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盲目的な2(朱明視点)

 契約術のせいで、俺は常に主と精神的な繋がりがあるらしい。どんなに距離があろうが、葵の危機は敏感に察知するし、彼女が精神的に衝撃を受ければ伝わってくる。

 だから見なくてもいいものまで見てしまう。


 額を合わせて語り合う星比古とかいう人間の男と葵。

 父親からの命に意見することもなく受け入れた彼女に、我を忘れるほどの怒りに支配された。


「星比古様?」

「先程の話は建前に過ぎぬ。私はそなたを慕っているのだ。だから」


 なぜ抗わない?


「だから道具になれと?」

「朱……………!」


 いつもは俺の気配に直ぐに気付くはずの葵が驚いてこちらへ目線を上げ、男から急いで離れた。その狼狽ぶりに余計に神経が逆撫でされる。


「葵の気持ちなどお構いなしで勝手に決めておいて、よくも言えたな!」


 この男、消してやろう。なぜ今までそうしなかったのか。


「星比古様!」


 目敏く察知した葵が星比古を突き飛ばして、俺の攻撃から守った。


「おまえもおまえだ、葵!」


 拍子によろめき膝をついた彼女を足元に見下ろす。


「俺がおまえの下僕なら、おまえは道具だ!おまえには自分の意志はないのか?周りに生き方を決められて、なぜ腹が立たない?抗おうとしない?!」

「私は神久地の人間だ。家の為になるなら従うまで、っう!」


 俺はこんな人形を主としていたのか。


 着物の合わせを掴み乱暴に引き上げれば、くぐもった呻きを漏らして葵が見上げてきた。


「誰のものにもならないと言った癖に、最初からおまえはおまえ自身のものではなかった。滑稽だな、葵!」


 そう嘲ってやれば、途方に暮れたように唇を歪ませた。


「私に、どうしろと言うんだ」


 まるで置いてけぼりを喰らった子供のような顔を見て、言葉を呑み込む。


「聞くな、葵!」


 叫びながら振り下ろされた刃を難なくかわして、手荒く解放したら咳き込みながら葵は男に首を振った。


「星比古様、止めて!」

「すまないが聞けない」


 合図と共に、庭の奥と屋敷から武装した者達が現れた。最初から仕組まれていたことぐらい知っていた。


「葵を惑わすのならここで滅するのだ、魔よ」

「人間のやりそうなことだ」


 俺を殺せるとでも思っているのか。これだから人間は浅はかだというのだ。


「だ、ダメだ。誰も殺してはいけない!朱明、戻るんだ!」


 さすがに葵だけは心配する方向が違うようだが、もう命令に従うつもりはなかった。


「………………嫌だ」


 契約術の縛りに、こちらも術をもって反発すれば愕然としていた。


「俺はおまえとは違う。自らの意志に従う」


 庭に下りれば、兵が退路を塞ぐようにする。俺を葵に利用させるように差し向けて邪魔になったら排除するのか。


 できるなら、そうしたらいい。


「朱明!」


 幾度も降りかかる矢を魔力で跳ね返して、そのまま射手へとお見舞いしてやる。


 どいつもこいつも気に入らない。


 柱に寄り掛かる青白い顔色の娘を横目に見やる。


 ここにいる全ての者を殺したら、おまえは自由になるのだろうか。俺を憎む代わりに、心を解放するのだろうか。

 自由に生きる術を持たないのなら、それで良いのかもしれない。


 濡れた地面にまた一人倒れていく。


「朱明……………」


 雨音と喧騒に紛れて、泣きそうな声を拾った。


「葵、命じるのだ」


 葵の父親が、また彼女に何かを強要している。

 柱を引っ掻くようにして苦しげに顔を背ける葵に、ふと俺を殺せるのは彼女だけだと思い出した。

 ああ、そうか。そういうことか。


「もう止めろ朱明!誰も傷付けるな!」

「っ!」

「攻撃するな!」


 魔力を放とうとしたところに葵が叫んだ。動きを止められれば、星比古が見計らったように前へと躍り出て、刃を構え直した。その刃先を見つめたら可笑しく思えた。


 血迷った挙げ句、元凶となった女により俺は人間などに傷つけられるのか。

 葵が俺を…………殺すというのか?


「あ、うぐ!」


 ふわりと目の前を艶やかな黒髪が横切った。力を失って俺に凭れるようにして倒れる娘を咄嗟に抱き止める。


「葵…………………」


 彼女の横腹から流れる赤を認めた途端、息が詰まった。


 葵、葵…………なぜ、おまえが?


 あんなに彼女の存在を消したいと願ったのに、傷付いた葵にゾッとした。

 ドクンドクンと鼓動が早鐘を打つようで、息をしづらい。

 俺は怖い、のか?

 葵がいなくなることがあまりに恐ろしく、そうなることに怯えているのだと……………俺は身をもって自覚した。


「………………行け…………朱、明」


 俺の腕を懸命に掴み、振り絞るように命令される。遠退きかけた意識を繋ぐように薄く目を開けた葵を見つめる。

 俺を映す瞳には、先程までの迷いは見当たらない。ただ俺を案じているのを感じて、その身を抱き上げて了承する。


「分かった」


 その一言に、葵が柔らかく微笑んだ。

 これでいいとばかりの安心した笑みに、締め付けられるような胸の痛みで堪らなくなった。


 触らせない。


 意識を手放した彼女を強く抱き締める。名を呼んで葵を奪おうと手を差し出す者達から離れると翼を広げ空中へと飛ぶ。


 誰にも触らせない。彼女を煩わせる全てが届かない場所に今度こそ連れて行く。




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