第十四話 鍛冶屋
「そこ、計算が間違っていますよ。そこの計算は––で解くんです」
「あ、ありがとうございます。確かにそうですね……。しかし、どこでそんな正確な計算をできるように?平民だったのでしょう?」
モノクルをかけた同僚の帳簿を見たら、明らかな計算ミスがあったのでそれを指摘したらどこで覚えてきたのか、なんて問われた。
が、前世で覚えたなんて言っても誰も信じないだろう。
ここはごまかす。
「昔から、学ぶことには熱心でしてね。記憶力だけには自信があるもので、本ばっかり読んでいました」
俺が主に読むのは歴史書の写しだが、算術指南書なども読んだことはある
上級書に書いてある内容は、中世風のこの世界であっても俺の知識を上回っていた。
そして教え方が悪いというか確立されていないのもあって、また俺の頭脳が微妙なために、あんまり理解できていないが、数字を実用するぶんには問題はなかった。
「ほぼ独学でこのレベルですか……。やはり、才能の飛び抜けた人ってのはいるものなのですね」
「いえ、自分は記憶力があるだけで頭の出来自体は悪いほうですよ」
「またまたご謙遜を……って、なんだか外が騒がしいですね」
確かに、なんだか外が騒がしい。
この場を取り仕切っている三等文官の方に断りを入れ、顔を外に出す。
「この発明はぜってぇ世界を変えるんだ!ぜひ王様に会いてぇ!」
「王が貴様のような下賤の者に合うわけがなかろう。立場をわきまえられよ。文官の方に訴えるが先であろう」
「いや!文官共に言ったらぜってぇ成果をかすめ取られる。いや、それどころか効果を認めてすらくれねぇぜ」
「何を言うか!鍛冶師の分際で……叩ききってくれる!」
何やら、ごつごつしていて色黒な大男……鍛冶屋らしき男と、兵士が口論していた。
一触即発の空気だったので、諌める。
「まあまあ、そこらへんで剣を収めてください。殺してしまえば収まりもつかなくなります」
「……む、アリア様でございますか。これは失礼。しかし、こやつはあまりにも無礼でしたので……」
「気持ちはわかります、しかしここは自分に任せてください」
俺がそういうと、兵士はしぶしぶ引き下がった。
「ワシにはわかる。アンタは話がわかるやつだな?」
「さあ?どうでしょうか。その内容にもよりますね」
「ははは、中身を確かめようとするぶん、あいつらよりはマシでぇ」
鍛冶屋の人が破顔するが、兵士たちは鬼の形相をしているので気が休まらない。
この人は喧嘩を売るのがデフォなのか?
「で、とりあえずこれを見てくれよ。どう思うよ?」
鍛冶屋の人が差し出した紙には、何やら見覚えのある農具が書かれた。
……ん?これ、もしかして……。
「もしやこれは、千歯こきですか!」
「ん?これには名前はついていねぇが……確かに、千歯こきって名称はピッタリだな」
この世界……ではどうだか知らないが、少なくともこの周辺の国では米が主食として食べられている。
金銭による支払いは根付いているものの、米本位制が取られていて、そういう国ならばこういう道具を開発する人が現れてもおかしくない。
むしろ、兵器はないけど武器なんかはものによっては現代アメリカで作られたそれよりも上なのだから、こういうのが現れなかったことのほうが不思議だ。
とは言え、後家殺しと呼ばれた『らしい』この農具は、使い方を間違えたらヤバいだろうな。
らしい、というのも前世では歴史なんてまともに学んでいなかったからよくわからないのだ。
対策は立てられなくもないが、今の俺の立場だと……いや、アウ・エス様の力を借りたらなんとかなるか?
「これは脱穀がしやすくなる道具でな……」
「わかっています。凄いです……確かに凄いですが、世界が変わるほどではありませんね」
鍛冶屋の人の言葉を遮り、そう言った。
「ははは、まあ、世界が変わる発明ってのは言いすぎたな」
鍛冶屋の人は豪胆に笑っていたが、俺の次の言葉で仰天した。
「そして、使い道を誤ると酷いことになる道具でもあります。下手したら、民衆に殺されますよ」
地球ではどうだったか知らないが、この世界では画期的な発明によって職を奪われた人たちの蜂起により、発明家が殺されたという事件があった。
その例を懇切丁寧に、わかりやすく説明すると、鍛冶屋らしき人はわかってくれたようだった。
物分りが良い人で助かった。
学のない人は、どんなにわかりやすく、論理的で、デメリットを強調した説明をしても、納得せずに強行する人が相当数いるからな。
そういう人にはこの少ない文官として働いている日々でも遭遇したし、村にもいた。
本当、厄介な人たちだよ。
……なんか死に戻り続けたせいか精神が荒んで傲慢になってきているな。
傲慢は人を殺す。
ただ恵まれて文官になれただけの俺が言ったところでただかっこ悪いだけだ。
なんなら、前世の自分もそういう厄介な人種だった可能性は高いしな。
だってバカだし。
「いやはや、あぶねぇところだった。……お嬢ちゃん、本当にありがとうな。できれば、名前を伺っていいかい?」
「自分はアリアと申します。この城に四等文官として勤めておりますので、なにか用があったらまたおいでください」
俺がそう言うと、鍛冶屋の人の表情が変わった。




