熱に侵される3(朱明視点)
「ぷはっ、あ、何を」
驚いた葵が首を振って逃れようとする。濡れた唇が酸素を求めて喘ぎ、潤んだ瞳が羞恥と戸惑いに揺れるのを見れば、ゾクゾクと頭が痺れるようで目的が遠退きそうになる。
「口を開けろ」
これは治療だと自らに言い聞かせつつ、頭を抱え込むようにして固定して唇を強引に合わせる。無理矢理抉じ開けて微量な魔力を口内に流す。
「ん、は…………!」
体内に潜む魔を魔力で絡め捕り引っ張れば、苦しげに呻いた葵の口まで上がってきたそれに歯を立てる。
畳に手を付いて息を整える彼女から離れて、もがいている魔を吐き出して直ぐに焼き尽くす。
「…………………………………」
「………………………………」
一度手の甲で口元を拭って、そこから動けなくなってしまった。自分の心の臓が激しく鼓動を打っているのが急に分かって、葵が見れない。どんな顔をすれば良いのか。
「………………しゅ、朱明」
「何だ」
強張った葵の声に、わざと冷たい声音で返してようやく顔を上げれば、葵はぼうっとした様子で礼を言ってきた。
「朱明、こっちに来て」
唇を奪われたことは気にならないのだろうか。
さも当然とばかりに両手を俺に差し出して命じてくる。
「僕を連れて行け」
意味を呑み込めないでいると、「まだ脚に力が入らないんだ。でも水羽のところへ行かないと…………朱明、聞いているか?」と何事も無かったように話し手招きする。
「通常運転か」
「ああ、さっきので僕が動揺するのを見たかったかな?平気だ、僕は気にしていない。君もすまなかったね」
期待していた訳ではないが、何も伝わらなかったとは。
「……………他に言うことはないのか」
「君に唇の感想を述べている場合ではない。ほら膝をつけ」
この娘は余計なことは言うのに、女らしい恥じらいはないのか。
抵抗できずに膝を付きながら内心悪態をつく。
「手を……………そうだな、私の肩の下と膝裏を支えろ」
よろよろと命令に従うと、首に両腕を巻き付けて引っ付いてきた。
「しっかり支えろ。それで優しく抱き上げるんだ……………よし上手いぞ」
「くっ、黙れ、これくらいできる!」
「落とすなよ、壊れ物のように大事に扱うんだぞ」
「つけあがるな!」
魔を取り除いたとはいえ本調子ではないからか、葵は俺の胸に頭を凭れて身を委ねてきた。言葉とは裏腹に庇護欲を掻き立てられて、抱き上げる腕に力を込めてしまいそうになるのを懸命に堪えていた。
「………………重かったらごめん」
控えめな呟きを聞いて、顔を見れば恥ずかしそうにしている彼女と目が合った。
「そう感じた時点で捨てる」
唇をキュッと引き結んでいたが、俺が横を向いたと同時に顔を隠すように埋めてくる様子に、やはり女なのだと次の言葉を聞くまでの一瞬だけ思った。
「君が僕を捨てることはできない。僕がいいと言うまで、しっかりと僕を抱えてろよ」
やはり葵は葵だった。
そのことに納得しつつ、残念な気分が湧く。
肩に触れて抱き上げれば軽くて頼りないぐらいなのに、その唇から放たれる言葉は俺を苛立たせることばかりだ。その端々から下に扱っているのだとばかりの響きを感じる。
「人間であることが、それほど大事か?」
「…………………分からない」
通れないと躊躇する葵を抱えたまま次元に脚を踏み入れれば、すんなりと通ることができた。
予想通りだった自分に対し、葵はそのことに衝撃を受けていたようだった。
「ねえ、朱明。僕は何者なんだろうね」
「…………………おまえは葵だ」
自分は自分だと言うのに、人であろうとする葵が不思議だ。その枠から抜け出せば楽になると俺は知っている。
魔の世を混乱に導いた母親により、俺は長年に渡りその罪を肩代わりさせられてきた。なんとか下位の魔を魔力で抑え込んでいた母が死に、血が繋がっているというだけで俺は矢面に立たされてきた。侮蔑や怒りを向けられたこともあるし酷い扱いを受けたこともあった。
幸い魔力が強かった俺は、そうした奴等を排除し自分を認めさせてやった。今懐にいる者だけを守って魔の世を保っているのは、俺の意思だ。
親がどうとか血がどうとか、俺には関係ない。
それは葵も同じではないのか。
「どうして………………僕を助けてくれたんだ?」
「力をつけていたとはいえ、たかだか下等な魔に俺の主を名乗る者が憑かれるなど虫酸が走る。それにあんな弱った状態のおまえを殺すなど物足りなくてつまらないからな」
「そうか、ではいずれ僕を殺すんだな」
そうやってまた挑発する。それにはもう乗らないつもりで無視してやったら、スリスリと甘えるように首の辺りに頬を擦り付けてきてビクリと身体が跳ねてしまった。
「朱明は、意外に優しいんだな」
「は、っ、はあ?!」
無意識に翻弄するのだ。この娘は、性質が悪い。




