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1:婚約破棄を宣言されました。

「リリー・ララス。お前との婚約は破棄する!」


 わたくしは、領地を持たないララス男爵の娘・リリー。たった今、わたくしに婚約破棄を突き付けたのは、婚約者だったトマス・パテルス。此方も領地を持たないパテルス子爵の子息です。領地を持たない同士の互いの父親は王城の政務官として働いているので王都で暮していますので、当然子息子女のわたくし達も王都で暮しています。領地は無いものの爵位を貰っていますので屋敷も小さいですが構えています。


 代々王城の政務官を務める貴族のための爵位で有り、それ故に領地は不要なのです。領地が無い分、年に2回行われる査定で給金を上げて貰えるので、生活は充分です。


「おい、聞いているのか!」


 あ、いけません。あまりの事に現実逃避して考えていましたら、トマス様を怒らせてしまいました。トマス様、物凄く短気なのですよね。


「理由をお伺いしても?」


「そんなもの、お前が見た目は平凡。賢さも無ければ、俺を褒め称えて立てる事も出来ないぼんやりした性格だからだ。一緒に居て俺が輝けないからなっ! だが、俺にはシフォンと言う素晴らしい女性が現れた! 彼女は愛らしい顔立ちに、聡明で、常に俺を褒め称えて立ててくれる優しい女性! どっちが良いかなど言わずとも分かるだろう!」


 つまり、好きな方が出来た、と。シフォン様とやらがどちらの方なのか存じ上げませんが、まぁわたくし達の婚約は別に政略的なものではなく、お父様同士が友人だったから、じゃあ良いか。みたいな感覚で結ばれたものです。万が一、どちらかに好きな相手が出来たら簡単に婚約が解消出来る類のものです。


「かしこまりました。では、トマス様はパテルス子爵様にお話下さいませ。わたくしもお父様に申し上げますわ。わたくし達の婚約は、わたくしが成人前である以上、互いの父親同士で話し合って解消しなくてはなりませんから」


「それくらいはしてやろう。だが、俺のことが好きだからと泣き縋るなよ、みっともないから!」


 泣き縋る事は有りません。婚約者だから交流をして来ただけで、好きにはなっておりません。ですが、トマス様はどうにも、わたくしがトマス様を好きだと思い込んでいる節が前々から有ったのですよね。


 婚約者だから……と、上から目線で話す、プレゼントなど一度も無い(誕生日プレゼントすら有りませんわね)、わたくしの話を聞かない、デートの一つどころか婚約者としての交流も2回に1回は忘れる上に謝罪も無い、会うにも時間通りに来ないで毎回遅刻……こんな方のどこを好きになれ、と? 有り得ませんわ。でも、否定すると「俺が正しいのに逆らうのか!」 と怒りますから、わたくしは否定せずに「はい、分かりましたわ」 と答えました。


 それにしても、本日の交流会として我が屋敷を訪れたのもやっぱり遅刻しながらですのに、謝りもせずに婚約破棄宣言とは……。


 あまりこのような事を考えたく無いのですが、パテルス子爵家は、トマス様のことをどのように教育されて来たのでしょうね?

 まぁ我が家で起こったことなので、わたくしの侍女を務めているアネットと執事のロードがしっかりと見ておりましたし、わたくしに非が無い事は明らかですわね。トマス様付きの侍従のケヴィンも見ておりましたし。ああ、そうです。


「トマス様」


「なんだ」


わたくしに婚約破棄を突き付け、意気揚々とされているトマス様は、お茶で喉を潤してさっさと帰ろうと立ち上がったところです。それなのにわたくしが声を掛けましたので、トマス様が苛立ちました。


「トマス様が仰っていらしたシフォン様という女性の事をわたくしはご存知無いのですが、その方を好きになったから、とお父様にお話をしてもよろしいでしょうか?」


「シフォンのことか。構わん。俺も父上に話すからな。シフォンは、お前と同じ男爵家の令嬢だが、晴れた空のように明るい目とその空に浮かぶ雲のような白い髪の美しい人だ。婚約者を探している、と先日の社交界デビューの夜会で知り合い、様々な男と会話をしていたな」


それは構いませんが……。婚約者探しで様々な男性と会話をする事は許される風潮ですからね。わたくし達から100年以上前の世代は、婚約者が居なくても誰彼構わず男性に声をかけるなど、はしたない。と嘆かれるものでしたが。紹介を待っていたらいつまで経っても“良いお相手”は見つからないので、今は令嬢から積極的に声をかけても許されてます。


ですから、シフォン様が婚約者探しで様々な男性に声をかけたのは理解出来ます。

そこから察するに。

トマス様はシフォン様に声をかけられて有頂天になって好きになった、というだけでは?


「シフォン様と仰るお方と相思相愛なのですか?」


「そんなに俺のことが気になるか。いくら俺を好きでも俺の心はシフォンのものだぞ」


全然、トマス様の事は好きでは無いですが、否定するとわたくしが認めるまで「嘘だ」 とか「信じない」 とか、とにかく引かない方なので、わたくしはただ黙りました。わたくしにもトマス様の言い分を認めたくない事がありますから。そのような時は黙っておくのが一番です。


勝手にわたくしが認めた、と思いますからね。もちろん、トマス様の性格を良く知っている、彼の侍従のケヴィン。わたくしの侍女のアネットと執事のロードも、トマス様の言い分をわたくしが“声に出して”認めたか、“黙って”認めたか、きちんと理解しております。

尚、わたくしもトマス様も領地は無くとも貴族の端くれですから、わたくし達のお茶会での会話や態度は常にお父様方に報告されております。もちろん、わたくし自身もお父様には報告しております。


つまり、これまでのトマス様の婚約者としての交流である茶会の遅刻も、欠席も、態度や言葉も全てお父様には報告済みです。トマス様がご自身のお父様に報告されているのかどうかは知りませんが。トマス様の侍従のケヴィンがトマス様のお父様に報告をしているのかも知りませんが、少なくともお父様は今までの事は全てご存知です。


その上で、わたくしは3度、婚約解消をお願いして参りましたが、お父様は親友であるトマス様のお父様との関係が……と言葉を濁されてダメでした。しかし、今回は頷いて下さるわけです。だって、どちらかに好きな相手が出来たら婚約解消出来る、というお話でしたからね。

問題は、トマス様有責の“婚約破棄”なのか、互いに納得した上での“婚約解消”なのかですが。


どうせお父様の事です。トマス様のお父様との友情大事さに婚約解消へ話を持っていく事でしょう。慰謝料も……貰えるとは思わない方がいいか、貰えて少額でしょうね。まぁ慰謝料はどちらでもいいです。やっと婚約が無くなる事が一番ですから。


それに今なら、わたくしもまだまだ大丈夫です。何しろ、わたくしはまだ成人していないから。この国の成人は16歳。その年に貴族は社交界デビューを果たして、成人と認められるわけです。平民は一日中家族や親戚や友人達からお祝いされるのですけど。

そしてわたくしは現在14歳。成人である社交界デビューまで後、2年。トマス様はわたくしの2歳上ですので、今年成人されたわけですね。婚約者が居る者は婚約者と共に社交界を渡り歩くわけですが、婚約者が未成人である場合は、当然、1人です。トマス様はお一人で社交界デビューされて、婚約者が居ないからシフォン様という女性に声をかけられて、一目惚れをしたのかもしれませんね。


でも、社交界デビューの時に、男女共にデビューする者は衣装が白ではあるものの、デビュー時に必ず男女共に白薔薇を胸に差します。生花ではなく造花ですが。その1本の白薔薇にリボンを付けていれば、婚約者が居る証なのですが……。リボンの色は決まっていませんが、リボンが付いてない方は婚約者が居ないので、婚約者探しをする男女はそのリボンの有無を確認して、声をかけるはずです。


もしや、トマス様はリボンを付けていなかったのでしょうか?

或いは、シフォン様という女性がリボンの意味を知らず、リボンを付けているトマス様に声をかけたか、どちらかです。


「……い、おい、おいっ!」


あら、いけません。どうやら考え込んでいてトマス様の存在を忘れていたようです。おいっと怒鳴られてしまいました。


「あ、すみません、トマス様」


「なんだ、俺がシフォンを好きになったからって嫉妬なぞするんじゃない! お前はもう俺の婚約者では無いんだ! 見苦しいぞ!」


別に嫉妬もしていませんが、それは言わない方がいいでしょう。


「分かりました。最後にもう一つ。トマス様は社交界デビューの時に、白薔薇にリボンは付けられましたの?」


「なんだ、それは。……ああ、そういえば、ケヴィンがやたらと造花の薔薇にリボンを付けろとか言っていたが、そんな女々しい事が出来るか! と付けなかったな」


成る程。つまり、トマス様は社交界デビューの常識を知らなかったわけですね。そして、シフォン様はリボンが付いてないトマス様にお声をかけたのでしょう。その後はどうしたのか解りませんが、何にせよ、わたくしという婚約者を居ない事にしたのですから、トマス様はわたくしをその程度の存在だと思っていらっしゃるわけですね。


社交界デビューの常識を知らないのも、社交をどうでもいいと思っている事の表れ。貴族としての義務や常識も何も考えておられないのでしょう。領地が無いからといって、貴族の義務を果たさなくていいわけでは無いのですけれど。


まぁとにかく。


「婚約の件は了承しました。お父様とトマス様のお父様とで話し合って頂き、婚約解消の手続きが成立すれば、トマス様との婚約は無くなります。これが最後ですね。今までありがとうございました」


ちっとも婚約者らしい事をしてもらわなかったですが、お礼を言っておけば、文句も言われないでしょう。


それにたとえトマス様の有責による“婚約破棄”だとしても、婚約破棄だとそれをされてしまうだけの悪い所がわたくしに有る、という話になりかねません。それならば、傷の浅い婚約解消の方がいいです。尤も、わたくしに悪い所が有ったとしても、領地も無い男爵の令嬢ですから、噂になっても直ぐに消えるでしょうし、未成人ですから、わたくしがデビューする頃には、噂も忘れ去られている事でしょう。


お父様が目立つ地位ではない事だけが救いでしたわね。


トマス様とケヴィンが帰っていくのをこの場で見送り、わたくしはアネットとロードと共に、この茶会の後片付けをしてからお父様の元に向かいました。本日は、お仕事がお休みでしたからね。アネットもロードも平民ですが、わたくしも爵位を持っただけのお父様の娘ですから、あまり令嬢らしさは無いので、平民と貴族の垣根とか考えずにアネットやロードと親しく話もしますし、茶会に関わらず、様々な事の準備も後片付けもします。やってみると楽しいので、婚約者探しをしながら、どこかの家にメイドとして働きに出るのも有りかもしれません。


何しろ、わたくしは跡取りではないですからね。跡を継ぐものが無いですもの。


お父様の政務官としての仕事の跡取りは、弟のラークが務めますし、そうしたらわたくしは嫁にいかないと、ただの邪魔者ですものね。……ああ、だからお父様は婚約解消に頷かなかったのかしら。


でも、嫁にいかないなら平民になるしか道の無いわたくしですが、平民でも良いと思うんですよね。準備や後片付けをしていて、楽しいと思えるわけですから、働くのは苦ではないみたいですもの。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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