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与えられたもの失ったもの(朱明視点)

 長い間張っていた結界を回収すれば、外側には一面荒野が広がっていた。常に下位の魔共に埋め尽くされていた地を、これほどはっきりと眺めたのは何十年ぶりだろうか。


 身を屈め、土に触れて状態を調べる。

 瘴気の残存は幾分あるが、このぐらいなら少し手を加えれば生活するのに支障はない。


「どういうことだ?」

「だからね、朱明がやったんだって」


 今までの苦労が嘘のように下位の魔の消えたことに納得ができずに呟くと、隣で翆珀が待っていたかのように応える。


「わんさかいた奴等、ちゃんと言うこと聞くようになっただろ。朱明が支配下に置いて」

「それを信じろと?」

「ほ、本当だし」


 じろりと睨めば、両手を頭の後ろで組んで気まずそうにしている。


 確かに下位の魔を従わせることができている。

 記憶に欠落があるのは、魔力をそうしたことへと極限まで使った影響だという。


「………………そうか」


 鵜呑みにするほど俺はおめでたいわけじゃない。できるなら、とっくの昔にしている。誰かの力を借りたことぐらい容易に見当がついている。


 翆珀が肩透かしを喰らったような表情で頬を掻くが、問い詰めるとでも思ったのだろう。


「とにかく夜に眠れるようになったのなら構わない。あとはこの荒れ地をどうにかして住めるようにすればいい」

「朱明……………」

「何だ?」

「いいや」


 話をしたそうな割に口をつぐむのだ。口止めでもされているのだろう。




 *************************************************


  『朱明』


 娘の声に、また同じ夢を視ているのだと気付く。


『朱明……………朱明っ』


 人間ごときが気安く呼ぶな。

 そう言おうとするが、声が出せない。後ろから聴こえるのに、身体が動かず振り向くことさえ出来ない。


「く……………」


 情けない、苛々する。

 どうして自分の身体なのに言うことをきかないんだ。

 なんとか抗おうと試みるが、全く効果はない。その間にも娘の啜り泣く声は聴こえていて焦りが増す。

 早くしないと!


 こんなにも焦るのはなぜなのか。


『君を愛していた』


 あまりにも唐突で真っ直ぐな言葉に驚いて、一瞬思考が止まる。


 どんな顔をして、そんな言葉を吐き出したんだ?

 娘の姿が見たくて、でもそれは叶わない。


 腹が立って仕方なかった。何に?娘にか?それ以上に自分自身にだろう。



 悪態をつきつつ、寝床から起き上がるとまだ夜中だった。翆珀には言っておきながら、夜ぐっすり眠ったためしはない。毎夜、同じ夢を視るからだ。


「あの、女!」


 一度人の世で会っただけの娘が、こうも憎いとは。夢の中で、姿を見たわけではないが声からしてあの娘だろう。

 魔の世の変わり様に、あの半魔の娘が関わっていることぐらいさすがに察せられる。まして微量だが俺の魔力を保持しているのだ。何らかの力を有していると考えるのが普通だろう。翆珀達も娘を知っていて黙っている。俺が問うた時も白々しく誤魔化していたが、真実を言っているかどうかぐらい観察していれば分かる。


 苛立ちのままに口に持っていった手の甲に歯を立てる。


 欠落した記憶の部分を知りたくもない。

 知れば苦しい思いをするのが、何となく分かってしまったのだ。


 忘れたということでいいではないか。そのうちあんな娘のことも些細な事として思い出すこともなくなるだろう。


 今は、やらなければならないことが山ほどあるのだ。先だけ見ていればいい。


 歯を立てて血の滲んだ手を額に当てる。


 そうしたら、じくじくと痛むような訳の解らない胸の鼓動も治まるはずだ。






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