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第十三話 お見合い

「紹介しよう、これが我が娘のアーレだ」


「……」


 アーレと紹介された子は、俺と目を合わせようとすらせずに本を読んでいた。


 確かに見た目は可愛い。めっちゃかわいい。12歳くらいだろうか。


 金色の髪はサラサラで、眠そうな蒼い瞳も、年齢を見ても幼げかつ聡明そうな顔も可愛らしい。


 頭につけている銀色のティアラもその可愛らしさによく似合っている。


 だが、放っているオーラは尋常じゃない。


 強そうだとかそういうものじゃなくて、拒絶オーラが半端ない。


 まあそうだよな。異性愛者ならば同性と結婚しろと言われたら普通嫌だよな。


 俺とて男と結婚させられそうになったら断固として拒絶する。


 俺の場合は中身は男だが、肉体的には女なので異性愛者の女の子から見たらさして変わらないだろう。


 この世界では同性愛に対する偏見は少ないが、そういう人の割合が極端に多いというわけではないのだ。


「すまんがこういう子でな、どこで育て方を間違ったのか……」


「いや、普通は自分みたいなのとくっつけられそうになったら嫌だと思いますよ」


「いや、そうではなくてだな……」


 アウ・エス様は何かを言おうとしていたが、突如美しい声にそれを阻まれた。


「……ねぇ、私帰っていい?」


「いや、駄目だ。今日は顔見せとはいえ、ちゃんと話せよ。私の重要な配下なのだから、邪険には扱うなよ」


「……はーい」


 アーレはいかにも面倒臭そうに返事を返した。


「では、後は若い者同士で……」


「あ、ちょっと!」


 アウ・エス様はそそくさと逃げるように立ち去っていった。


 あのインテリヤクザみたいな雰囲気はどこいったよ。


 少し情けなかったぞ。


「あ、あの……」


「……」


 会話が始まらない……。


 俺が話しかけようとしても、アーレはガン無視を決め込んでいる。


 どうしたものか……。


 ……ん?でも、なんかアーレが読んでる本のタイトルに見覚えがあるな。


「今読んでる本、執務正当書ですか?」


「……この本、知ってるの?」


 この本では政務へ望むことへの心構えを中心に、謀略や戦術についての指南もされている。


 特に評価されているのは戦術で、軍務に携わるものの必読書と言われた時代もある。


 戦のあり方が変わったために今はそうでもないけど、謀略や政務指南はそれでも有用だ。


「ええ、我が村の村長の書斎においてありまして……だいたい理解しましたよ」


 俺がそう言った途端、やたらと食いつきが良くなった。


「ねぇ、あなた平民なんでしょう?……それなのにこの本の意味を理解したの?」


「え、ええ……」


 ち、近い!ぐいっと寄ってきたよこの子!


 12歳の子供相手に意識してしまうようなロリコンではないが、流石にここまで近いと恥ずかしい。


「じゃあ、この……『謀は八百を用いて意味をなし、少きはテーゼレを再現する』この意味を答えて」


 ああ、正道問答の部分か。


 古代アセナ語で書かれている部分だが、良くまっとうな発音で言えたな。


 古代アセナ語は俺らのようなヴァーナ人種には発音するのが難しいのに。


「謀略は積極的に使え。それこそが勝利への近道である。そして少なければ、テーゼレの戦い……瞳様侯エイドの最初にして最後の負け戦の二の舞になってしまう。という意味でしょうが……それがどうしましたか?」


 エイドは下級士族の出身で、類まれなる戦闘と戦術のセンスから時の王に引き立てられて侯爵にまで出世した男だ。


 しかし、実直すぎて謀略を好まず、またそれを防ぐ手立ても少なかった。


 それゆえ、敵国の将軍ヴィラハムの息がかかった者が王に讒言をしたのだ。


 このヴィラハムもまた有名で、この本、執務正当書などでは特に褒められている人物なのだが……ここは割愛しよう。


 その結果、エイドの領地に攻めよせる大軍に対して王は援軍を送らず、彼は死んだ。


 今よりずっと人が弱く、日本人が思い描く戦争という形が機能していた頃の話だ。


「……ふふ。あなた、本当に平民なの?……古代アセナ語の、しかも口語がわかることも異常だけど、『八百』の解釈が正しいのは、異常」


 アーレはそれから、急に上機嫌になって、俺にいろいろと語ったり問答をし始めた。


 急な変貌に驚いたが、この子はおそらく本の虫ってやつなんだろう。


 俺も今はそうだからよくわかる。この子は俺の同類だ。


 まあ、ここまで態度を露骨にはしないし、この子のような知性は持ち合わせていないけど。


「––というわけで、––だと思うけど……どう?」


「いえ、自分は––の解釈が正しいと思います」


「なるほど……そういう考え方もあり……。では、––のところの意味も変わってくると思うけど、そこはどう思ってる……?」


「さぁ?ここについては恐らく––はテキトーぶっこいてるだけかと思いますよ」


「……確かに––はそういうところもある。でも流石にその解釈は認められない」


「ならば、––の考え方だと意味が通ります」


 いやしかし、俺ならこの子を気に入るというアウ・エス様の言葉がよく分かった。


 俺とこの子は相当に相性がいいと思う。


 それから俺たちは日が暮れるまで議論を続け……。


「ははは、なんだ、仲が良いではないか」


 いつまでも部屋から出てこない俺たちを心配したのか、アウ・エス様が戻ってきた。


「うん、私……アリアを気に入った。私とこんなに話せた人は初めて。絶対射止めてみせる」


「随分執着しているようだな」


 アウ・エス様が苦笑しながらそう言った。


「……だが、今日はもう遅い。さぁ、我が家に帰ろう」


「うん、そうする。……アリア、また会お」


 そう言って、この親子……エス親子は家へと去っていった。


 去り際の笑顔は、お前を逃さないという獰猛な笑みにも見えたが気のせいだろう。


 まあ、そうだとしても一切問題はないが。


 気が合う嫁さんになってくれそうだし、な。


 ちなみに、今までの会話は全部我が家で行っていた。


 一等文官の娘さんとこんなあばら家で会話していいんだろうか……。

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私が異常なほどに豆腐メンタルなためです。

特に何があったというわけではないです。

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