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新しい生き方を(外伝)

「雪が積もったようだ、朱明」


 硝子窓の曇りを指で払えば、ほんのりと薄く白に染まった景色があった。まだ若い数本の木々が雪の重みに負けまいと並んで立っているのが見えた。道理で寒いわけだ。

 はあ、と息の白さを確認すれば、壁に作り付けられた炉の薪が急に音を立てて燃え始めた。


「そういえば、ここの天候は人の世と連動しているのだって聞いたよ。向こうも寒いだろうか?」


 答えを返さない代わりに誘われた。


「……………まだ朝は早い。こっちへ来い」


 外の景色が分かるほどには明るいのだが、彼の気怠げな声に、人の世から取り寄せてもらった白い浴衣着を一枚引っ掛けただけの私は素直に従い再び寝台に滑り込んだ。当たり前のように抱き寄せられ、冷えた肌を楽しむように首筋に唇を触れられる。くすぐったくて笑いを溢して、片手で彼の頭を抱いた。


「君と出会ったのが初夏だったのに、なぜこんなことになっているのか」

「それは同感だな」


 肌が触れている部分から温もりが生まれて、深く息をついた。


「考えたら不思議だ。まさか自分が……………」


 色々だ。人の世を遠く離れ、魔の世で暮らすはめになったこと。強制的に従わせていた魔と想い合うようになって、夜にはその腕に抱かれ、共に朝を迎えるようになったこと。


「嫌か?」


 期待と小さな不安の混ざる朱の瞳に見下ろされて、私は肩を掴まえて半身をやや浮かせて唇を奪ってやった。

 過去、一度彼を手放した。だからか、私を見つめる朱明は常に微かな不安を浮かべている。肌が合わさる近さにいても、油断すればいつか私が離れていくのではと思っているようだ。


 償っていくしかないな。

 この男が満たされて不安が消えるまで、いや消えても想いを注ぎ続けることだけを。


「ううん、君の身体は心地好い。私は好きだ」


 頬を擦り付けるようにして答えれば、ややあって「………全く」と呻いた朱明が私の顎を掬った。

 私の瞳を眺めて唇を寄せるのを見て、ゆっくりと目を閉じた。


 ***********************************************

「あれは?」


 庭で動き回る小さな影を見て、開けた窓から身を乗り出した私はそのまま外へと飛び出した。


「あ、葵様!」


 身の回りの世話をしてくれる女性が声を上げたが、ここは一階だ。それに痩せたわけではないのに身体も軽くなったようで、難なく外へと着地した。


「子供?」


 雪と戯れているのは、4、5歳ぐらいの幼女だ。こちらに気付いた子供が目を丸くしている。

 水羽のように何百年生きていても少女の姿をとる魔もいるが、これほど幼い姿でいる者はいない。それにその魔が本当はどのくらい生きているか、私には何となく感じ取ることができる。外見と変わらない歳なのだろうと分かった。


「こんにちは、初めまして」


 膝を折り視線の高さを合わせて話し掛ければ、木の後ろに身を隠してしまった。

 銀色の髪と瞳に黄色がかった羽を持つ子供は、私が人間なのが不思議なようでチラチラと木陰から覗いていた。


「私は葵という。君は?」

「…………………」


 もう少し女性らしい柔らかな話し方ができたらいいのだが、如何せん男として育てられて身に付いたことはなかなか変えられない。朱明は構わないと言ってくれるが、目の前の子は警戒を解いてはくれないようだ。


「見かけない子だね。ご両親は、近くにいないの?」

「その子に近付かないでよね!」


 ズカズカと割り込んできた白麗が、子供を隠すようにして立ち塞がった。


「……………もしや君の子なのか?」

「あ、あなたねえ!違うに決まってるでしょう!」


 問うた直後、白麗はプルプルと身を震わせ怒り出した。


「そうか、すまなかった。君に似て可愛い子だったから、てっきり」

「失礼ね」


 魔の生き方は、未だに私にはよく分からないことも多い。長く生きているからといって家庭を持っているわけでもなく、独り身でいる魔も少なくないようだ。

 彼の伴侶となった私だが、縁とはつくづく奇妙なものだと思う。


「……………あなたはいいわよね。あの方に愛されて、さぞ嬉しいでしょうね。どうせ優越感に浸って私を見下しているのでしょう?」


 なかなか親しくなれない。私は白麗を怒らせたいわけではないのにな。


「見下したりなどしない。魔の生き方を人の短い生に照らし合わせた私が悪かったのだ。失言は謝るよ。まあ確かに朱明を手に入れたことは、この上なく嬉しいので、そこは認める。私はあの美しい魔の全てを自分のものにできたことがまだ信じられないからね」

「う………………」


 正直な気持ちを述べたら、白麗は唇を噛んで黙ってしまった。


「姫さん、その辺で勘弁したげて」


 見ていたのだろうか、肩を震わせた翆珀が歩み寄り白麗の頭を慰めて撫でた。どうも笑いを我慢しているらしい。


「ほら、お前もいい加減止めとけ。姫さんには勝てないって」

「……………悔しい」


 白麗は私を涙目で睨むと雪と同じ白い翼をはためかせて去って行ってしまった。


「何がいけなかったのだろう。私は白麗とお茶飲み友達になりたいのだけど」

「うーん、いつかは…………なれるだろ」


 頬を掻いて、翆珀は私と子供に向き直った。


「ここでは子供は珍しいだろ」

「ああ、魔の子供も可愛いものだね……………ほら」


 雪を掌に乗せて形を整えて、拾った葉と紫の実で目鼻を作り兎にしてみた。それを子供に差し出すと、興味をそそられたのか触ってきた。魔力で冷たさを調整しているのだろう、その子の素手に雪兎を乗っけてやれば、ニコッと笑ってくれた。


「姫さんは、子供が好きなんだな」

「そうだね」


 じっと様子を見て呟いた翆珀に、私は頷いた。すると思い付いたように彼はニヤニヤと悪そうな顔をする。


「あいつとの子供、欲しい?」


 二人でいることに満足していて考えたこともなかった。私は魔の子供を見つめながら思案に暮れた。


「子供………………人の私とでは難しいだろうか?」

「いや、そんなことないんじゃない」


 私の目に視線を投げて翆珀は答える。

 もっと欲張ってもいいのだろうか。


「私は……………たくさん子供が欲しい。あの男に似たらきっと美しい子ができるだろう。いや、似てなくても朱明の子が欲しいな。そうだな……………10人程授かったら、その内の一人に神久地家を継いでもらいたい。ああ、勿論その子がいいと言うならだが」

「……………さ……さすが姫さん」


「頑張れよ」と、翆珀は誰もいない方を向き遠い目をしていた。











続きます

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