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裏切りの告白(朱明視点)

「契約術は、いつ解いてくれるんだ?」


 触れるだけの口づけを一つ交わして問えば、葵は少しばかり目を伏せた。


「私の願いを一つ聞いてくれたら、その時は……………」


 人の世に未練があるという。あんな生きにくい場所のどこがいいのか。本来なら図らずも葵を傷付けた奴等を野放しにしているだけでも許しがたいのに、案じる必要など皆無だろうに。


「命令ではなく、お願いなのだな」

「うん」


 無造作に括っただけの髪先を手に取り、乞い願うように葵がそれに自らの唇を寄せる。


 人の世に行って区切りがつくというのなら、最後の別れをさせてやってもいい。もう二度はない。

 葵を人の世に返す気など毛頭無いのだから。


 不満はあるが、こちらの世を助けてもらった礼だと思えばいい。


 だが、まさか俺に役目を押し付けてくるとは思わなかった。下位の魔は俺を主として命令に従うようになった。いや、命令よりも性質が悪い。俺の意思を感じ取り、声にするでもなく従うのだ。まさしく手足のように。


「面倒なことを押し付けたな」

「適任だと思うよ」


 満足そうに言う彼女の頬に指を掠めた。


 **********************************************


 人の世の雑踏に紛れて歩く葵の後ろを付いていった。店の仄かな灯りに照らされ、時折こちらを窺う横顔がどこか不安そうに見えた。


「家には帰らせないと言っただろう」

「分かっているよ」


 ゆらゆらと風になびく木の垂れ枝を眺めている葵の背中を捕まえる。このままふらりと遠くに行きそうで、早く連れて帰りたかった。


「葵、別れはすんだ。俺と来い」

「…………………………そうだね。ところで朱明、君は契約術の解術について何か知っているの?」


「どういう意味だ?」


 急に何の話だ?


「ねえ朱明、ここで契約を終わりにしようか」


 こちらを向いて顔を隠していた布を落とした葵は笑っていた。


「なぜそんな泣きそうな顔をする?」


 今にも泣き出しそうな無理した笑みに、考えるよりも先にその顔に触れて変えたくて手を伸ばした。


「動くな、朱明」


 指先を見つめ、触れる前に彼女が命令を発した。


「言葉を発することも禁じる、絶対だ」


 冷ややかで強い命令に、身動きできなくなる。

 そうして理解できた。


 どういう仕組みかは知らないが、葵は俺を手放す気なのだと。


「………………私は、夢を見たんだよ。美しい魔に出逢って女として生きる夢を。とても幸せな夢を…………」


 これが夢だと?


「人は人の世で。魔は魔の世で。私と君は属する世界が違う。私が生きる場所はここしかない」


 既に迷いはないのか、淀みなく術を唱える葵を見ていることしかできない。


「そんな顔しないで。元に戻るだけだから………」

「っ……………!っ!」


 声が出せないので抵抗する術も紡げない。ただ唇は動いた。


『何故だ?』

「なぜ…………なぜって」


 読み取った葵が、俺の手に自らの頬を擦り寄せた。


「君を愛しているから」


 まさかこうもはっきりと告げられるとは思わなかった。いとおしげに俺を見つめて、それが別れの言葉とは滑稽だろう。

 胸に刺さった告白は、喜びとは程遠い。


「好きだ…………好きだよ、朱明」


 おまえを、許さない。






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