15:急展開ですが私達らしいです。
今話は、ラトル視点で始まります。
最終話です。
ラトル視点
***
アリアから衝撃的な話と、婚約解消を申し出られてから3ヶ月が経った。ようやく気持ちが、落ち着いて。俺はアリアに会いに行こうと決めた。本来なら仮令本当の婚約者だったとしても先触れを出して訪うものだ。だけど。
先触れを出したのに会えなかったら。
アリアに逃げられているような気持ちになってしまう。それでは俺は卑屈な感情を持て余しそうだし、そんな感情でアリアと話なんて出来ない、と急に行く事にした。先触れを出さずに行く事で、会えなくても自分に言い訳が立つ。
それは弱い自分の卑怯だ、ということには目を瞑った。アリアの話を聞いて様々な事を考えた。
俺を騙しているのか。弄んで楽しいか。信じられないか。アリアは俺を愚かだと嗤っているのか。嘲笑って見下しているのか。
ーー感情だけが迸った後。
俺の全ての負の感情に、自身でノーを突きつけた。
3年。3年一緒に居た。アリアは出会いから全く変わらない。もちろん令嬢の姿とそれ以外の時は違うけれど、それもアリアの一面だったし、本質は変わらなかった。だから。アリアは俺に話せなかったかもしれないけれど、騙した事はない。弄んでもいない。信じようとしてくれていた。愚か者なんて思われていない。嘲笑も見下しもしていなかった。
寧ろ、アリアと一緒に居てアリアを信じきれなかったのは、俺の方。きっと一時の戯れで。俺に飽きたら終わりだ、と。俺がアリアの気持ちを信じずに一歩引いていた。最初から身分差と、やはりどうしてもアリアが背負っている家名が俺を怖気させた。家名なんかどうでもいいくらい、一緒に笑い合って話し合って来たくせに。信じられないような話をされて動揺して逃げるような弱い男なのは俺で。
それでアリアを責める俺はとんでもなく情けない男だと思う。
色々考えて考えて考えて。感情を迸らせてぐちゃぐちゃになった気持ちを紙に書き出して全部全部全部出し切って。そうして残ったのは、ただアリアに会いたいって気持ちだけだった。その気持ちそのままに部屋を飛び出してエントランスへ向かえば父上に会った。
「何処に行く?」
「アリアに会いに」
俺の顔をジッと見つめていた父上が、フッと口元を緩ませてから切り出した。
「この半年、トマス・パテルス子爵令息が頻繁に動いていると知っているか?」
その名前に俺はつい父上を凝視する。
「3年前、仮婚約を結ぶ時にフォードネス伯から伺った。仮の相手に話していいのか問えば、どうせ仮では無くなる、と嫌そうに言われた」
つまりそれは、俺とアリアの婚約が仮ではなく真になり、アリアが俺と婚姻する、とフォードネス伯爵は考えていた、という事。何故? 父上が俺の疑問を理解したかのように続けた。
「フォードネス伯爵が仰るには、己の勘が外れた事が無いそうだ」
「では、仮婚約は……」
「それは解消されてるぞ、当然。何しろ、フォードネス伯は娘を奪っていく癖に娘を信じられない男に任せられん。まともになってから、会いに来い、と仰ってたな」
要するに、アリアを信じられないうちは、という事だろう。だったら俺は伯爵に認められる男になる、それだけだ。
「フォードネス伯が独り言としてつい数日前に教えて下さったが、今回、アリア嬢は、そのトマス・パテルスと接触の可能性が高いある子爵家のお茶会へ参加するそうだ」
父上に情報を感謝してから当然、俺はその子爵家へ向かった。尚、開催時刻を尋ねれば、とうに始まっている。馬車を走らせ子爵家から少し距離を置いた所に馬車を止めてから子爵家の門に来た所で、何やら言い争いをしている人物達に気付く。男女の声。ーー近づいて声が判明した時には、女性がアリアだと解って。俺は駆け出していた。
「アリアっ」
「ラトル、さま?」
揉めているアリアが俺を見て驚いた顔を浮かべる。その隙に子爵家の門から敷地内に入った。門番は? と思ったのだが居ない者は仕方ないし、アリアはそこに居る。アリアと男の元に近付くと、顔だけは知っている男ーートマス・パテルスが此方を見た。
「おや。ゼフ男爵家の……なんだ、邪魔をする気か?」
「しますよ、パテルス子爵令息」
ニヤニヤしている男に、素っ気ない口調で答えれば、チッと舌打ちをされた。
「男爵家の者が偉そうに。俺は子爵家の人間だ! 俺に逆らうなよ!」
「それがなんだというのです。伯爵令嬢に婚約者でもない男が近寄る方が問題ですよ」
イライラしているのか「生意気な」 とか言われているが無視だ。多分、大ごとに出来ないのだろう、アリアを俺の背に隠して距離を取らせれば、睨むだけで終わっている。アリアは何故俺が此処に居るのか理解出来ていないようで、目をパチパチさせたまま。
ーー可愛いな、おい。こんな可愛い表情、俺に見せてくれるのか?
「アリア、さぁ帰ろう。侍女と護衛は?」
「あ、ええと、呼びに行ってもらって」
「そう。フォードネス家の馬車は?」
「そ、そろそろ来るか、と」
「じゃあ門の外で待とう」
アリアに手を差し伸べてアリアは自然にその手を取ってくれて。エスコートをして俺は門の外へ。そこへスッと寄って来る侍女と護衛は、アリア専属ではないけれど、フォードネス家で見かけた事が有った。
「フォードネス家の馬車を待つよりゼフ家の馬車でアリアを送っても?」
侍女に確認を取れば、頷いた。子爵家からさっさと遠ざかってゼフ家の馬車を待機させていた所へアリアを連れて行く。侍女が共に同乗し、護衛はフォードネス家の馬車と共に帰るそうだ。色々アリアに尋ねたい事。アリアも俺に聞きたい事が有るだろう。だが、先ずは侍女が先決だ。
「アリアがパテルス子爵令息と揉めていた。放置していたのは?」
「お嬢様が?」
眉も動かさないような顔だったが、アリアがそんな目に遭っていたと知って、さすがに表情を変えた。フォードネス伯爵に話をする、と俺の発言に侍女はただ頷く。それだけで、侍女と護衛がアリア専属ではない理由を何となく察したが、俺が口出しする事ではない。だから俺は話題を変えた。
「アリア」
「は、はい」
「好きだ」
「は」
「好きだ。改めて婚約を申し込む」
この告白について、後にアリアから「2人っきりの時に仰るとか、雰囲気が盛り上がった時とか、タイミングが有りますでしょう⁉︎」 と詰られたが、フォードネス伯爵に対峙するのに、アリアに先に言わないと対等じゃないから、と言えば、アリアはそれ以上何も言わなかった。
アリア視点
***
トマス様が何を目的として我がフォードネス家に接触しようと考えているのか、そう思いながら対峙した瞬間に声が掛かりました。
「ラトル、さま」
何故かラトル様がわたくしとトマス様の間に割り込んで、わたくしをその背に隠して下さいました。何故? もう、わたくしの事など……。そう思う反面、とても嬉しくて泣きそうになりました。それからなんだかあっという間にラトル様はわたくしをゼフ家の馬車に乗せて下さってました。いえ、何となく解っていますけれど、なんだか此処にラトル様がいらっしゃる事が夢みたいで。なんだか意識がフワフワしております。おまけに……
今、わたくし、ラトル様に「好き」 と仰って頂いたのでしょうか。
「わ、わたくしも、ラトル様が好き、です」
「そうか」
やっぱりなんだか夢みたい。
そう思ったものの、我に返れば、侍女が同乗した馬車の中って……! もう少し雰囲気とか有りません⁉︎ と、思ったのも事実です。でも、とにかくわたくしはラトル様と今度はきちんとした婚約を結べそうです。
オレインお父様が物凄く嫌だ、と眉間に皺を寄せつつ、ラトル様の話を聞いて下さり、嫌々婚約書類を作成して、後にゼフ男爵様と、婚約を改めて締結する事を約束して下さいました。わたくしは直ぐに喜んだのですが、ラトル様は冷めた表情で、嬉しくない……? と不安になったら。
「その婚約書類の提出を5年くらい先延ばしになさらないで、1ヶ月以内にお願いします」
と、ラトル様がお父様に仰いました。……もしやお父様、ラトル様の予測通りに先延ばしにしよう、とか、考えていらっしゃいました? お父様をチラリと見れば、わたくしから視線を逸らしました。あ。そういうことですか。
「お父様、わたくしからもお願い致しますわね。ラトル様は1ヶ月と仰いましたが、1週間以内でも構いませんことよ?」
更なるわたくしの釘刺しに、お父様は、渋々、本当に渋々頷かれて「1週間以内に提出する」 とお約束下さいました。つまり、ゼフ男爵様との婚約についての話し合いもそれまでに終わらせてゼフ男爵様の署名も頂く事になったわけです。わたくしは、ホッと安堵しました。
それはそれとして。
「お父様、今回の件ですが。話せる範囲でお聞かせくださいませ」
わたくしが頼めば、お父様は少し考えてから頷かれました。
「そもそもの話は、アリアがリリーの記憶を取り戻した事から始まる」
「わたくしの?」
「リリーの記憶では、トマス・パテルスは、変わらなかったのだろう? 自分のミスを認めない、と」
「はい。その責をケヴィンに良く押し付けておりましたわね」
「それだ。その従者について調べたが、彼は身体を壊していた」
「まぁ……」
いつか、倒れないといいな、と思っていましたが、現実でしたのね……。
「リリーが亡くなってから数年は頑張っていたようだが、トマス・パテルスは何処までいっても、ああいう男だったから、その従者は身体を壊したとか。今はその従者は平民の女性と結婚し、環境の良い職場で働く程に回復したようだ」
「良かったですわ」
気になっておりましたからね。
「それで、な。失敗は人に押し付けるならば、成功は? と考え。まぁ案の定成功を自分の手柄にしていた。そして調子に乗ってギャンブルにハマり。借金を積み重ねて瞬く間に膨れ上がった」
「まぁ……なんてこと」
さすがにそこまで落ちぶれているとは思ってもいませんでした。
「そしてとある貴族家から借金をしていてな」
もしや……とお茶会で耳にした高利貸しの伯爵家の家名を出せば、お父様は肯定も否定もしませんでした。否定しない時点でその家が関わっている、という事。そしてその高利貸しに借金をしたパテルス子爵家は、子爵……トマス様のお父様である小父様もどう返せば良いか分からない金額にまで昇った事で、あの伯爵家から弱みを握られた、とか。トマス様の自業自得ですわね。小父様が気の毒ですわ。
そこから小父様とトマス様はかの伯爵家から言われるがまま、かの伯爵家と他の貴族との仲介をしていた、と。ああ借金をする貴族が増えていったんですのね、それ……。それでも段々とパテルス子爵家を怪しむ声が出て来た事で、予てよりかの伯爵家の指示で、トマス様は3年くらい前から自分と別れた事で死んでしまったリリーの事を己の所為だ、と悲劇の婚約者よろしく嘆いて貴族達に話題を振り撒いて来た、と。……馬鹿らしいですわね。
最初こそ嘲笑の的だったのが、恋愛に夢見るわたくし達くらいの年齢の令嬢達が共感した事で、リリーとの大恋愛(そんなもの有りませんでしたけど)を語るパフォーマンスで令嬢方のお茶会を席巻し、ちょっとリリーに似てる、とでも言って適当な令嬢を相手に話をしている間に、トマス様の従者のフリをしたかの伯爵家の手の者が借金をする家を物色していた、と。その餌食に掛かった家がいくつか有る事まで、我がフォードネス家の調査で明らかになり。
かの伯爵家やパテルス子爵家が、フォードネス家の調査に気付いて、わたくしを誘き寄せてフォードネス家を黙らせようとしたのが、今回のお茶会の真相、だそうです。
ちなみに今回のお茶会の主催者である子爵家は、トマス様に仲介されてかの伯爵家に借金を申し込んで弱味を握られ。そしてわたくしを誘き寄せるためのお茶会を開くように指示された、と。
お父様はわたくしがリリーの生まれ変わりで、トマス様のリリーに対する扱いを聞いてかなりお怒りだったとかで。(そうだろうとは思ってましたが)かなりトマス様や小父様(つまりパテルス子爵ですわね)の事を調べていたそうで。まぁリリーが悲しむからとか何とか言って、結婚どころか婚約者もいないで、いつまでも親に心配をかける放蕩息子のトマス様の事はわたくしがリリーの生まれ変わりで無くても常々気に入らなかったようですが。まぁそれはお父様の価値観ですものね……。
そんなわけで、わたくしに来たお茶会の招待状から察するにトマス様が参加するだろう事は予測がついたそうで、お茶会への参加をわたくしに許可するついでに、わたくし付きの侍女と護衛から、お父様付きの調査担当の者を侍女と護衛として、潜り込ませたそうですわ。わたくしがお茶会に出ている間に子爵家とかの伯爵家との繋がりの証拠を2人は探して見つけたそうです。
これで裁判も楽だ、とか仰いましたけど、お父様、それ、不当な調査の証拠では有りませんの?
えっ? きちんと、国王陛下から調査に協力せよ、という書状を携えて、家人に見せたから問題無い? あら、そうですの。我がフォードネス家は“法の番人”で有るが故に、裁判官として有名ですが、国王陛下直々に調査の権限を与えられて不正の調査等も請け負ってますものね。でも、その権限を私的に使わないように、監視役も居るのですけど。(その監視役は誰なのか、当主であるお父様もご存知ないそうですけどね。まぁ誰なのか知っていたら監視役の意味が無いですものね)
結局、トマス様はわたくしを人質にしてフォードネス家を黙らせようとして、失敗した、という事ですのね。
「アリアに生まれ変わってからトマス様とお会いして、物凄く気持ち悪い人になっていた事に、嫌悪が凄かったのですが。話をしているうちに、あまりにも自分勝手にリリーとの思い出を語るもので、精神的に問題が有るのかしら、と同情しかかったのですが。結局、わたくしに近づいて来て、わたくしがアリア・フォードネスで有る事をきちんと理解していたのを知って、何やら企んでいるのだ、と理解した途端に、ちょっとでも同情しようとした自分をわたくしは、恥じましたわ」
溜め息と共にわたくしがトマス様との邂逅の感想を述べれば、隣に居てずっと黙って話を聞いていたラトル様が、お疲れ様、と労うように頭を軽く撫でて下さいました。
それにしても、お父様はラトル様がいらっしゃるのに、随分と深い話をして下さいました。
これって。
口ではブツブツ言いながらも、ラトル様を認めて下さった、という事ですわよね。
でもそれって。ラトル様をこき使う未来しか見えませんわ……。ごめんなさい、ラトル様。お父様からは逃れられません。心の中で謝りつつ、わたくしは改めてラトル様を見ました。
「どちらかが死ぬまで、末永くよろしくお願いしますわ、ラトル様」
「ああ。リリー嬢の分まで長生きするアリアを、リリー嬢の分を含めて幸せにする、つもりだ」
嬉しい言葉に、わたくしの目は涙で滲みます。
でも、ラトル様?
そこは、照れ隠しに“つもり”などと仰らずに、幸せにする、と断言して下さると嬉しいですわ。
何はともあれ。
急展開ですが、わたくし達らしい、新たな関係性が始まりました。
(了)
最後まで、お読み頂きまして、ありがとうございました。無事に完結致しました。
アリアが学院に入ってからの話も考えたのですが。それだとタイトル関係なくなってしまうので、学院入学前で終わらせました。
5月後半はコロナ前と同じく忙しくなりますので、執筆活動は不定期へと変わります。




