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君に下す命3

「葵」


 星比古にグイッと腕を引っ張られて、朱明から離された。


「何するのです?今面白いところなのに」


 拗ねて睨めば、星比古も同じような顔をする。


「戯れが過ぎるぞ。仕事はどうした?」

「ああ、そうですね」

「いくら従っているとはいえ、相手は魔だ。そなた、あやつに馴れ馴れしくしすぎではないか?」


 私と出会って日が浅い皇子がよく言えるな。


「あれは私のものです。私がどうしようが構わないでしょう」


 言葉に詰まっているようだ。その間に朱明の方を向く。


「さて仕事だ………………朱明?」


 片手で顔を覆って佇んでいた彼は、私が名を呼べばギロリと剣呑な表情を浮かべたが、いつもより弱々しい。


「ふふ、そんなに警戒しなくても酷いことはしないよ?」

「……………おまえは……………もう喋るな」

「それは難しいね。ね、こいつを捕まえてて」


 命じれば、スタスタとそれに歩み寄った朱明は、さっきの私と同じように脚で踏みつけた。何度も。


「よくも………………よくも弄んだな!」

「八つ当たりは良くない」


 私への腹いせに力任せにぐりぐりと踏みつけている朱明に、星比古がゆっくりと近付く。


「そこに何がいる?」

姿を現せ(リ・セント)


 大きな黒い門扉に背を預けて唱えれば、蹲っているものが星比古達にも見えたようだ。


「これは何だ?!」

「魔ではありませんね。呪いや怨みの念の塊のようなものでしょうか」


 早朝とはいえ、警護部によって人の立ち入りが一時的に禁じられた門前は、良く掃き清められて手入れも行き届いている。見る限り内裏に相応しい厳粛な雰囲気だ。しかし私には澱んで冷たい空気が感じられ、中心にこの念の塊が見えていた。


「おそらく昔ここで揉め事に巻き込まれたかして殺された人がいて、その時の無念が残っていたのでしょう。そして長い年月をかけて他の良くない念を取り込んでこんなになった」


 醜悪な塊だ。初めは瘴気の類いだったものが、実体化して人に影響をもたらすまでになった。ぶよぶよしていて、人が蹲ったような形をしている。よく見れば小さな四肢も付いていて、全身の部位に時折目が現れてキョロキョロ動いている。


「数ヶ月前にここを通った時は、ここまでじゃなかったのにな。何か強い念を拾ったか」

「前から知っていたと?」


 星比古の言葉に小さな咎めが混じっているのを聞き付けて、私は薄く笑った。


「ええ、でもその時はもっと弱くてあまり害もないように思ったので」

「放っておいたのか?」


 見えない者の言葉だ。


「切りがありませんから」

「なに?」

「ここは伏魔殿。魑魅魍魎の棲み家でありますから、私一人では微細な念まで除去するには手が足りないのですよ。ご存知ありませんか、()()()()()?」


 そう言えば、心当たりがあるだろう星比古は青ざめた顔で黙った。内裏で育ったのなら、人間のドロドロした部分も嫌になるほど見てきたはずだ。

 それが溢れ返って、今もあちらこちらにわだかまっているのが見える。


「潰すか?」

「待って」


 朱明を止め、私は塊の前に座り込んだ。


「君、辛かったんだね?悔しかったり無念だったりしたのかな?でも、生きている人に害為すようになった君を放ってはおけなくなったんだ。ごめんね、君を解き放つことは僕にはできない。だからせめて安らかに消えて欲しい」


 人語が分かるのか、塊は小刻みに震えていた。


「楽になるからね」


 囁いて立ち上がり、驚いたような顔をして私を見下ろす朱明に頷いた。


「一息に」


 カッと赤い魔力が縦に流れた。

 朱明が塊に稲妻のような魔力を突き刺せば、それは一瞬の後に霧散した。


 暖かい風が吹き抜けて、隅にひっそりとある梢の緑が揺れて葉音を立てている。


「ごめんね、朱明。僕にはこういったものを一時的に封じたりはできるけれど、根本的に消すには君のような魔の力が必要なんだ。汚れ仕事だけれど、今後もよろしくね」

「おまえは………………」


 茫然としている星比古達から見えないように姿を消した朱明は、奇妙なものを見たかのように私を観察する。


「ん?」

「あんな念如きに謝るなど……………おまえなら、もっと容赦なく痛め付けるのかと思っていた」

「仮にも人の無念の塊だ。そんな酷いことはしないよ」

「俺はされているのだが」


 私が歩き出すと、横についてくる。言葉だけで歯向かうとは、進歩したな。


「ああ、君は僕のものだからね。君だけは唯一僕が自由にしていい魔だから」

「この……………っ」


 かあっ、と顔を赤くするのを横目に眺める。飽きないな。


「いい加減覚悟を決めなよ。僕が君に殺されるか、寿命で死ぬまで君は僕から離れられないんだ」

「途中で契約術を解いたらいいだろう」

「それは無理かな」

「なぜだ!?」


 苛立ちのままに朱明が睨んでくるのを、穏やかに受け止める。


「君のこと割りと好きだからね。離したくないんだ」


 そう言ったら、毒気を抜かれたような顔をした。

















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