第十六話 裏切り
今日は政務大臣のヌハマ様に呼び出された。
婚約者がいる女相手に枕は強要しないとは思うが……歴史上のバカ共は平気でそういうのやらかしてるからな。
それどころか有能なはずの君主ですらそういうことをやってるから、油断ならない。
「四等文官のアリアです。及びとお聞きし、参上致しました」
ヌハマ様の執務室の扉の前で、そう叫んだ。
「入っていいぞ」
ヌハマ様のその言葉を聞き、執務室の中に入る。
そして、ヌハマ様の使用している机の前で、跪く。
「はっはっは、随分まともな礼法を身に着けたではないか」
俺が王都に来てから2ヶ月ほど経ったが、確かに礼法スキルは0から9になった。
他にも弁舌スキルも同じく0から6になった。
執務スキルは0から11か。
確かに成長速度はめちゃくちゃ早い。
しかし、どれにしても一人前とは言い難い。
「いえ、まだまだです」
「まあ、『まともな』貴族当主の前に出すには不足かもしれんな。……が、今はそれを言っている場合ではなかったか」
「何かあったので?」
問うて見ると、なにやら面倒臭そうな問題が待ち構えていた。
「実はな、ヘベウラート将軍が謀反を起こしたのだ。……ああ、本当に厄介な時期に裏切ってくれたなぁ、あやつは」
ヘベウラート将軍か……。領地持ちの貴族で、国の中でも現状、一番強いはずの戦士だ。
その配下も強兵揃いで、中でも副官にして分家の跡取りであるヘルラート一等武官は国の中でトップ五に入るくらいには強い。
この世界では個の強さ≒国の強さであるから、そんな人間が謀反を起こしたのはだいぶ不味い。
しかも裏切りということは、恐らく……。
「西国テレネシエードの策略ですか……」
「恐らく、な」
テレネシエードとはオーディンの西にある国で、最近は隣国とその将軍たちを吸収して力を蓄えている国だ。
オーディンのトップ5はここ周辺でもかなり強い方ではあるが、人材マニアのテレネシエードには勝てないかもしれない。
「……やはりですか」
いや、ほぼ確実に負けるだろう。
民が蹂躙されるとかはないだろうが、国のトップは死ぬしすげかわる。
それに、蹂躙されなくてもテレネシエードの統治は民には過酷だ。
七公三民とかいうアホみたいな税率を課しているのだから。
「やつらは血の気が多いからな。我が国の将軍たちは強いが、今代のオーディンは他国に攻め込んだことがない。それを突かれて先んじて他国から人材を集められた」
この大陸では民を安んじ、民に慕われた仁君という形で歴史に名を残すのが最大の名誉とされているために、ここ230年ほどはそういう国は少数派だったのだが、最近は侵略国家が増えてきている。
村にいた頃は、オーディンを取り囲む状況がここまで悪いとは思わなかった。
いや、つい一週間ほど前までは、かな。
奴らに攻め滅ぼされたら、村のみんなもただでは済まないだろう。
それに、エス家は王家の血筋を引いている。
分家の一つのそのまた分家だが……アーレも殺される可能性は高い。
「天下に野望を持つものの強さとはこういうものなのか……。我が国は優柔不断に過ぎたか。この戦乱の世においては軟弱……か。いや、勘気を被るのを恐れ、王への諫言をいつからかしなくなった私の責任だな」
ぶっちゃけた話、アーレが殺されようと知ったこっちゃない。
いや、嘘ついた。
辛いのは辛い。一応、仲は良いから。でも、死に戻るほどではないんだ。単純に付き合いが薄いから。
俺の中の『大事な人』グループにはまだ属していない。
ただ、アーレが殺されたときはまた死に戻ると思う。
もしあとからこのことを後悔して、そのときにはセーブポイントが更新されていたりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
もしもの悔いを残さないために、俺は死に戻るだろう。
冷静に考えられる人ならば馬鹿げたことだと思うかもしれないが、俺の場合は下手にやり直せるから、そういった後悔は人一倍強くなると思う。
なにより慣れたし、死ぬこと自体への恐怖はない。
ただ死ぬほど痛いのが何回も続くだけだ。
それに、国に仕官したという実績や金があるため、今回は逃げてもあまり問題はないし。
嫌になったらアーレや村人たちを連れて逃げるだけだ。
再就職は容易だろう。国を捨てて逃げ出したとしても、一応は乱世であるため特に咎められたりはしない。
みんなやっていることだ。
そんなことを考えていると、ヌハマ様が苦虫をかみ潰したような表情でこう発現した。
「ガングニル四世陛下よりの勅命である。汝、四等文官アリアは本日を以って二等文官として職務に励め」
「承りました」
……なぁるほど、厄介な指令が来やがった。
一旦その場に立ち、うやうやしく敬礼して勅に答える。
「そして続けての勅命である。汝、二等文官アリアは謀叛人・ヘベウラートに許しを与え、再びオーディンに忠誠を誓わせよ」
「……はっ」
今度は不承不承であることを隠さずに、応じる。
無茶振りされて素直に従ってたら身が持たない。
「……もはやこの国の命脈は尽きただろう。もはや一縷の希望にすがるしかないが、それももうイアメルが風雲を掴むが如しだろう。失敗しても咎めん」
ヘベウラート将軍は元平民だ。元から豪農というかそれなりの金持ちではあったけど、平民は平民だ。
そして強さを好む求道者でもある。
戦闘における実力はあれど、気質としては文民肌の王とは合わなかっただろう。
生まれつきの王であるがゆえに、平民や商人出身の将官を侮る発言も多いらしいからな、我が国の王は。
だから、同じ元平民な上で、強さも兼ね備えた俺に説得に行かせようというわけだ。
そして、その説得に赴くのにもそれなりの格が必要なので、最低限重臣と呼べるポストを用意された。
もっとも、俺はヘベウラート将軍の人格は詳しくは知らないし、親交があったわけでもない。
そして裏切ったからには覚悟もしているのだろうし、翻意させるのは容易ではない。
しかし、行かねばならない。
「……所詮、失敗したらもう一度『やり直す』だけのことです」
「交渉を『やり直す』機会などないのだが……まあ良い。頼んだぞ」
俺はオーディン国の北方にある、ヘベウラート領へ向かうことにした。
書き溜めが尽きました。……書き溜め少なッ!
今後の更新は不定期になるかと思われます。