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盲目的な(朱明視点)

 自室の長椅子の肘掛けに脚を乗せて寝そべり、弱くも絶え間無い雨音を聴く。開け放した窓からは、サアアと細かい雨粒が風と共に入り込み、白いカーテンがはためいていた。

 箱庭とも呼べる俺の結界内では純度を保つ水滴も、その外側の世界では瘴気を孕んだ黒い液体を空から垂れ流していることだろう。


 ノックも無しに扉が開く気配がしたが、そのまま薄く目を開けていれば翆珀が視界に入った。


「で、あの子どうなったわけ?」

「うるさい」


 考えたくもないことを、いきなり切り出されて不快でしかない。


「何偉そうに言ってるのかな。女の子一人連れてこれないって、どういうこと?」

「………………どうでもいい」


 あの夜のことが嘘のように、葵は俺を従魔として淡々と使っていた。一匹一匹、指示通りに馬鹿丁寧に消しながら、彼女の背を、横顔を眺めていた。

 冷ややかで突き放すような態度を取りながら、それでいて自らの言動を悔やむように沈んだ表情をする。俯いてしまう彼女を黙って見守る中で、そんな顔をさせているのが俺のせいだと思うと冥い悦びを感じていた。


 そんなことを愉快に思うなど、俺も大概疲弊しているのだろう。葵とのやり取りは気持ちを磨り減らすように重くて、やるせないものだったから。


「どうでもいいだと?よくそんなことが言えたよな、おまえの親のせいで…………」


 ハッとして翆珀は不自然に言葉を切った。

 昔は「親の負債を、なぜ子が背負わなければならない」と食って掛かるようなこともしたが、今はいちいち腹を立てるのも面倒だった。


「あ…………朱明、すまない。充分助けてもらったのに」

「いい」


 バツが悪そうな奴の顔を見上げているのも気持ちが良いものではないので、目を閉じて横を向いてやる。

 いつも冗談ばかり言って何だかんだで場を明るくさせてしまう翆珀だが、こんな風に埒が明かないことを漏らすなど珍しい。


 それだけ葵が来ることを望んでいるということか。


「……………たとえおまえが動けなくなっても、義務は果たすから気にすることはない」


 この世が下位の魔のみの世になろうが、その時はその時だと内心思う。簡単には消え行く身ではないが、できれば最期は自由になりたいものだ。


「あの子のこと好きなんだろ?」


 まだいたのか。

 相手にしたくなくて眠ったふりをしていたら、重ねて問われる。


「心をどこかへ飛ばしたように、ぼうっとして……………好きなんだろ?」


 解ったような口を叩くな。


「いいや、今でも憎い」

「憎いの?」


 好きなわけがない。そんな単純な気持ちなら、あの娘に囚われて喜ぶこともできただろうに。


「俺はあの娘の存在自体が憎い…………いなくなればいいと願っている」

「それは…………ええっと」

「これ以上余計な口を出すな。黙って待っていろ」


 翆珀が困ったように唸った。


「あのさ、朱明はそれでいいかもしれないけど、俺達は彼女に今すぐにでも来て欲しいんだよ。連れてこないなら、俺が連れてくる」

「…………………」

「あの子に頼み事をするのが嫌?それとも白麗の言ってたような理由?それかこの世のことを見放したのか?ついでに自分の気持ちとあの子のことで頭が一杯とか?」

「翆珀」


「全部か」と、翆珀は呟いた。声音に同情のようなものが混じっているのを感じて目を開けて睨み付けようとしたら、存外に悲しそうに眉を下げていた。


「おまえと心中する気はないっての」


 肩を竦めてから出ていく奴を見届け、身体を起こした。

 額を手で押さえれば、乾いた笑いが溢れる。


「……………なんてザマだ」


 窓から入り込んだ雨が絨毯に染みを作っていた。


 どうせ逃れることすら許されないなら、ただの従魔として余計な感情も行動も封じていよう。葵が自分から俺に縋るまで、こちらも突き放せばいい。

 そう思っていた。


 だが…………


「慎んで、お受け致します」


 どうして俺は、葵に憎む以上のことを求めたのか。

 こんなにも許しがたくて耐えられない怒りを持たねばならないのか。


 俺は自分を殺したい。何度も俺の心を裏切るような女を、盲目的に乞う自分を。










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