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14:元婚約者に迫られています

「ああ、リリー! やっぱり生まれ変わっていたのか! このトマスに会いたかったんだね!」


いえ、確かに生まれ変わりましたが、あなたに会いたいわけないでしょう! トマス様、何故わたくしがリリーだと分かってリリーだと信じられるのですか!

そこまで思ったわたくしは、ハッとしました。

いえ、混乱していたので、わたくしがリリーだと分かった事に驚きましたが、先程、あちらにいる男爵令嬢様が仰っていたでは有りませんか! この方は既に3人もの令嬢をリリーの生まれ変わりだ、と認定した、と。これは余興。余興なのです、落ち着きましょう、わたくし。


「トマス・パテルス子爵令息様、初めまして。わたくし、アリア・フォードネスと申します」


それに此処はお茶会の場。皆さまの視線。足元を掬われるような失態は犯せません。……既にやらかしている気がしますけれども。


「何を言っているんだ、リリー! 君はこのトマスの婚約者であるリリー・ララスだろう?」


この人、何を言っているんでしょうか。えっ、こんなに話が通じない人でしたっけ?


「ですから、わたくしは、アリアです! アリア・フォードネスですわ!」


こんな気持ち悪い思考をしているなんて、前世(リリー)だった頃は知りませんでしたわ!


「そんな事は言わなくていい。君がリリーなのは分かっている。リリー、君はこのトマスとの婚約が無くなった事でショックを受けて死んでしまったのだったね。君がそこまでこの私を好きだったなんて知らなかったよ! しかも、生まれ変わってもこの私に会いに来てくれるなんて!」


なんで、わたくしが転生してまでトマス・パテレスを好きだなんて思考になるんですか!


本当にきもちわるい男になってます。リリーの時は我儘で傲慢で人の話を聞かないおバカでしたけどっ! 生まれ変わったら気持ち悪さが加わるなんて思ってもみませんでしたわ!

いえ、落ち着きましょう。わたくしはリリーの生まれ変わりですが、この方はそれを知らないはずですし、過去にリリーの生まれ変わり認定されたご令嬢がおられます。とはいえ、婚約者でもない男性にこれだけグイグイ来られるのは遠慮したい、というのはわたくしがリリーではなくてもおかしくないので、それなりにあしらっても許されるはずです。


というわけで、何故か距離を縮めようとするこの方から距離を取りましょう。


「なんだ、リリー。拗ねているのか? 俺が直ぐに君を見つけられなかったからって、そう拗ねるな。君が俺を好きなのは知っているから。俺との婚約が無くなった事がショックだったから死んでしまったのだろう?」


えっ! まさか、本当にそう思い込んでいるんですか⁉︎ リリーが死んでから14年ですよ⁉︎ もう、あなた、28歳じゃないですか! 結婚して子どもが居たっておかしくない年齢なのに、未だ独身な事も、未だにリリーがトマスを好きだと思い込んでいる事も、本当に気持ち悪いです!

さっきからそんな事を言ってましたけれど、本当に本気で言っているなんて、思ってもみませんでした! うぅ。気持ち悪い人……。


ですが、此処はお茶会。これは余興。落ち着くのです、アリア・フォードネス。


「わたくしのどこがリリー様に似ていらっしゃいますの?」


これくらいの質問なら誰も変には思いませんわよね。チラリと周囲に目を向ければ、これは余興、と誰もが思っているようで、面白がっていますわね。このまま乗り切りましょう。それに、本当にわたくしがリリーの生まれ変わりだとバレてはさすがに厄介な気がしますわ。


「リリーと同じ仕草でお茶を飲んでいたからね!」


成る程。それはララス家からも度々指摘されましたね。


「まぁそうですの」


それにしても、リリーの時は、ご自分のことばかりだったから、てっきりリリーのお茶を飲む仕草など覚えていない、と思いましたが。それなりに長年の付き合いが有ったから覚えていらっしゃるのかしらね。


「そうさ、リリー。ああ、そういえば、君とデートした時に……」


トマス様が何やら話し出しましたが、わたくしは知らない事、と振る舞う必要が有りますから適当に相槌を打つ程度で構わないでしょう。周囲も今までに3人の令嬢が“リリー”と認定されている所為か、おそらくわたくしがどのような応対をするのか観ている節が有ります。


それにしても……。

トマス様のこの奇行の噂をわたくしが知らなかった事がおかしいですわね。半年もの間、何も知らなかった事が変ですわ。だってわたくし、お茶会には参加していましたのよ? 情報を遮断していたわけでは……あら?

違いますわね。招待されていたお茶会への参加を、今思えば制限されていましたわね。そう、こちらの子爵家を含むいくつかのお茶会に参加をしよう、とイアナお母様にお話をしましたら、その日の夜もしくは翌朝にはオレインお父様から参加を止められましたわね。理由は()()話せない、と仰られたので、お仕事関連だと思いまして黙って受け入れておりましたが……。


そうですわね、お断りしていたお茶会の主催者は全て、わたくし自身が()()()()の付き合いで構わない、と判断した家からのお誘いでしたわね。それなのに今回は参加許可が出ましたわ。

わたくしてっきりお仕事関連の要件が終わったから許可が出たと思いましたが、もしやトマス様がこの子爵家のお茶会に招かれている情報を仕入れたから、敢えて、ですの?

仮にそうであるなら、トマス様は何らかの法を犯した人間という事になりますわね。もしくはそれに連なる人間。そしてこの子爵家もそれに加担している、と見るべきかしら。それとも考え過ぎ? いいえ、違いますわね。思えば本日のお茶会に共に参った侍女は、わたくし付きではなく、普段はフォードネス家の家人全般に仕える侍女。護衛もわたくし付きの騎士では有りませんわね。フォードネス家の騎士なのは顔を見ていた方ですから、間違いないですが。


成る程? お父様の采配でしたから何の疑問も持ちませんでしたが、あの2人はお父様の手足になる存在というところでしょうか。

つまり、この子爵家とトマス様の繋がりを含め、キナ臭いというやつですわね。今頃侍女と騎士は邸内を探っているのでしょう。では、わたくしに求められているのはこの場の皆さまの視線を留めておくこと、でしょうか?

とはいえ、この方がこんなにも気持ち悪い人間になっているなんて思わなかったので、お父様には厳重に抗議しておきますわ。ほんとうに、きもちわるい。


「トマス様」


「なんだ? リリー」


「お伺いしたところ、確か、トマス様は他に好きな方がいらっしゃるとか?」


あら、この質問、今まで誰もしてこなかったのかしら? 興味津々ですわよ、皆さまの表情。


「ん? ああ、シフォンのことか? 彼女とはもう別れたぞ? リリーが心配する事はない」


「そうですの」


トマス様が意気揚々と別れた、と発言をした所、目つきが鋭くなったご令嬢がいらっしゃいました。シフォン様、を、ご存知なのかもしれませんわね。周りの皆さまはシフォン嬢とは誰だ? とか、もっと別の話を聞いてみたい、だとか囁いていますわね。ふむ。それでしたら……


「ところでトマス様」


「なんだ?」


「他に“リリー様”はいらっしゃいませんの? 例えば、わたくしはお茶を飲む仕草だったそうですが、容姿がそっくりな方とか、話し方がそっくりな方とか」


「うむ? そうか、そういえば、リリーはそんな高位貴族のような話し方はしなかったな。……さてはお前、偽者か!」


確かにリリー・ララスは男爵令嬢ですからね。しかもほぼ平民に近い。話し方は当然もっと砕けてますよね! ですが、偽者ってなんですか! あなたが勝手にリリー認定したのでしょ。まぁ本物(?)ですけどね!

もちろんそんな抗議などするわけがなく、曖昧に微笑めば。さらに「やはり、貴様は偽者だ! リリーはそんな生粋の貴族令嬢みたいな曖昧な笑みは浮かべん! もっと、明るい笑顔だった! 本物のリリーはどこだ!」


曖昧な笑みは確かにリリーの時は浮かべなかったですけどね! あなたに明るい笑顔を向けたっていつの頃の話でしょうね! アレですか、幼少期の頃ですか! それはもうあなた向けじゃなくても常に満面の笑みでしたよ!

とは思いつつも曖昧な笑みを浮かべたまま、何も答えないでいたら、トマス様は「俺のリリーはどこだ!」 と勝手に探し回りに行きました。ヤレヤレ。


「まぁ、“本日のリリー様”はフォードネス様だと思いましたのに……」


トマス様が居なくなった途端に主催者の子爵家の令嬢が何人かのご令嬢やご令息を連れていらっしゃいました。皆さま、うんうん、と頷いていますが、じゃあ皆さまが“本日のリリー”に選ばれれば宜しいのではなくて?

そう遠回しに嫌味を伝えれば、わたくしの意図に気付いたのか顔を真っ赤にさせていますが、知った事では有りません。さて、わたくしは先程のご令嬢に接触しましょうか。


「少々お話宜しくて?」


尋ねれば、彼女は少し考えて周りを見てから頷きます。そうですわね、周りはもうわたくしから別の“リリー様”を見つけに彷徨い出したトマス様に視線がいってますものね。まぁもしかしたら何人かはトマス様に注目しているようで、わたくしを注視していらっしゃるかもしれませんが、そこまでは知りませんわ。


「初めまして、わたくしフォードネス伯爵家のアリアと申しますわ」


名乗り上げますとお相手のご令嬢は、同じ伯爵位のご令嬢だと知りました。彼方は領地持ちの伯爵家でしたわ。


「初対面で伺うのは重々無礼だと理解しておりますが。失礼ながら、先程、トマス・パテルス子爵令息様がシフォン様なるご令嬢のお名前を出した時に反応なされておりましたわね? 何かございますの?」


周りに聞こえないよう、扇子で口元を隠しつつ少々耳元を借りて尋ねれば、彼女は肩を震わせました。あら。本当に何かございますのね。


「トマス・パテルス子爵令息様と年回りが近いシフォン、という令嬢は……もしかしたら叔母かもしれません」


「叔母様?」


「叔母はデビュタントで婚約者の居ない男性の方に声を掛けて相性の良い方と婚約したい、と積極的に動いていたそうですの」


「ええ」


「その中に、社交界の常識を知らない方がいらっしゃったようで……」


アレですか。花にリボンを付けていなかった……ですわね、絶対。


「まぁ、そのような方が! それが?」


トマス様ですの? と言外に尋ねれば、チラリとトマス様を見てコクリと頷きました。成る程。それはまさしくトマス様が仰っていたシフォン様、ですわね。


「それでシフォン様と仰る叔母様はどうされまして?」


「叔母は、直ぐに会話を止めて別の方にしたようですのに、お相手の方はご婚約者がおられる身で有りながら、俺が好きなのだろう、と叔母に付き纏ったようでして。叔母は結局精神的に不安定になってしまい、少し領地で静養しておりましたの。でも、その静養先で良い出会いに恵まれて、とある子爵家の次男様と結婚して、2人で領地内にて平民としてですが、幸せに暮らしてますわ。子も3人いますの」


「まぁ、それはようございました。叔母様は災難でしたけれど、幸福になられたのなら、良かったですわね」


「まことに」


「でも、一方あちらの方は……」


わたくしがチラリとトマス様を見遣れば、クスリと彼女も笑う。未だ独り身ですわね、というわたくしの心の声に気付かれたのでしょう。これで少しは彼女の心が軽くなれば良いですわ。取り敢えず、トマス様がリリー(わたくし)に婚約破棄を告げた時に名を出したシフォン様のその後が判明しました事は、良かったと思うべきですわね。幸せそうならば何よりですわ。


それにしても。

トマス様が、これだけ気持ち悪い人になっているのも驚きですが、あの、パテルス子爵がトマス様をこんなに放置しているのも不思議ですわね。パテルス子爵はハリーお父様と友人だけあって、気質はのんびりしていましたが、子爵位を守るために仕事に精は出されておりましたし、割とまともで、婚約破棄ではなく解消をするための話し合いには、トマス様の破棄宣言を謝って下さいましたのに。


これだけ彼方此方で話題を振り撒いている……いえ、リリーが死んで直ぐから別の婚約者も居なくて嘆いてばかりだったというトマス様を、放置しているのが不思議ですわ。多少なりと、トマス様がリリーに情が有ったとしても、リリーが死んだのは14歳。それから数年経てば、新たな方と縁組が有ってもおかしくなかったはず。トマス様がリリーを思って(それもこちらは鳥肌が立ちますが)その縁組を受け入れなかったとしても、トマス様にはそもそも弟がお2人もいらっしゃる。

結婚をしないなら跡目から外し、平民にしてお2人の弟のうちどちらかを跡目にするという判断になっておかしくないはずです。

それにも関わらず、トマス様は相変わらず独り身で、しかし跡目のまま。……いくら男性は結婚が遅くても世間体は大丈夫とはいえ、婚約者どころか恋人も居ないで28歳になられている……。貴族の男性でも遅過ぎますわ。何故、周りは何も言わないのかしら。こんなリリーとの真実の愛劇場みたいな茶番劇ばかり噂になっていて、トマス様自身の婚姻が遅い事や未だに跡目に居座ったままである事は、あまり噂されていないようですわ。


もちろん、リリーとの真実の愛的な話を全く知らなかったわたくしですけれど、わたくしがリリーの記憶を取り戻して3年。もう少しトマス様の異様さが噂になっていてもおかしくなかったと思いますのに、噂に……なってなかったですわね。

やはり、何か有るのでしょうね。

ですが、先程のご令嬢との会話を機にそれなりに挨拶をさせてもらいましたし、主催の子爵令嬢と夫人にも挨拶は致しました。またトマス様に“俺のリリー”などと言われたくないですし、とっとと帰りましょうか。侍女と護衛はどうしましょうかね。

帰る、と主催者側に挨拶をすれば、侍女と護衛の待機場所へ使用人が急ぐのが見えました。馬車は家に帰らせてますから帰りは辻馬車になるかしら。帰りの大体の時間に迎えを頼んでおきましたが、それより早いですものね。侍女と護衛が待機場所に居れば良し。居なければ、わたくしが探す名目で邸内に入れば向こうが気づくでしょう。侍女と護衛を待ちながら1人で居ましたら、フラリとトマス様が現れました。


えええ!

何故このタイミング⁉︎

その後から先程、ずっとトマス様に付き従ってた方がどなたかいらっしゃるかと思いましたが、誰も来ません。おかしいですね。


「リリー!」


「ですから、わたくしはリリー様では有りませんの!」


駆け寄って来たトマス様を警戒しながら返事をするわたくしに、トマス様はニヤリと笑いました。なんですの⁉︎


「そんな事は解ってるさ。別にリリーが生まれ変わったなんて思っちゃいない。それよりも、君の父上と是非お近づきになりたい、と思ってね」


トマス様の発言に、わたくしはトマス様が精神的に不安定になられたのかしら、と疑いましたが、そうではなくて目的が有ってこのような事をずっとしていたのだ、と理解しました。アリアとして護身術は習っておりますが、油断は禁物です。早く侍女と護衛が来てくれる事を祈りながら、わたくしはトマス様の真意を探るべく対峙致しました。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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