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魔の守り

 文机の前に座して本の内容を書き写していたら、突っ伏してうたた寝をしていたらしい。一つ欠伸をして身体を起こすと、目の前の障子を半分程開けた。


 そこには竹垣に囲われた庭が広がっていて、湖のような大きな池には緋色や白の鯉が泳いでいた。白砂と青松と蒼苔が美しく配されていて、見ているだけで気分が落ち着く。


 私は表向きは職位は無い身なので、毎日仕事があるわけではない。内裏の警護部が対応できないと判断された件が、私へと回ってくる。報酬は経費から落としているのだろう、内々のことである為に高額ではないが低くもない。

 余裕がある時は、内裏だけでなく都の民からの依頼も引き受ける。

 昔から神久地家は、能力を持つ者によってこうして栄えてきた。富も家格も名誉も。時に、忌まれ蔑まれながら。


 本を閉じ、表紙に手を置く。

 来年の為に学ばねばならないことは多い。警護部に就くのだから弓術は必須だし、算術や一般教養、皇族貴族の相関も頭に入れておかねばならないし、礼儀作法は言うまでもない。ただ神久地家の者として、誰も処理できない仕事を公然と行うようになるにあたり、苦手な弓術は大目に見てもらえるようだ。


 しかし本当に私が内裏に仕えても良いのだろうか。もし女だと気付かれたらどうなる?偽った罪は軽くはないだろう。


「まあ、ばれたらその時考えるか」


 もしもを考えるなど面倒くさい。


 文机に片肘を付き、ぼんやりと庭を眺める。軒先に吊るした風鈴が時折澄んだ音色を奏でているのが耳に心地良い。


 警護部からの複数の依頼を全て片付けたのが三日後の今朝で、改めて報告に出向いた先には、思った通り星比古がいた。

 私の能力を目にしても怯まず話しかけられ、やたら付いてくるなど奇特な皇子だ。鬱陶しくて適当に巻いて帰って来たのが少し前。

 全く私のどこが気に入ったのか。


「ん?」


 背後を風が吹き抜けたように思った。気が付けば、天井を背にした朱明の顔が私を見下ろしていた。どうやら畳の上に仰向けに倒されたらしい。


「う!?んんっ」

「………………どうすれば自由になれるか考えていた」


 朱明の手が私の口を塞いでいて、右手首も押さえ付けられている。


「言霊がどうとか言っていたな?つまり、おまえの声を封じれば、俺が従わされるようなことはない」

「んん」


 爪先が文机にぶつかり、筆が床を転がっていく。


 まだ諦めていなかったとは、見上げた根性だ。


 彼の二の腕の辺りに左手をついて突っぱねようとするが、びくともしない。見下ろしている朱明が、愉悦の表情で薄ら笑う。


「いい気味だな、葵。傷付けることはできなくても、おまえに報復はできるぞ。クックックッ、どうしてやろうか」

「…………………………」


 後で私から報復の更に報復が待っていると、朱明は理解しているのだろうか。


「俺が与えられた屈辱を、おまえも味わうがいい。そうだな、まずは服を全て剥ぎ取って庭の木に逆さで吊るし上げてやるか」

「んんーー!!」


 いや、待て!それは屈辱どころじゃない!


 思わず目を見開く私を眺めて、朱明は満足そうだ。つつっと、襟の合わせに手を掛けられてしまい、息を呑む。


 女だと、ばれてしまう。


「………………………………」


 まあいい。この者が知っても特に支障はない。その『屈辱の過程』で、私の口を塞ぐ手を離す時が必ずある。声を出せればこちらのものなのだ。


 私は力を抜いて、左手を畳に投げた。


「もう降参か。術が使えなければ大したこともないな」


 後で泣かせてやろうか。


 私が狼狽えるのを楽しむ気でいたのだろうが、そんなことはさせない。

 拍子抜けした顔の朱明から目を離さず、じっと見上げる。


「身ぐるみ剥がされてもいいのか?なぜ抵抗しない」

「………………………………」


 やるなら一思いにすればいいのに。


「…………契約術を解けば、許してやる」


 早よ、やれ。

 口を塞がれたまま、溜め息をついて首を振ってやる。


「………………………………………」


 段々と困惑と戸惑いに彩られる朱明の瞳が不思議だった。

 合わせに掛けられた手は動く気配はない。


 まさか躊躇してるのだろうか。


 問うように顔を傾げると、自分でも分からないのか視線を僅かに逸らした。少し俯いた朱明の肩を髪が滑り、私の頬を撫でる。擽ったさに身を捩り、日光で紫がかった艶のある髪に目を奪われた。

 この髪は、本当のところ一筋一筋は何色なのだろう。

 好奇心から左手の指に髪を通すようにして絡めて見つめた。


「あお、い」


 綺麗だ。近くで見ても、青なのか黒なのか赤なのか、一筋ずつ違うのか見定めることはできないが、ただただ綺麗。

 うっとりとした気分で髪を梳いてやり、朱明の顔に目をやれば、彼自身も不思議な面持ちをして私を見ていた。さっきよりも顔が近い気がする。


 また一度風鈴が揺れ、やけに大きな音を奏でた。











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