case03 / patternD ある放課後の教室の一幕
「俺、彩佳に告白するつもりだから」
始まりはその一言だったのだと思う。
僕と彩ちゃんの共通の幼馴染である彼から、唐突に告げられた一言に、僕は面食らってしまった。
「ど、どういうこと?」
聞き返す声が震える。だって、彼は僕と彩ちゃんの幼馴染で、僕が彩ちゃんの事を好きだって知ってると思っていたから。
そんな彼が、彩ちゃんに告白するなんて思ってもみなかった。
「言葉そのままの意味だよ。今まで散々お前には言って来たよな? 彩佳の事が好きならちゃんと告白しろ。彩佳と釣り合う自信が無いなら釣り合うようになるように努力しろって」
確かに、彩ちゃんとの事を相談する度に、彼には繰り返しそう言われて来た。
結果として未だに僕は何も変わる事の出来ないままなのだけれど……。
今日も放課後の教室で、その事で相談に乗って貰っている時に、彼の口から決定的な言葉が発せられた……。
「一週間だ」
彼が人差し指を立てて僕に示す。
「一週間だけ待つ。その間に、お前が彩佳に告白して付き合うようになるならそれでいい。そうでないのなら、俺は一週間後に彩佳に告白する」
それだけ言うと、彼は踵を返し、教室から出て行ってしまう。
「そんな……」
それだけ呟くのがやっとだった僕の心は、絶望感でいっぱいだった。
それから一週間、結局僕から彩ちゃんに告白をする事は出来なかった。
だけど、一週間経っても彼からも彩ちゃんからも何も言って来ず、少々拍子抜けしていた。
彩ちゃんはきっと僕の事が好きだから、最初から心配する事なんて無かったんだ。
彼だって彼は僕が彩ちゃんを好きな事は知っているし、きっと発破をかけるような意味で言ったんだと思う。
それに、僕には僕のやり方というか、とにかく、そんなに急ぐ必要なんてない。僕と彩ちゃんは幼稚園の頃から結婚の約束をしているんだし、いつかは恋人同士になって、その先は……。、
そう思って安心していたあの日。
いつものように教室まで僕を迎えに来た彩ちゃんの姿を見て、鞄に手を伸ばす。
僕の席まで歩いて来て、いつものように『一緒に帰ろう』と言ってくれると思っていた彼女の口から紡がれたのは、信じられない一言だった。
「ごめんね。これからは、か、彼氏と一緒に帰るから、勇君とは一緒に帰れないの」
はにかんだ様な笑顔の彼女の姿が、何か別の生き物のように見える。
さっきまで大切な幼馴染で僕の大好きだった少女が、得体の知れない何かに見えた。
彼女が何を言っているのか理解出来ない。
『彼氏』? それって僕の事じゃ無いの? 彩ちゃんは僕の事を好きな筈じゃなかったの?
何も言う事が出来ずに立ち尽くす僕に背向け、彼女は教室から出て行く。
何故かその背中は滲んで見えたけど、振り返り際に見せた彼女の笑顔だけは、やけにはっきりと見えた気がした。
§
それから先の事はよく覚えていない。
気が付いたら自宅のベッドの上に居て、誰かが部屋のドアをノックしている音が聞こえた。
「お兄ちゃん? 入るよ?」
そう声をかけながら入ってきたのは、一つ年下の妹の心愛
去年、父さんが再婚して出来た義理の妹で、僕とは違う学校に通っているけれど、スポーツ万能で成績優秀。
先生やクラスメイトからの信頼も厚く、今は生徒会の副会長を務めているけれど、来年には生徒会長間違いなしと言われている優秀な生徒らしい。
長く伸ばした黒髪を頭の左右で纏めてツインテールにしていて、学校でも一番の美少女と呼び声高く、靴箱には毎日のようにラブレターが入れられ、告白される事も日常茶飯事らしい。
ただ、彼女自身にその気は無いらしく、全てお断りしているとの事。
理由を尋ねてみた事はあるけれど、
「私、好きな人が居るから」
と、それだけ言うと、顔を真っ赤にして俯いてしまい、何処の誰なのか、なんて事は教えてくれなかった。
そんな義妹だけど、初めて会った時から僕に懐いてくれていて、両親が海外出張で留守にしている今では、家事の全てを引き受けてくれているのだ。
流石に友達と遊んだりする時間も必要だろうと家事の分担を申し出た事もあるのだが、その度に
「私が好きでやってる事だからいいのっ」
と、その一言でやんわりと断られてしまい、今に至る。
その妹が、僕の部屋へ恐る恐ると言った風に入ってくると、僕の顔を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん? 酷い顔だけど大丈夫? 何かあったの?」
その表情は酷く不安気で、どうやら僕はそれ程に酷い顔をしているらしい。
「あ、ああ……うん。大丈夫、何でも無いよ」
そう取り繕って無理矢理笑顔を作って見せるが、義妹には通用しなかったらしく。
ベッド脇まで歩いてきたと思ったら、ふわりとその腕の中に抱きしめられていた。
「無理しなくていいよお兄ちゃん。私はお兄ちゃんの味方だから、辛い事が有ったら何でも言ってね」
高校一年生らしからぬ豊かなその胸の柔らかな感触と、耳元でささやかれる優しい言葉、甘い声。
それは、空虚になっていた僕の心を温かく満たしてくれるような気がして、僕は年上だというのに、溢れて来る涙を拭う事も出来ずに、ただ、義妹の胸に顔を埋めていた。
「ごめんね心愛、もう大丈夫だから」
幾許かの時間が過ぎ、心も落ち着いた僕が顔を上げると、心愛は少しだけはにかんだ様な顔をしていた。
「ううん。お兄ちゃんになら、私の胸で良かったら何時でも貸すから遠慮しないで」
そう言った後に悪戯っぽい笑顔を浮かべると、ぐっと顔を近づけて来て囁く。
「お兄ちゃんがしたいなら、添い寝もしてあげちゃうよ?」
その言葉と、改めて感じる女の子特有の甘い香りに、僕はどぎまぎしつつ、
「だ、大丈夫だよ! こ、子供じゃないんだから!」
そう返すのが精一杯だった。
「な~んだ。残念」
そう言って笑いながら僕から離れた心愛が、何かに気付いたかのような表情をする。
「そうだ、晩御飯の準備が出来たってお兄ちゃんを呼びに来たんだった」
そう言って小さく舌を出す。
そのあざとさに苦笑しつつ、僕は心愛と連れ立ってリビングへと移動する。
心愛の作ってくれた夕食の並ぶテーブルからは、今日も美味しそうな匂いが立ち昇っていた。
すっかり冷めてしまっていた夕食を心愛が温め直してくれて、僕達は向かい合って夕食をとる。
心愛は終始笑顔でいつもより明るく振舞っているようだったが、時折何か聞きたそうな目で僕を見る。
きっと僕に気を遣って、自分から話してくれるのを待っているのだろうが、やはり気になって仕方がないのだろう。
そうして、夕食の後に心愛が煎れてくれたお茶を飲みながら、僕は今日の出来事を心愛に語った。
僕の事を裏切った彩ちゃんの事、僕から彩ちゃんを奪った彼の事。
最初は静かに聞いていた心愛だったが、次第にその目が吊り上がって行き、話を終えた頃には顔を真っ赤にしていた。
「何それ! お兄ちゃんが彩ちゃんのこと好きな事知ってたくせに手を出すなんて、その人サイテーだよ!」
憤懣やるかたないといった体で声を張り上げる心愛。
机を叩きながら、その言葉は止まらない。
「彩ちゃんも彩ちゃんだよ! そんなサイテー男に引っ掛かってお兄ちゃんを裏切るなんて!」
その剣幕に、当事者である筈の僕の方が気圧されてしまう。
「こ、心愛、落ち着いて……。それと、ち、近いから!」
テーブルに身を乗り出して僕に詰め寄る心愛を宥めようとするが、いつもより近い距離に、先程の感触と匂いが思い出されてしまい、思わず目を逸らしてしまう。
「むぅ~」
そんな僕の反応に不満気な声を漏らすが、とりあえずは椅子に座り直してくれる。
そのまま何事か考えている風だったが、ふと何かを思い付いたようでとても良い笑顔を向けて来た。
「ねぇお兄ちゃん。明日私と一緒に出掛けようよ!」
「明日?」
明日は休日で出掛ける予定も無い。
今まででは彩ちゃんが来るので、その相手をするくらいしか予定と言えるようなものは無かったが、もう彼女が家を訪れる事は無いのだろう。
「うん! どうせお兄ちゃんの事だから、明日も一日予定も無く家に閉じこもってるつもりだったんでしょ? だったら、私と一緒にお出掛けして欲しいなって」
そう言って僕の顔を覗き込んでくる。
「駄目、かな?」
改めての話になるが、心愛は美少女だ。
二重瞼のパッチリとした目に長い睫毛。
ぷっくりとした唇に歩細い顎。
鼻筋の通った顔。
新雪もかくやと言う程に白い肌。
髪色は明るく、下ろせば背中の中程に届こうかというそれを、ツインテールに纏めている。
そんな美少女が、俺を上目遣いで僕を見詰めてのお願いである。断われる筈もないではないか。
「わ、わかったよ」
僕のその言葉に、一瞬にして心愛の表情が花が咲いたかのように綻ぶ。
「ホント? やったぁっ! もうキャンセルはききませんからね~」
そう言って飛び上がらんばかりに喜ぶと、鼻歌交じりに洗い物を始める心愛。
その鼻歌を背中で聞きながら、僕はスマホでゲームアプリを起動するのだった。
§
「……なんで心愛が僕のベッドにいるの?」
お風呂から上がって、さて寝ようかと自室に入ってみれば、ベッドの布団が不自然に盛り上がっているのが見えた。
何事かと布団を捲って見れば、そこにはパステルカラーのパジャマに身を包み、いつもはツインテールにしている髪を下ろして、少し大人っぽく見える心愛が僕の枕を抱きしめていた。
あまりの情報量の多さにその光景を現実として把握出来ず、漸く僕の口から出たのはそんな言葉だった。
「久しぶりに一緒に寝ようと思って、駄目、かな?」
最早卑怯とも言うべきその上目遣いに、抵抗する術の無い僕は溜息を一つ吐いて心を落ち着けベッドへ歩み寄る。
心愛の体温で温まっていた布団に入り天井を眺めていると、右腕に柔らかな感触を覚える。
視線を向ければ、心愛が僕の右腕にしがみ付くようにくっついていた。
「こ、心愛!?」
いつも以上に距離の近い義妹の行動に驚いて思わず声が裏返る。
そんな僕を見て楽しそうに笑いながら、心愛は猶更体を密着させてきた。
「えへへ~」
僕の腕にしがみ付いた心愛が楽しそうに声を漏らす。
「私ね、一人っ子だったから、こうやってお兄ちゃんと一緒の布団で寝るのに、小さい頃から憧れてたんだぁ」
「そっか……」
そう言って僕の腕に頬擦りする心愛の頭を撫でてやれば、心愛は擽ったそうな顔をして目を細める。
「さ、もう電気消すよ?」
言いながら、空いている手で照明のリモコンを引き寄せる。
「え~。折角一緒の布団に居るんだもん、もっとお話しようよ~」
心愛が可愛く口を尖らす。
「明日は朝からお出掛けだろ? なら早く休まないと明日の時間が無くなっちゃうよ? これからはいつでも一緒に寝てあげるから」
「ホント? 今更嘘でしたなんて言っても駄目だからね!?」
僕の言葉に、今度は目を輝かせる心愛。本当にウチの妹は可愛いなぁ。
「ホントだよ。今まで僕が心愛に嘘を言った事なんてないだろ?」
「そう、だね。……うん!」
さっきまで口をとがらせていたくせに、僕の言葉一つでころころと変わる表情になんだか心が安らぐ。
電気を消して、僕にしがみ付いたままの心愛に布団をかけ直す。
お風呂上がりの石鹸やシャンプーの香りに混ざる女の子特有の甘い匂い。そして触れ合う心愛の体の柔らかさにどきどきしながら、それ以上の安心感に包まれて、僕の意識は急速に眠りの中に落ちて行った。
「もう、遠慮しなくて良いんだよね、お兄ちゃん」
意識が完全に落ちる間際、心愛が何かつぶやいた様な気がしたが、その言葉が僕の耳に届く前に、僕は眠りの中へ旅立っていた。
§
「これで大丈夫かな?」
鏡の前で髪を整え、隣に立つ心愛に尋ねる。
「うんっ! バッチリだよお兄ちゃん!」
心愛と一緒に出掛けたあの日、いつもよりおめかしをしている心愛にまず連れていかれたのは、彼女がいつも利用しているという美容室だった。
「心愛さんからいつも聞いていましたよ。素材は良いのに身嗜みに無頓着で損をしているお兄さんが居るって」
心の準備も無いままに、シャンプーを終えた僕の髪を梳く美容師さんにそんな事を言われた。
「それで、今日はどうしますか?」
そんな事を言われても、美容室なんて初めて来た僕には何をどうすれば良いかなんてわからない。どうしたものかと言葉に詰まっていると、
「前髪は少しだけ長めに残す感じで、全体的にバッサリ刈り込んでもらって、清潔感が出るような感じでお願いします」
そう言って心愛が後ろから助け舟を出してくれた。
「わかりました」
美容師さんは短く返事をすると、真剣な顔で僕の髪を鋏で切り落としていく。
目にかかっていた前髪をバッサリと切り落とされた時、なんだか世界が明るく、広くなったような気がした。
美容師さんの手によってあれよあれよ言う間に髪が切り揃えられ、散髪後のシャンプーとブロー、仕上げに整髪料を使って髪を整えられると、鏡の中には別人と見紛う程に変身した自分の姿が有った。
「成程、これは心愛さんが言うのも納得ですね」
後ろから鏡越しに僕を眺めた美容師さんが呟く。
「でしょでしょ? これがうちのお兄ちゃんの真のスペックなんだ~」
待合席で雑誌を眺めていた心愛が、美容師さんの言葉に自慢げに胸を張る。
「ええ、流石心愛さんのお兄さんですね。ここまで化けるとは正直驚きです」
二人の女性からの慣れない賛辞に戸惑いながら、愛想笑いを浮かべるしか出来なかった僕は、その後も心愛に連れられてメガネ屋さんでコンタクトレンズを購入し、服屋さんを梯子する事になる。
荷物を抱えて入ったお洒落なカフェで心愛とランチセットを食べている時に、
「ねぇお兄ちゃん。さっきから色んな女の人がお兄ちゃんの事見てるの気が付いた?」
そんな事を言われる。
場違いな陰キャが紛れ込んで来た。とでも思われているのかと慌てて周りを見渡す僕を、心愛は可笑しそうに見ていた。
「きっとね、お兄ちゃんが格好良いから皆気になってるんだよ」
カフェを出て歩きながら、僕の隣で嬉しそうに微笑みながら、少し自慢げに心愛が言った。
「まさか、そんな事無いだろ?」
心愛の言葉を否定するも、心愛はそれに答える事無く僕の腕に自分の腕を絡ませてくる。
高校生らしからぬ柔らかいものが僕の腕に押し付けられる。
「でもざ~んねん。お兄ちゃんは私とデート中なのでした~」
「デ、デートって……」
そう言って尚も強くしがみ付いてくる心愛に、先程よりも強く押し付けられるそれを意識してしまう。
「仲の良い男女が一緒に出掛けたら、それはもうデートと言って良いんだよ。それともお兄ちゃん、私とデートするのは嫌? 迷惑だった?」
腕にしがみ付いたまま、上目遣いで訊ねて来る心愛はやっぱりとびっきりの美少女で、
「そ、そんな事無いよ! 心愛みたいな可愛い女の子とデート出来るなんて、こんな嬉しいことは無いよ!」
慌ててそう返す。
「ホント!? やったぁ~!」
そう言って喜ぶ心愛に腕を抱かれたまま、僕達は家路に着いたのだった。
そんな休日を過ごしてから、僕はイメチェンしてから初めての学校に向かう。
制服があるので、流石に服屋さん(心愛が言うには『ショップ』と言うらしい)で買った服は着られないけれど、せめて髪型だけは整えようと鏡の前で慣れないコンタクトレンズに四苦八苦し、整髪料との悪戦苦闘を終え、漸く心愛のお墨付きを頂いた所だ。
「楽しみだねお兄ちゃん。きっと皆びっくりするよ~?」
「そんな……心愛は大袈裟だよ」
僕の手を引きながら楽しそうに笑う心愛の声に、僕は苦笑いを浮かべる。
心愛の評価は嬉しいけれど、その時の僕はまだ半信半疑、いや二信八疑といった認識だった。
§
「ねぇ、あの男の子ちょー格好良くない?」
「ホントだ! モデルでもやってるのかな」
そんな声が聞こえたのは、心愛と一緒に電車に乗った時の事だった。
そんな格好良い男子が乗り合わせたのかと視線を巡らすが、特に見当たる事も無く、尚も視線を巡らせていると、その声をあげたと思しき女子高生と目が合った。
と、その女子高生は慌てたように目を逸らしてしまう。
露骨に目を逸らされた事になんだか申し訳ない気分になり、俯いてしまった僕の耳に、心愛が笑いながら口を寄せ小声で囁く。
「あれ、お兄ちゃんの事だよ」
まさかと思って顔を上げて心愛の顔を見ていると、
「どうしよう目が合っちゃった!」
「それってチャンスじゃない? もしかしたら声をかけてくれるかも。なんなら、貴女から声をかければお近づきになれるかもよ?」
「え~、だってあんなに可愛い彼女が居るんだよ? 私なんかじゃ無理だよ~」
そんな彼女達の声が聞こえて来た。
「んふふ~」
その声に上機嫌になった心愛が、電車の中だというのに腕を絡めて来る。
「こ、心愛?」
「『可愛い彼女』だって。なら、それっぽい事もしないとね」
そう言って片目を瞑って見せる心愛に何も言えず、さりとて腕を振りほどく訳にもいかず、なすがままにされている僕の耳に、
「くそっ、イケメンだからってあんな可愛い彼女侍らせやがって」
「あぁ、だけどあれだけイケメンなら納得するしかないよな……」
そんな、どこかの男子の声が聞こえてくるのだった。
§
電車を降りてから心愛と別れ、一人で学校への道を歩いている途中も、道行く女子高生から視線を注がれている様な気がしていた。
若干居心地の悪さを感じていたけれど、校門をくぐり生徒の密度が上がればその視線の密度もさらに上がったような気がする。
「え、あんなイケメンウチの学校に居たっけ」
「すごいイケメン! わ、私ちょっと声をかけてみようかな」
「やめときなよ~。あんなイケメンだもの、アンタなんて相手にもされないよ」
そんな声を聴きながら教室に辿り着いた僕は、 少し緊張しながら教室の扉を開ける。
「お、おはよう……」
僕の声に振り返ったクラスメイト達の視線が集まり、一瞬クラスが静寂に包まれる。
「え、あんなイケメンこのクラスに居たっけ?」
「誰だよあのイケメン」
クラスメイトが小声で話をしているのを聞きながら、いつもの席に座る。
「お、お前九重か?」
僕の前に座っていたクラスメイトが恐る々々と言った体で話しかけてくる。
「う、うん……」
そう返事した瞬間、クラスが歓声に包まれた。
「うそ! 九重君てあんなイケメンだったの!?」
「マジか、あんなイケメンなのを隠してたってのかよ!」
「一緒に写真撮ったらちょ~バエそうなんですけど~」
クラスメイトが口々に騒ぎ立てる中、一人の女子が僕に近付いてきた。
「ゆーきくん、だよね? 急にどうしたの? あんまりイケメンになっちゃってるから、『みんと』ビックリしちゃった~」
そう声をかけて来たのは、桜色の髪の毛をポニーテールに纏め、くりくりとした目、心愛に匹敵する胸でありながら、細い腰と足、スーパーモデルのような外見。、学年一の美少女と言われ、クラスでもカーストトップに君臨している『猜ヶ宇都 美音』さん。
「う、うん。ちょっとイメチェンしてみようかと思って……」
「そうなんだ~。うんうん。その方がずっと良いと思うよ~」
僕の返事に間髪入れず言葉を返してくる美音さん。覗き込んでくる顔の距離が近くて、思わずのけぞってしまう。
「そうだ、今日の放課後に、一緒にカラオケいかない? ゆーきくんが来てくれたら、皆喜ぶと思うなぁ~」
そう言って美音さんが振り返ると、その視線の先では彼女の率いる陽キャグループの女子たちが、顔を赤らめながら手を振っていた。
「ほらほら、手を振り返してあげなよ~」
「えっ? ぼ、僕が?」
「そうだよ? 他に誰が居るのかな」
驚いて動きの止まってしまった僕の手を美音さんが取って彼女達に向かって振って見せると、彼女達は顔を真っ赤にして頷いてしまった。
一緒に居た男子が悔しそうな顔をしていたけれど、いきなり女の子に手を掴まれてびっくりしてしまった僕に、そちらを気にしている余裕はなかった。
「と、いうわけで~。ID交換しよ?」
一頻り僕の腕を振っていた美音さんが、自分のスマホを取り出しながらそんな提案をしてくる?
「あ、ID?」
「うん。直ぐに連絡したいときとか、ゆーき君ともっとお話したいなって」
言いながら見せて来た彼女のスマホの画面には、有名なチャットツールが表示されていた。
慌てて僕もスマホを取り出しアプリを起動してIDを交換する。僕の画面に美音さんの可愛らしいアイコンが表示されたのを確認すると、
「ありがと、なるべく迷惑にならないようにするから、お返事くれると嬉しいな」
そう言ってスマホを胸に抱きながら、自分の席へ戻って行った。
朝一からの怒涛の展開に頭が付いていかなった僕だけれど、それだけでは終わらなかった。
「九重勇気君はいらっしゃいますの?」
鈴の鳴るようなきれいな声と同時に開かれた教室のドアから入ってきたのは、恐らくこの学校で一番有名であろう人だった。
「おい! あれって『女神様』じゃないか?」
「朝一から女神様の顔が見られるなんて今日はラッキーだわ!」
「お、おい! 女神様が九重に何の用だ?」
そんな男子の羨望の目と声を意に介した風も無く、僕の席までまっすぐ歩いてきたのは、この学校の生徒会長でもある『四十九院真愛』さんだった。
陽の光に輝く、腰まである綺麗な銀髪を軽くかき上げると、真愛さんは僕に向かって微笑む。
「突然の事でごめんなさいね。貴方にお願いが有って参りましたの」
「は、はいっ!」
真愛さんの言葉に、思わず立ち上がって"気を付け"してしまう。
そんな僕を見て、人差し指を口に当ててクスクス笑いながら真愛さんは言葉を続ける。
「少し貴方とお話したい事が有りますの。急なお話で申し訳ないのですが、今日のお昼休みに生徒会室まで来て頂けますか? あぁ、お昼は生徒会室で御一緒しましょう。よろしいかしら?」
「へ?」
生徒会長が僕に話? お昼を御一緒に?
頭の処理が追い付かなくて立ち尽くしている僕に軽く微笑みかけると、会長は踵を返して教室から出て行く。
その後ろ姿を呆然と見送りながら、綺麗な人は後姿まで綺麗なんだ。そんな事を考えていた。
「お、おい! お前女神様と何時の間に仲良くなったんだよ!?」
「くそっ、お前位イケメンになれば俺だって女神様と食事を!」
「な、なぁ? 女神様と仲が良いんだったら、俺の事も紹介してくれよ!」
僕を取り囲んだクラスメイト達(主に男子)の声で我に返る。
「い、いや……。僕にもなんでこんなことになったのかさっぱり……」
とは言え、詰め寄るクラスメイトに気圧されながら、そう返すのが精一杯で、その後の授業なんてまるで頭に入って来なかった。
§
「貴方が勇気君?」
昼休みに入るとほぼ同時に声をかけられてそちらを見ると、またもや学園の有名人がそこには立っていた。
「おい、あれって『三美姫』の四十八願さんじゃないか?」
「四十八願さんが迎えに来たって事は、さっき言ってた『お昼を一緒に』って、まさか女神様だけじゃなくて三美姫も一緒って事か!?」
「くそっ! なんで九重ばかりモテるんだよ」
クラスメイトが好き勝手言う声が聞こえる中、四十八願さんと目を合せる。
一件幼女と見紛う程の体型、明るい栗色のふわふわとした巻き毛、少し眠そうな表情をしているが、見た方は目も覚めるような美少女だ。
「えっと、四十八願さんとは初対面だと思うんですけど……なんで僕が九重だとわかったんです?」
素朴な疑問を口にしてみる。
「ん、まりあが『このクラスで一番のイケメンを連れて来い』って言った。だから貴方の事だと思った」
「そ、そうですか……」
その言葉に戸惑っている僕の手を、四十八願さんさんがそっと取る。
「早く行こう。お腹空いた」
そう言うと、四十八願さんさんは僕の手を取ったまま歩き出す。
「ちょ、ちょっと。僕まだお昼を買ってないです!」
「ん、心配ない。貴方の分も準備してある」
「じゅ、準備って?」
「準備は準備。貴方は黙って一緒に来てくれれば良い」
僕の戸惑いなどお構いなしの四十八願さんさん。仕方なく彼女に連行されて行く僕の姿を、何故か悔しそうな顔をした猜ヶ宇都さんが見詰めていた。
「ようこそおいでくださいましたわ」
満面の笑みで僕を迎え入れたのは、この学校の生徒会長であり、某財閥のトップで世界的中に影響力を持つと言われる四十九院の一人娘であり、この学校の生徒からは『女神』とも呼ばれている四十九院真愛さん。
「貴方が噂の九重君ですか。成程、会長が興味を持つのも無理は有りませんね」
そう言って僕を興味深そうに眺めているのは、女子バレーー部のキャプテンにして運動系の部活に多大な影響力を持つ生徒会副会長。その美しい黒髪をショートボブに切り揃え、切れ長の涼し気な目、鼻筋の通った顔、スレンダーな体型から、女生徒からは『王子様』、男子生徒からは『氷姫』や『白雪姫』とも呼ばれている『八月朔日 姫輝 』さん。
噂によると、某医療メーカー社長令嬢らしい。
「まりあちゃんが男の子を誘ったって言うから、皆楽しみにしてたんだよね~」
冷蔵庫から麦茶を出しながらそう笑っているのは、世界的な大女優を母親に持ち、ダークブラウンの髪を緩い三つ編みに纏め、少し垂れ目がちな大きな黒目、目元の泣き黒子、特筆すべきは生徒会長よりも大きいであろうその胸。生徒会会計にして、文科系の部活全てがその言葉に従うと言われる茶道部部長、その包容力溢れる見た目から『聖母』とも呼ばれている『七五三掛 寿絵莉』さん。
「お腹空いた。早く食べる」
目の前のお弁当箱に食い付くように目を光らせているのが、僕を迎えに来た、幼女の様な見た目でありながら、世界的なハッカーとして活躍し、スマホのアプリでいくつもの特許を取っていると言われれ、その容姿も相まって『電子の妖精』や『電脳妃』と呼ばれる生徒会書記『久寿米木 愛莉』さん。
余談だが、生徒会長を始めとした『三美姫』が集う生徒会室は、『聖域』とも呼ばれ、一般の生徒からは神聖視されている場所でもある。
そんな場所に僕なんかがお邪魔して良いのだろうかとか、そもそもなんで呼ばれたのだろうとか、そんな事を考えている間に彼女達の手によって昼食の準備は進み、気が付けば三人掛けのソファーの中央に僕、右隣には四十九院さん、反対に久寿米木さん、向側に八月朔日さんと七五三掛さんという布陣が出来上がっていた。
目の前に並んでいるのは、重箱に詰められた料理の数々。
ここ数日は購買のパンで済ませていた僕としては目移りしてしまうのだけれど、彼女達にとってはこれが普通なのだろうか。
「なにはともあれ、取り敢えず頂きましょうか~」
各人の前に麦茶を並べてくれた七五三掛さんがそう言って手を合わせる。
つられて僕が手を合わせると、皆も合わせたように手を合わせる。
「いただきます」
異口同音に言葉を発し、昼食が始まる。
皆が思い思いに手を伸ばす中、僕が困ってしまっていると、
「九重君、これを食べてみて欲しいですの」
そう言って四十九院さんが料理を何品か、手ずから取り分けてくれる。
「あ、有難う御座います」
慌ててお礼を言って、お皿に乗せられた玉子焼きを口に入れる。
砂糖を入れた甘い玉子焼きだ。どこか上品な甘さのそれは、なんだか優しい味で、緊張していた僕の心をほっとさせてくれるような気がした。
「ど、どうですの?」
僕がそれを食べる様子を心配そうに見守っていた四十九院さんが訊ねてくる。
「あ、とっても美味しいです。甘さも丁度良くて、凄く上品な味がしますね」
思った事をそのまま口にすると、彼女は何故か安心したような顔になる。
「良かったですわ」
そう言って微笑む四十九院さんを、一心不乱に食事を続ける久寿米木さん以外の二人が、楽しそうな顔で見ているのが少しだけ気になった。
「ん、おなかいっぱい」
食事を終えて、と七五三掛さんが改めて淹れてくれた紅茶を飲んでいると、隣に座っていた久寿米木さんがそう言いながら僕の膝に頭をのせてくる。
「ちょ、ちょっと!」
「ん、気持ちいい……おやすみなさい」
慌てる僕を置き去りにして、久寿米木さんはそのまま目を閉じてしまった。
「あらあら、愛莉ちゃんたら」
と、七五三掛さんが困ったような顔をするが、対応はしてくれないようだ。
「九重君、ごめんなさい。申し訳ないのですが、そのまま寝かせておいてあげて欲しいのですけれど」
女神様に申し訳なさそうな顔でそう言われてしまえば、僕に断れる筈も無く、
「わかりました。僕の膝で良ければいつでも貸ししますよ」
そう言って膝の上にのった久寿米木さんの髪を撫でていると
『ふふっ、やっぱり”ゆーくん”は優しいですの』
四十九院さんが何かつぶやいていたが、その小さい声を聞き取る事は出来なかった。
「さて、愛莉さんは寝てしまいましたが、そろそろ九重君をお呼び立てした件についてお話をした方が良いのではないですか?」
一頻り紅茶の香りを楽しんでいた八月朔日さんの言葉に我に返る。
そう言えば、『お話がある』という事で僕はここに来ていたんだった。
「そ、そうですわね」
何故か先程から僕の方をチラチラと窺っていた四十九院さんは、『こほん』と一つ咳ばらいをすると、改めて僕に向き直る。
「本日九重君に御足労頂いた理由ですが、私達生徒会は、貴方を生徒会のメンバーとして迎えたいと考えていますわ」
四十九院さんの言葉に今日何度目かの時間が止まる。
生徒会に? 僕が? なんで……。
「驚かれるのも無理はありませんの。ですが、私としては是非貴方に生徒会に入って頂き、私達に協力して頂きたいと考えておりますわ」
思考停止している僕に向かって、彼女は言葉を続ける。
「ぼ、僕なんかで良いんでしょうか……」
やっとの事でそれだけ言葉にする。
「僕なんかなどと仰らないで欲しいですの。私達は、貴方に生徒会に入って頂きたいのですわ」
その言葉と共に、僕の手が優しく温かいものに包まれる。
「私は良いと思うな~。真愛ちゃんが男の子を誘うなんて今までに無い事だしね~」
「そうですね。私たち以外に愛莉さんが、それも初対面の男性にここまで懐くなんて事はありませんでしたから、九重君は信用出来る方だと思います」
「ん、私も問題無い。この膝はとても寝心地が良い」
いつの間にか目を覚ましていたらしい久寿米木さんを加え、三人が次々に肯定の言葉をあげる。
「どうでしょうか……?」
僕の手を両手でで包んだまま、四十九院さんが不安そうな声で訊ねてくる。
そんな彼女の声に、僕は……。
「わ、わかりました。何が出来るかわかりませんが、僕なんかで良ければ」
その言葉を聞いたた四十九院さんさんは、さっきとは打って変わって嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、
「はい! これからよろしくお願いしますの!」
そう言ってくれたんだ。
「良かったね~。真愛ちゃんてば『ゆ~きくんに食べて貰うんだ~』って言って昨日から一生懸命――」
「じゅ、寿絵莉!? それ以上は駄目ですわっ!」
七五三掛さんと四十九院さんがなにやら言い争っていたようだが、これからの生徒会としての活動に、多くの不安と、少しの期待で頭がいっぱいだった僕の耳には禄に入っていなかった。
§
「お、おい! 女神様のお話ってなんだったんだよ!」
「まさかとは思うが、三美姫も一緒だったのか!?」
「なんでお前ばっかいい思いしやがって!」
昼休みを終え、教室に戻った僕は早速クラスメイトに囲まれて居た。
「えっと、なんでか僕に生徒会に入って欲しいって事で……」
「はぁ? 男子禁制の聖域に九重が?」
「やっぱりいい思いしてるんじゃないか!」
「そ、それで!? お前はなんて返事したんだよ!?」
口々に囃し立てるクラスメイトに閉口しかかっていたが、
「一応、よろしくお願いしますって言って来たよ」
そう答えた瞬間、さらに大騒ぎとなる。
「マジか!?」
「くっそ、やっぱイケメンじゃないとあそこには近づけないって事かよ!」
「な、なぁ九重、俺も聖域に入れるように取り次いでくれないか?」
止まる事を知らないクラスメイトの声は、午後の授業が始まり、担当の先生が教室に入ってくるまで続いた。
そういえば、猜ヶ宇都さんがやたらと話を聞きたがっていたけれど何だったんだろう
§
「帰るか……」
夕日の差し込む教室で一人呟く。
結局、授業が終わり部活の時間になるまでクラスメイトからの質問や羨望の声が止むことは無く、人気の無くなった教室で、帰宅部の僕はようやっと人心地付いたところだった。
鞄を手に取り立ち上がと、教室の一番後ろで窓側の僕の席からは、校庭で部活に勤しんでいる生徒の姿が良く見える。
その光景に背を向け、教室の扉へと向かう。
―― 明日から、昼食は皆と一緒にここで食べますの ――
四十九院さんの言葉を反芻しながら廊下へと出ようとした時、目の前を通る人影とぶつかりそうになる。
「あ……」
慌てて立ち止まってから人影に目を向ければ、そこには幼馴染の彩ちゃんが立っていた。
何やら気まずい様子で視線を下げ、その場に立ち止まってしまっていた彼女に対し、何か言おうとして思い止まる。
考えてみれば、僕と彼女は既に会話を交わすような親しい仲では無かったのだ。
言うなれば、ただのクラスメイト。
今更彼女にかける言葉など持ち合わせてはいないし、向こうもそんなものは望んでいないだろう。
彼女の横をすり抜け廊下へと出る。
そのまま、振り返る事無く下駄箱への道を辿る。
後ろで何か聞こえた様な気もしたがきっと気のせいだろう。
「なんか、校門のところにすっげぇ可愛い子がいるらしいぜ」
そんな声が聞こえたのは下駄箱で靴を履き替えている時だった。
なにやら校門のところに、この学校の生徒ではない美少女がいるらしい。
サーッカー部のイケメンが声をかけに行ったのだが、まるで相手にされなかったとかなんとか言っているのが聞こえる。
とは言え、僕にはまるで関係の無い世界の話なので気にする事も無く靴を履き終えて校門へと向かう。
校舎の前を横切り、校門が見えて来たところで、その横から中を窺う人影が見えた。
あれがさっきの話に合った『他校の美少女』なのだろうが、何故か物凄く見覚えのある人物の様な気がする……。
「あ、お兄ちゃん!」
予想通りと言うか、件の人影は、はたして僕の義妹である心愛だった。
僕の姿を見つけた心愛が、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どうしたの? 僕の学校まで来るなんて、何かあった?」
僕に抱き着いて来た心愛を受け止め、その綺麗な髪を撫でながら訪ねる。
「えっとね、折角だから今日は一緒に帰ろうと思って」
擽ったそうに目を細めながら、心愛が僕の疑問に答えてくれた。
「それで態々ここまで来てくれたのか。ごめんな、言ってくれればもっと早く出て来れたんだけど」
なんだか申し訳ない気分になり、心愛に謝罪する。
「ううん、私も急に思いついちゃったから。あと、お兄ちゃんをビックリさせようと思って」
そう言って今度は悪戯っぽく笑う。本当にころころと表情の変わる義妹だよ。
「あぁ、凄くビックリしたぞ? いきなりこんな美少女に出迎えられると心臓に悪いから、今度からはちゃんと連絡してくれよ?」
「『今度』って事は、また来ても良いの!?」
「あぁ、心愛が来てくれるなら大歓迎だ。それとも、僕が心愛の学校に行ってあげた方が良いかな?」
「ホント!? お兄ちゃんが迎えに来てくれるなんて嬉しいなぁ。あ、でも、自慢は出来るけど大騒ぎにもなりそうだしな~」
兄妹の会話をしながら校門に辿り着くと、そこには心愛の他にもう一人居たことに気が付いた。
「あ、あの!」
声をかけられて見てみれば、そこには心愛に匹敵する位の美少女が立っていた。
ただし方向性が違う気がする。
心愛が活発な美少女だとしたら、彼女は清楚な美少女と言った感じだろうか。
真っ白な肌、長くきれいなサラサラの黒髪にピンクのヘアバンド、心愛と比べれば控え目なスタイルかもしれないが、それでも十分モデル体型と言える。
「あ、紹介するね。私の同級生で、親友の『久多良木 姫星 』ちゃんだよ!」
「は、初めまして! 心愛ちゃんのお友達をさせて貰ってます! お兄さんの事は前から心愛ちゃんから聞いていて、写真とかも見せて貰って、一度お会いしたいとおもってたんでしゅ!」
紹介されて慌てたように頭を下げる姫星ちゃんだが、慌て過ぎたのか最後の最後で噛んでしまったようだ。
「うん、僕は心愛の兄で勇気と言います。心愛と仲良くしてくれてありがとうね」
「い、いえいえいえいえ! こちらこそ心愛ちゃんには良くして頂いていましゅ!」
あ、また噛んだ。
姫星ちゃんに向かって自己紹介すると、彼女は余計に恐縮してしまったのか、体を縮こまらせる。
そんな彼女の様子に、心愛と顔を見合わせて苦笑してしまう。
「も~、姫星ちゃんもそんな緊張しなくて良いから。ほら、早く帰ろ?」
心愛が僕の腕を取ったまま歩き出す。
「姫星ちゃんも遠慮しなくて良いよ~」
当たり前のように僕と腕を組んでいる心愛がそう声をかけると、姫星ちゃんもおずおずと言った風に僕に近付いてくる。
「で、では……その、折角ですから」
そう言って、僕の制服の裾をちょこんと摘まむ。
「姫星ちゃん、もっと"がしっ"ていっていんだよ?」
心愛の声に、姫星ちゃんはふるふると頭をふる。
「お、男の人と一緒に歩くのは初めてですから……今はこれくらいで」
そう言って真っ赤になってしまう姫星ちゃん。
義妹に腕を組まれ、その友達に制服の裾を摘ままれるという奇妙な格好となった僕は、その格好のまま家路につく。
そうして僕の頭の中には、今日一日の事が思い出されていた。
クラスで一番の美少女に話しかけられた事。
学校一の美少女と言われる生徒会長に話しかけられて、生徒会の美少女の面々と昼食をとった事。
そうして今は、可愛い義妹と、それと同じ位可愛い義妹の友達と共に歩いている。
「あ、今日は姫星ちゃんが家に泊まるからね」
「え? そうなの?」
「は、はい! 不束者ですがよろしくお願いしましゅ!」
妹達との何気ない会話が心地良い。
彩ちゃんに裏切られた時は世界が終わったようにも感じたけれど、今となってはそのお陰で新しい世界が開けた様な気もする。
腕に義妹の柔らかさと温かさ、後ろに義妹の友人の香りと気配を感じながら、僕は明日からの生活に思いを馳せる。
そこに少しだけ、明るい未来予想図の期待を乗せて。