盲目的な3(朱明視点)
「なんで…………こんな」
床にパタパタと血が滴り跳ねるのを、翆珀が呆然と見て呟いている。
「何があったんだ?!どうして怪我なんか」
「白麗!手伝え!」
問いに答える余裕などなく葵を寝台に下ろしながら大声で呼べば、突っ立っていた白麗が弾かれたように近付き彼女の服を緩める。
ベッタリと血にまみれた肌にある傷口を探り、止血を施す為に押さえると葵が小さく呻いた。
「葵!」
血の気を失ってはいるが、生きている。
「人間の治療なんてしたことが…………」
人間の世のように医者などいない。
白麗も困惑しているが、長い間に培った知識だけはもて余しているはずだ。他の魔の協力もあり何とか処置を進めるが、俺にできることは限られていた。
「葵………葵………」
固く目を閉じたままの彼女の両頬に触れれば、ひやりと冷たい。血に汚れてしまった頬を見つめ、次に己の手に視線を移す。
「朱明様?!」
白麗が声を上げる横で、手首に牙を立てれば血が細い流れとなって滴った。加減できずに深く傷付けてしまいズキンズキンと痛みが走る。
「飲め」
顎を掴み口を開けさせて指から零れる血を飲ませようとするが、首筋を伝うばかりで上手くいかない。
頭の片隅にあの日の情景が浮かんだ。暴力的なまでに無理矢理に飲まされた彼女の血は、それでも甘かった。
自らの血を口に含み、葵の唇に吸い付くように重ねる。彼女と契約術で結ばれた時のように、血を今度はこちらが飲ませる。
葵の血に魔力があるのなら、俺の血を与えればそこに含まれる魔力に反応して更に増幅できるかもしれない。
こくり、と喉が動いた。咳き込みながら、もう一度飲み下した。
もっと飲ませなければ…………
「待て、少しだけだ!あまり与えすぎたら人の血が受け付けないぞ」
翆珀に肩を掴まれてハッとして身を離す。
「この子の魔力を引き出して傷の治りを速めるんだろ?」
翆珀が状況を理解したようで、俺に諭すように話しかける。
「血をあげるなら少量ずつにしろよ。人間の血も引いてるんだから気を付けないと。それにそもそも効果があるか分かんないんだから」
聞き流しながら浅く呼吸する葵を見つめていたら、傷を縫い終わった白麗が俯いたまま告げた。
「……………出血は止まったようです」
「そう、か」
効いた。
「助かりそうか?」
翆珀の問いに、立ち上がった白麗の代わりに他の魔が頷いた。
安堵の溜め息を吐き出し、葵の額に額を合わせた。
「……………そんなに」
見ていた白麗がそう言い、部屋から駆けるように去って行った。
「白麗、おーい」
「翆珀」
後を追う翆珀を呼び止めると、頭を掻きながらこちらを振り返った。
「はあ、何?」
「俺はしばらく葵の傍から離れられない。下位の魔の排除を任せる」
「ええ?」
「結界にかなり近付いている。急げ」
ここに彼女がいる以上、魔の世を終わらせるわけにはいかなくなってしまった。
彼女の手を握り、グッと目を瞑る。
「頼む」
「え」
俺の言葉に翆珀は目を見張った。そして、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「いいね、その言葉。じゃあ貸しだからな!」
と、行き掛けて一度戻ってくると葵の頬を手の甲で撫でた。
「姫さん、早く良くなれよ」
「行け!」
こんな時にからかっているとは、後でおぼえているがいい。俺を見ては可笑しそうにして出て行くのを睨んでおくが、直ぐにどうでもよくなる。
血塗れの寝台を清め、葵に包帯を巻いて血を拭い衣服を整えるのを手伝ってくれた他の魔も下がらせれば、彼女の呼吸だけが微かに聴こえた。
声が、聴きたいと思った。
どんなに残酷な言葉でもいい。いつもの傲慢な命令でも構わない。例え俺を拒む言葉でも、葵の唇から発する声ならそれでいい。
彼女がいなくなるより、ずっとマシだと思い知った。
「葵」
俺の手が届く場所へと連れて帰った。次第に落ち着いてきた俺は、その事実を噛み締める。
二度と放してやるものか。
再び目を開けた時、俺に囲われたことに気付いた葵は何を思うのだろう。




