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第十二話 婚約話

「……この帳簿はお前が付けたのか」


「はい。……なにかお気に触ることでも?」


 しばらく帳簿を付け続ける日々を送っていたら、一等文官のアウ・エスと言う人に呼び出された。


 アウ・エス様は文官でありながら人殺しのような目をしていて、非常に眼光が鋭く見られているだけでも怖い。

 

 顔立ち自体は凡庸なのだが、その目つきはヤクザより酷い。


 前までの俺ならば、見ただけで卒倒していた可能性もある。


 しかし、今の俺なら全然怖くない。1000回も殺され続けた俺にその程度の脅しが通用するとでも?


 いや、脅しているわけではなく素でそれなんだろうけど。


 俺がつけた帳簿は特殊なものではない。


 効率的なやり方も導入してないし、ただ普通に、真面目につけているだけだ。


「いや、これは素晴らしいと思ってな。とても平民の出とは思えん。計算が細かいところまで間違っていない。その上、ここまで崩れていない正確な文字が書ける者など、めったにいない。ゆえにお前を我が陣営に欲しいと思ったのだ。……どうだ?」


 おっとぉ?これは誘いをかけてるってことか。


 アウ・エス様の陣営か……。規律正しく、不正を許さないことで有名で、民からの人気は高いのだがいまいち文官からの人気は高くない。


 そりゃあそうだよな。


 文官は高級取りだが、自分の部下を雇わなくてはならない上に、その部下を養わなければならない。


 それによって給料の大半が消え、生活苦に陥っている文官もいる。


 同僚や部下に酒を奢ったりしなければケチ臭いと思われ、人望もついてこない。


 また、それ相応に贅沢をしない者にも人はついてこない。


 貧乏であると思われるからだ。


 なので、文官は賄賂をもらうことによって生活が成り立っているのだ。


 その賄賂を否定するのはちょっと酷なんじゃないかと思う。


「……願ってもいないことでございます、ぜひ自分の力をお使いください」


 だが、俺はこの提案を引き受けた。


 それでも民たちが賄賂のせいで苦しんでいるのは確かだし、そもそもそんなものはない方がいいのだ。


 俺は英雄として歴史書に名を残したい。


「よく言ってくれた。ならばお前に私の娘をやろうと思うが……嫌とは言わんよな?」


 あ、無理っすわ。


「申し訳ありません、自分は男性をそういう対象には見れません。……って、息子ではなく娘?」


 アウ・エス様の息子とくっつけさせられるのかと思ったら娘かよ。


 お断り一択かと思ったが、これなら受けられる可能性が出てきた。


「そうだ、娘だ」


 しかし、娘? 俺、一応女なんだけど?


「ええと……どういうわけなのか説明してもらえますか?」


 アウ・エス様は不敵に笑って説明する。


「息子をやったところで、お前が子を宿したら政務や戦場からは遠ざかることになるだろう。それでは意味がない」


「そこまではわかります、しかし、なぜ娘さんを?一応自分は女なのですが」


「くくくくっ、400年前の発明により、女同士で子を作れるようになっただろう?ならば、それを利用すれば良いだけのことだ。私は効果的で、また正道を行ける手ならばその他一切を問わん」


 あー、そういうこと。

 

 そういやこの世界ではそうなってたな。


 魔法を使え、記憶力のある者ならば、女同士でも子をなせる……。

 

「……なるほど。かのメデアス戦争の女傑、サイアもそれで子をなしていましたしね」


「納得してくれたのならば良い。で、受けてくれるな?」


 こりゃ、俺が女好きというのも掴んでいるな。

 

 ……女好きといったら下半身がお猿さん並な人みたいに聞こえるな。


 酷い言い方だった。


 俺の恋愛対象が女性のみであるということを掴んでいる、だな。


「いや、ありがたいのですが……その方の人となりも知りませんし……」


「少し変わってはいるが、美しい娘だ。お前なら気にいると思う」


 いや、アンタ俺の何を知っているの?


 ただ受けさせたいだけだよね?


 俺別に極端な面食いではないよ?


 というか性格が一番大事だよ?


 そりゃあ、できることなら相手は美しい女性であったほうがいいのは確かけど、性格に問題があるのならば引きうけたくないんだけど。


 でも、婚姻による繋がりは強固だ。


 それだけ俺を重視しているというわけでもあるし、なんで元・平民の俺をここまで厚遇するのかがわからない。


 むしろ平民だからこそしがらみがなくていいのかもしれないが……。


 変わっているというのは気になる。まあ、断れる雰囲気でもないよな。


 相手が男であるのならば断るが、女性であるならば、まあ受けいれられる。


 誰でもいいわけではないんだけど、俺は将来的に政務大臣のポストに侯爵の爵位を目指しているので妥協できるところはしたほうがいいだろう。


「わかりました。その婚姻、受けましょう」


「ふふふ……お前が味方になってくれるならばこれほど心強いことはない。頼りにしているぞ」


 そうして、俺は婚姻を結ぶことになった。


 どんな子が来るのかは少し心配だが……同時に楽しみでもあった。

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