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新しい生き方を2(外伝)

「朱明」

「何だ?」


 窓枠に腰を下ろした私は、机に向かい何か書き物をしている男に呼び掛けた。


「今日、庭で子供に会ったよ」

「……………そうか」


 暇な時は、彼の傍らで書物を読んだり茶をいただくのが日課となっていた。互いにあまり喋らないが、二人静かでゆったりとした時を過ごすのは好きだった。こんなふうに統治者として働く姿を見るとは、自分の従魔だった時には想像もしなかったと思いながら、言葉を重ねる。


「その子、たった一人で外から来たんだってね」


 そう言えば、朱明が眉をしかめて私へ向いた。


「あいつ、口の軽い…………」

「違うよ、翆珀は何も言っていない。すぐに苛めるんじゃない。私が勝手に知り得ただけのことだ」


 どういうことだと問いたげな彼の前で、左袖を持ち上げて見せる。袖からするりと下位の魔が一体現れて、私の手の甲に巻き付くのに、朱明が唖然としている。


「君に従うからといって、下位の魔達が私に従わないわけではない。知りたいことがあれば教えてくれるんだ」


 手を軽く払えば、下位の魔は空気に溶けるようにして姿を消していった。


「………………おまえがただの人ではないことを忘れていた」

「君は囲っているつもりなのだろうけれど、私はその気になれば、いつでも自由にできる」


 しばらく私は言葉の力を朱明に行使していない。対等の関係だと認めているのもあるが、単に必要がなくなったせいでもある。


「それは脅しか?」


 押し殺した声音で問われて、はた、と周りを見回せば部屋が彼の魔力で満ちていた。


「脅し?」

「いつでも俺から逃げられると言いたいのか?」

「君が思っているよりも、私にやれないことはないけど、っ?」


 立ち上がった朱明に片手で両手首を掴まれ、頭上でまとめて壁に押し付けられる。


「何を」

「無駄に足掻くな」


 怒り?いや、焦りを滲ませた男が鼻先が触れそうな距離で私を見下ろす。

 言葉のやり取りが下手だと白麗に捨て台詞のように言われたことを思い出し、彼を眺めた。


「私が逃げるだって?君は勘違いをしている…………痛いから、手を放すんだ」


 意識して力を使わないようにしながら訴えるが、朱明は目を眇めてから私の肩に頭を乗せた。


「捕まえたと思ったのに、まるで実感がない。少しでも気を緩めれば、おまえはすり抜けて行きそうだ」

「私は君に捕まっているんじゃないから当然だ」


 断言すれば、どう思ったのか手首を戒める力が弛んだ。彼の肩に解けた手を回した。


「君は、私に捕まえられているんだ。君の全ては私のものだ。そこのところ忘れるんじゃない」


 え?と言う様に朱明が顔を上げた。


「警告までしたのに、君はそれでいいと言ったじゃないか。いい?私は一度手に入れたものは手放さない。だから君は一生私のものなんだ」

「一生?」


 朱明の言葉に含みがあるのを感じたが知らないふりをして肯定する。


「そうだ」

「そうか、そうだった」


 額に手を当てて息を吐く男に抱き付き、腰に手を回された時に用件を思い出した。


「それで外から来た子供のことだけど」

「ああ」

「それってつまり、他に高位の魔が外で生き残っているってことだよね。少なくとも、その子の親とかが」

「…………………葵」

「調査に行くだろう?それなら」

「だめだ」


 まだ何も言っていないのに、だめとはどういうことだ。


「調査には明日翆珀が行くことが決まっている」

「私にも行かせて欲しい。決して足手まといにはならないし、野宿も平気だ」

「この雪でか?人間には寒さは耐えられないだろう。それに人の世から新しく流れてきた下位の魔は俺には従わないから出くわしたら危険だ。それから子供のいた場所を突き止めたとして、そこにいる高位の魔達が好意的とは限らない」


「だったら、余計に私が」

「過信するな」


 抱き合ったまま、睨み合いになった。


 使役した下位の魔によれば、あの子は親とはぐれたようなのだ。きっと心細い気持ちだろうに、早く見つけて会わせてあげたい。その為にも、私の女王の力は役立つはずだ。


「私は君に囲われているだけでは嫌だ。もっと朱明の力になりたいし、それに」


 どうしたら分かってくれるだろう。


「……………これから君と暮らしていく世界を、もっと見てみたいんだよ」


 ドンッと彼の胸を押し返し、私は返事を待たずに部屋を出た。


「葵」


 名を呼ばれたが追っては来ないことを寂しく思った。

 別にいい。宣言通り私は自由にしよう。遅かれ早かれどうせ私の帰る場所は、あの男の腕の中なのだから。


「……………私のものだと言っただろう、馬鹿」


 ***********************************************


「喧嘩したのか、姫さん」

「そうだよ、だから以前言った朱明との子供10人は不可能だろう。一人だけでも欲しかったが仕方ない」


 昨夜は無理を言って白麗の部屋に転がり込んだ。例の子供と一緒に眠ろうとしていた彼女は、文句を言いながらも布団の端を空けてくれたので川の字になって楽しく眠ることができた。そうだ、朱明などいなくても私は眠れる。1日、2日会わなくてもどうってことない。

 背中に荷を担いだ翆珀が面白いことがあったのか吹き出しているが、笑う気分じゃない。


「ぶふっ、諦めるの早くないか?それにさあ、あいつが姫さんを他の男と行かせるわけないよな……………ほら」


 翆珀の視線を追うと、旅支度の朱明が立っていた。


「……………朱明」


 口元を片手で隠して私から顔を背けている。


「聞いてた?聞いてたんだろ?」

「う、うるさい」


 周りをクルクル回る翆珀を押し退け、朱明が軽く指を鳴らせば下位の魔が地面から湧いて舟のような形を作り出した。


「これに乗れ」

「もしかして、一緒に行ってくれるのか?」


 背を押されて乗り込むと、見た目によらず意外にも床は硬くしっかりとしていた。その縁に朱明が腰掛けると、舟らしきものは地面から少しだけ浮遊した。


「おまえが行くのに、俺が行かないでどうする」


「仲良くな、ってか、舟グロくねえ?」と翆珀が手を振るのを眺め、朱明は腕を組んだまま憮然としている。ふと見れば、翆珀に言われたのが気に障ったのか、下位の魔は雪と同じ色の舟そのものに変化していた。


「…………俺は、葵のものだからな」


 くすり、と笑いを溢して彼の胸に飛び込んだが、舟は揺れたりしなかった。以前は結界のあった場所を通り過ぎるのを、私は朱明に抱き締められて見ていた。


「君がいるなら、私は寒さに困らないね」


 行く手には、広い平地と更に向こうに山が見えた。白一色の大地の下には、数百年眠っていた草木の種が芽吹く時を待っているはずだ。


「確か、あの子はこの先の川の跡を辿ってきたよう…………」


 見上げれば、見計らっていたようで唇を塞がれた。いつも僅かに甘い口付けに目を閉じて応える。


「……………それは復讐?」


 解放されて悪戯っぽく囁けば、朱明は何のことか分からず目を瞬いた。


「契約術で君を縛ったことへの復讐なんでしょ。私を魔へと近付けようとしていること、気付いていないと思ってる?」


 私の瞳は本来、黒と見紛う程の深青だった。それが今や明るい蒼へと変わっていた。口付けの度に私に気付かれないように朱明が微量の血を与えていたことぐらい直ぐに分かった。


 朱明の自由を奪っていた私に、今度は朱明が私の人としての生を奪おうとしている。長く私を繋ぎ止める為に。それは復讐だろう?


「葵、俺は」

「ねえ、朱明。するなら、ちゃんとして」


 私の方から唇を寄せれば、驚いている男の顔が視界に入った。


「私に、新しい生き方を教えてくれるんだね」


 唇からそう言葉を紡げば、微かに笑った男の唇が重なった。










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