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鳥籠の姫2(朱明視点)

 部屋に施した侵入防止の結界が、弾けて消えた。

 下位の魔を排除していた手を止めて、思わず背後を振り返る。


 何者かが部屋に?いや、中からか?


「どうした?」

「後を任せる」

「ええ?」


 翆珀が地に攻撃を続けながら問うが、説明している余裕はない。一言言い置いて城へと戻る。かなり魔を押し戻したから奴と何人かで持ちこたえるだろう。


 真っ先に自室へ向かい扉を開ける。


「葵…………」


 いつものように静かに寝台に横たわっているはずなのに、そこが空なのを見てざわざわと胸が波立った。シーツは仄かに温もりを残していて、俺は部屋を飛び出した。


 まさか逃げたのか?


 彼女の気配を辿りながら、不安に苛まれる。たかが娘が一人いなくなっただけで、何も手につかなくなるなど情けない。そう思いはするものの自制がきかない。


 やがて温室までやって来たが、食料確保の為に果実などを育てているその中、入って直ぐの辺りで葵が白麗に襲いかかられそうになっているのが見えた。


 咄嗟に白麗を魔力で吹き飛ばす。 


「何をしている」

「あ…………」


 床に転がり、上半身を起こした白麗が傷ついた表情で俺を見る。


「だ、だって朱明様」

「この娘に手出しするなと言ったはずだ。それに結界を張っていたはずだが……………破ったのは葵か」


 白麗が俺に好意を抱いているのは知っていた。だからこそ葵を憎むことも。

 俺の目の行き届かない所で、また同じ事を仕出かすかもしれない。二度と葵に可笑しな真似ができないように教えておかねばと、右手に魔力を乗せる。

 白麗が怯えて身を竦ませるのを、冷淡に見下ろす自分がいた。


「痛い目に」

「やめろ、朱明。少し黙っていろ」


 なぜ俺が咎められるのか、訳が分からない。

 葵が白麗を優しく宥める様子に、新しくお気に入りでも見つけたのかと変に気を揉む。葵の思考に自らも染められているようだ。


 だが色々と堪えかねて逃げ出した白麗を見送る葵が、さりげなく腹の傷のある部分を庇っているのに気付いてしまい、そんな些細なことはどうでもよくなる。


「すまない、折角借りた衣装を汚してしまった。部屋を出たのは空腹だったからで別に逃げようとかではないんだよ……………朱明?」


 ようやく閉じかけていたというのに、彼女の手を外して見れば傷が開いて出血している。服に滲む赤を目にして彼女を抱き上げて引き返す。


「平気だ。大して痛みも無いし、わあ!?」


 死にかけていたというのに何もなかったような葵が腹立たしい。


「ま、待て!口づけはもういいから!や、やめ」


 こんなに俺を振り回して。


 沈黙を命じられているままなので、何も言えずに寝台に転がした彼女の上にのし掛かる。


「朱明、衣装が濡れているじゃないか!身体が冷えるだろ、脱いだ方が……………」

「……………………」

「ちがっ、何でもない!あ、やだって」


 血を与えるつもりだったが、どうやら俺は葵が意識を取り戻して変わりなく話したり動けることにホッとしているらしい。葵の間の抜けた言葉に力が抜けて、ようやく分かった。ただ葵に口づけたかっただけだ。


「っ、朱明」


 抵抗もできなかったくせに今更恥ずかしがる彼女に、代わりに傷を付けた指を唇へと差し出す。


「………………馬鹿、むやみに傷をつけるんじゃない」


 俺の行動をどう思ったのか痛そうな顔をした葵が、おずおずと俺の指を紅い唇で食むと軽く吸う。


「っ」


 ゾクリと甘美なものが背を走り、その唇に釘付けになる。


「助けてくれてありがとう。もうこれ以上血はいらない。少し傷が開いただけだから、じっとしていたらじきに良くなるから…………いいよ、話して」

「死にたいわけではないんだな?」

「そんなわけないよ」


 心中を溜め息に紛らせ隠して何喰わぬ顔を作り、彼女の服をたくし上げる。


「ちょっと、何を!」

「動くな」


 逃げようとするのを押さえ込み、傷の手当てをする俺を葵が目を丸くして見つめる。



「………………もしかして、ずっと手当てをしてくれていたの?」

「人間の怪我の手当てなど、どうしたらいいか分からない」


 包帯を巻こうとすれば、身を起こした葵が服を胸の位置で上げて顔を横に向けた。羞恥を堪えるその扇情的な姿を楽しんでいることを葵は知らないだろう。


「着替えられるか?」

「う、うん」


 白い絹地の上衣を渡せば葵は素直に受け取り、俺が離れた位置にある窓に移動して外へと視線を向けるのを確認しただけで、さして躊躇いもせずに着替え始めた。


「なぜ俺を庇うようなことをした?」


 まだ痛むだろうに、普段通りに美しく背を伸ばし姿勢の良い後ろ姿を見つめる。


「朱明が怪我をするのが嫌だったから。私が君を止めた。だったら私が君を守らないと」

「俺が、人間相手に怪我などするわけがない。主を守るのは分かるが、主が従魔の身を守るのはおかしいだろう?」


 白いうなじが小さく傾き黒髪が流れていく。


「そうだね、でも君が傷つくかもしれないと思うだけで嫌だと思ったから。そんなことになるぐらいなら…………私が傷つく方がずっといい」


 考えながら話しているのだろう。ポツリポツリと吐露される言葉は、彼女自身もようやく知り得た想いなのか。


「君が無事で本当に良かった」


 そこに嬉しさが純粋に含まれているのを感じ取り、返す言葉を忘れて俺は待った。


「……………誰かの為に死んでもいいなんて、初めて思ったんだ」


 本心を語っていると信じられた。

 音もなく近付き、一人納得したように頷く背を抱き締める。


「朱明?」

「……………………」


 こちらを向こうとするのを、顔を見られない内に引き寄せ胸に閉じ込める。


「……………………葵」


 自分がどのような表情をしているか分からなかった。


 やっと葵が本当の意味で俺に目を向けたのだと思うと、切ない程の喜びで満たさる。


 そっと背を抱き締め返されて、手に入れたことを噛み締めた。


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