婚約者になってくれた相手の意思は尊重しようって。だから」
ナビアは、ラークの気持ちを知って深く頷く。自分の家を助けたい気持ちは変わらない。それには王城の侍女を目指すという当初の目的も変わらない。ラークがそれを後押ししてくれる、というのであれば。
「ありがとう、ラーク。それなら私は王城の侍女を目指すわ。あとで、ラークのお姉様のお墓に行かせてね。ご挨拶をしたいわ」
ラークが婚約した相手に対して、我慢をしてもらいたくない、と考える切っ掛けになった大切なラークの姉に、生きているうちに会いたかったな、とナビアは思いつつ、泣きそうな顔で「うん、姉上の墓に案内するよ」 と言ったラークをこれからも大切にしよう、と意気込んだ。
それから更に数年が経ち、学園を卒業して王城の侍女仕事をしながら結婚の準備を始めたナビアの耳に、信じ難い出来事がラークの口から飛び出て来ることになるとは、この時のナビアは知らない。
姿は違うけれど、リリー・ララスの記憶を持つ伯爵令嬢のアリア・フォードネスと知り合って、幼い頃のラークの話を聞かせてもらう未来が来るなどと……。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。
電子書籍版ご興味ありましたら、よろしければお願い致します。
その後のアリアとラトルやアリアとラトルが互いの名前を呼び合うきっかけの話を番外編で書いてます。また本編もいくらか加筆修正してます。




