第十五話 恥ずかし
「なにっ！？お嬢ちゃんは貴族令嬢じゃなくて文官なのか！？その深窓の令嬢みてぇなナリで！？」
鍛冶屋の人は顎に手をあて、少し思案して、また会話を再開した。
「文官にもいいやつはいるんだな。……いや、待てよ。アンタはどこの派閥なんだ？」
「アウ・エス様の派閥ですが……。一応、娘さんの婚約者ということになっています」
「なら良い！ならば、アンタにはこれからも協力させてもらう。ただし、お嬢ちゃんの手柄にならないことはしない！」
千歯こきを一から作れるような優秀な技術者ならば、ぜひ迎えたいが……。
他の文官や貴族に対して礼儀が払えなさそうだよなぁこの人。
そういう意味では危ないが、優秀なのは確かだ。
礼儀はあとから学ばせれば良い。
最も、技術者はこだわりが強いので目論見通り行くかはわからないが。
……最悪、死に戻れば良いだけだ。
『セーブポイント』が更新されてなけりゃ詰みはしない。
とはいえ、更新されている可能性も全然捨てきれないけど。
「おおっ！では、俸給も多めに用意しますので、これからバリバリ働いてくださいね」
気を取り直して、感激したようにオーバーリアクションで喜びを示した。
「……え？いや、協力者になりたいんであって、召抱えられたいわけではなかったんだが……まあいいか！これからよろしくな！」
どうやら早とちりをしたようだ。
しかし、どうせなら配下にしておいたほうが便利だし、使いやすい。
そのうち、領主になったときのためにも、な。
彼の人脈から武器鍛冶屋や魔道具師を呼ぶことにも期待したいし。
「それにしてもアンタ、エス家のご令嬢とは政略結婚だと思うが、不満はないのかい？」
「……なにがですか？」
「いや、アンタは女だろう？それなのに女とくっつけさせられて、不満に感じねぇのか？」
「いえ全然。趣味も合いそうですし、もとから恋愛対象は女性一択ですしね」
こういうことを公言したところで、問題はない。
キリスト教的世界観ではないし、俺とアーレの婚約は有名な話だ。
今更驚く人はいない。
「まあ、ワシにはよくわからねぇ世界だが、祝福しとくぜ」
その後しばらく会話し、その後配下にするための手続きをして、仕事に戻った。
ちなみに名前はルズミというらしい。
あのお見合いのような出会いから、定期的にアーレと会うようになった。
今もアーレの家……エス家にお呼ばれして、お話をしている。
「アリアはとても博識。特に、その歴史解釈は独特の視点が混ざっていて、とても興味深い」
アーレは無表情に俺を褒めた。
歴史解釈が独特なのは、日本で生きるうちに、この世界の人間では知り得ない法則や思想に触れてきたからだろう。
それは間違っても俺の手柄ではないし、積み重ねてきた先人たちのおかげだ。
だが、それでも褒められていると悪い気はしない。
「……でも不思議。賢いはずなのに、そこまで思慮深いようには見えない」
上げて落とされた。
以前二回は褒めるだけだったのに、ここに来て新パターンか。
幻滅されたかな？少し不安だ。
「すみません、自分って実はあまり頭は良くないんですよ」
「そんなことはない。私との会話について来れる人は初めてだった」
アーレがなぜか少し怒りながら否定する。
が、俺の言っていることは事実だ。
わかってもらわなければ今後の夫婦生活が危ういかもしれない。
勝手に期待されて、応えられなくて、幻滅されて、だとどうしようもないからな。
「生まれたときから、記憶力だけは自信があったんですよ。それこそ、物心つく以前のそれまで記憶しています。もっとも、その頃の記憶はだいぶぼやけていますけどね」
アーレの表情がピクリと動いた。
わかりにくいが、多分相当驚いてる。
それだけ記憶力がいい人間なんて、サヴァン症候群と呼ばれる人たちでもないとありえないだろうから。
そして、その記憶がぼやけている以上サヴァン症候群のそれとも違う。
価値ある情報が手に入りやすい世界ではないので、アーレは正しく症状を知っているわけではないだろうが、それでも衝撃だろう。
「なので、歴史を学んでその知識を頭の中に植え付けて、英雄たちの記録をいつでも思い出せるようにするという作業がとても楽しかったんです」
「とてもわかる。でも、それなら頭は良いと思う」
「しかし、それだけ記憶力が良くても、知能はそこまで高くありませんでした。いくら記憶しても、その行動の理由などがはっきりと見えてきません。あなたなら、五歳の頃にはもう見えてきたんじゃないですか？」
アーレはコクンと頷いた。
それと同時に、金色の髪からふわりと良い香りが漂ってきた。
「自分はその数年後、なんとか見えるようになりました。でも頭脳は凡々です。その記憶力故になんでも情報を蓄えられて、無数の知識から答えを導けるだけで、頭の出来自体は全然なんですよ」
「……答えになっていない。平凡でも学を身につけるだけで思慮深くはなるはず」
確かに答えになってないな。
そうだな、ここまで説明したのならこれでいいか。
「凡人に天才の真似ができましょうか？」
「つまり……？」
「何事にも天賦の領域というものがありますよね。凡人がいくら教養を身に着けても、天才がたどり着ける境地までは行けない、ということです。あなたは天才なので、無意識に他人にも同レベルを求めているのでしょうが……その……あんまり自分に思慮深さは求めないでいただけると助かります」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
なんて羞恥プレイだよ、これ。
自分は馬鹿なので頭の良さはあんまり求めないでくださいって情けなさすぎる。
間違いなく失敗したわこれ。
「ふふっ、アリアはやっぱり面白い。心配しないで。知識をちゃんと活用できている以上、問題ない。思慮深さはそこまで求めてないから」
……あれ？意外と好反応。これで嫌われてたらどうしようもなかった。
「それより、今日も談義、しよ。この前の続きからね」
「この前の続きと言うと、遠東方の古代の思想家たちの話でしたね」
「うん。––はいつも弟子たちに……」
それからしばらくアーレと話して、それから家へと帰っていった。
