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主への反逆3(朱明視点)

「ん………………」


 合わさった唇の隙間から吐息混じりの声を流し、思わずといったように俺の肩の辺りを葵が掴んできた。


 この娘との邂逅は俺の汚点だ。憎らしくて仕方ない。ちっとも思い通りにならず、まして手に入らない。利用価値などあっても利用できなければ意味がない。焦燥感と苦しさばかりで、何の得もない。

 それなのに…………それなのに!


 舌を差し入れれば、彼女は息苦しげにしながらも唇を開き受け入れる。それどころか俺の頭を掻き抱くようにして、ねだる素振りを見せた。


「ふあ………………ん…………は」


 跪いた状態では、唇を合わせるには彼女の方が深く屈まなければならない。

 それを葵は拒まないのだ。拒まない………拒めない理由を、俺はもう疑わない。


「そんな表情もするのだな」


 唇は、言葉よりも素直だ。

 濡れた唇を差し出す彼女に囁けば、蕩けた表情のまま熱い息を漏らしている。


「は……………朱明」


 唇を離せば切なげに名を呼ばれて、甘苦い想いのままに背に手を回して抱き寄せる。


「分からない………………自分のことも君のことも」

「………………俺もだ」


 苦しげに吐露する葵に、自分も同じだと感じる。もう打算も何も考え付かない。今、彼女の鎖骨に顔を当て、脈打つ血潮に意識を向けるだけでどうでも良くなる。


「俺はおまえの心の深淵を、まだ覗き見てはいない。今力ずくで全てを暴くことを、おまえは拒むだろう」


 この想いが何なのか。甘ったるいものなどではない。純粋でなく、苦しく、名を付けるには曖昧だ。

 こんな想いを抱えて生きるには、俺の命は長すぎる。

 もう終わりにすればいい。


 腰へと下ろした腕の力を強めれば、葵は俺を抱きしめていた腕を逆に解いた。


「………………今夜のこと、忘れてくれ。僕は疲れておかしくなっていた」

「……………………」


 命じられたわけではないので忘れはしない。だが終わりにするなら彼女の言葉を肯定したらいい。


「僕を、そんな目で見ないで欲しい」

「あくまでも今まで通りの主従関係を望むか」


 自分は、やはりおかしくなったとしか思えない。報われない予感しかしないのに。


「一つ覚えておけ。おまえが俺を下僕として扱う限り、俺は決しておまえのものにはなれない。なぜなら対等でないからだ」

「そんなわけない。君は僕のものだ」


 それもいいかもしれないと煮えた頭で思いかけて留まる。


「いいや、違うな。おまえが俺のものにならないなら、おまえは本当の意味で俺を手に入れることはできない……………葵」


 その唇を親指でなぞり、先程のことを忘れたように振る舞う彼女を見据える。


 妥協も屈服もしてやるものか。


「わからないなら今に俺が引き出してやる。姿だけでなく、心の内までごまかしているおまえを暴いてやる」


 おまえも苦しめばいい。抗って抗って、いつかそちらから乞えばいい。

その時には、きっと。


「その時は……………諦めて受け入れてしまえ」



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