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初雪の日に君を欲す

 私は彼をもっと求めていいのだろうか。醜いと思っていたこの欲を彼も私に感じてくれているというのか。



 私の肩に降った雪が、淡い風に吹かれてサラサラと軽やかに滑り落ちて行った。


「いいの?私………………今度は君を逃がしてあげられないよ?」


 最終警告のつもりだったに、彼はまた一歩私へと近付いてきた。


「おまえが俺のものになるのなら、甘んじて受け入れてやる」


 そこに屈辱の色は無く、私だけを見つめる暁には純粋なほどの熱が揺らめいていた。


「葵、おまえは俺が魔の世に必要な存在だと言ったな。だが、おまえは?」

「え?」

「おまえは俺が必要ではないのか?」

「………………朱明」


 必要だ。いらなかったら、こんなに苦しまない。


「私は……………」

「俺はおまえが必要だ。人の世も魔の世も知ったことではない。おまえがいる世が必要だと、どうして気づかない?」


 目が醒めたような気がした。こんなに単純な答えを見出だせなくてさ迷っていたなんて。


「君は、私がいる世を選ぶというのか?」

「そう言っている。おまえはどうだ?俺はおまえの()()を見たい」


 強い意思を込めた瞳を向けられて、私は命じることも拒むことも放棄した。

 だって朱明がいなくて寒くて仕方なかった。私を満たす唯一の温もりが恋しくて恋しくて、本当はおかしくなりそうだったのだから。


 朱明がいつか暴くと宣言したそれ。胸の内に潜ませた想いは、涙と共に溢れて流れ出ていった。


「私も……………私も朱明が必要だ!君が傍にいるなら、どこだっていい!」


 左袖を星比古がずっと握っている。強く引かれても、私は朱明だけを見ることができた。


「君が欲しいよ、ずっと欲しかった。本当は死ぬまで君を離したくない。ずっと私のものだ!」


 朱明以外、何も見えない。今全てをかなぐり捨ててもいい。言葉に想いを乗せて吐き出すことに、もはや私は迷わなかった。


「君がいいと言うのなら、どうか私のものでいて」


 フッ、と彼は息だけで笑ったようだった。一度目を伏せてから、朱明は私へ向けて手を差し出した。


「殺そうかと思っていた最初から、どうやら俺は知らない内におまえのものだったらしい。おまえを忘れていても離れていても、それでもおまえのものだ……………気付かなかったのか、葵」


 一番上に纏っていた婚礼衣装を私が肩から落とすと、それは重たげに星比古の腕の中に納まった。

 こんなに身体が軽くなったのを久し振りに感じるなんておかしなものだ。


 朱明の手よりも奥、私は彼の胸に飛び込むようにして抱きついた。


「朱明!私の……………朱明!」


 必死で彼の背中に腕を巻き付ければ、息が苦しくなったのは私の方だった。


「ようやく俺のものだ」


 朱明が強く私の耳に吹き込む。その声音は隠し切れない歓喜で震えていて、隙間無く抱きしめられた私の身体中に温もりと共に伝わっていった。


 だが急に素早く抱き上げられたと思ったら、朱明の背中に魔が再び壁を作った。


「私達を裏切るのか、葵!」


 父上が突き付けた刀が壁に弾かれたのが、朱明が振り返ったことによって目に入った。


「葵!父を見捨てるのか!」

「父上」


 刀を振り上げては弾かれて、父上は私を睨み付けて叫んだ。


「神久地を見捨てるのか!」

「葵を利用していただけだろう、よくもそんなふうに言えるものだ」

「我が子なのだ、当然だ!」


 冷ややかに返した朱明に、目を血走らせた父上が斬り掛かる。


 利用されていることは分かっていた。でもそれだけではなかったから私は何も恨んでいない。戻ってきたあの日、裸足で家から出て来た父上をこの目で見たのだから。


動くな(アク・レ)


 決して大きい声ではないが、私ははっきりと命じた。

 刀を握ったまま動けなくなった父上が、信じられないとばかりに目を見開く。


 ギュッと朱明の首に掴まって、自分の心がとても静かなことを自覚する。


「父上、育ててくださった御恩忘れません。鈴音も、ありがとう」


 部屋の隅で泣きながら頷く姿を視界に入れていたら、星比古が無言で歩み寄ってきた。

 そっと父上の手に手を添えて刀を外して、それを床に放った。


「…………………宗一朗殿、もういいでしょう。葵を自由にしてあげましょう」


 術を解けば父上は膝をついて力無く項垂れてしまった。片手に私の衣装を抱いたままの星比古は、その隣に立って淋しそうに笑った。


「葵、そなたが幸せならいいんだ」

「……………貴方にも感謝を」

「もう行け」


 私が頷くと、人の世は直ぐに遠いものとなった。


 ************************************************


「くっ、何だこれは」


 苛立つ彼の指が帯紐を引っ張れば、更に堅く結び目を拵えた紐は解けなくなった。私はクスクスと声を立てて笑いながら、代わりに彼の襟元の留め具を外していった。

 スルスルと上着を脱がして、逞しくも美しい身体に見惚れる。


「綺麗だ」

「またそう言うことを」


 まだ結び目に四苦八苦しているのをいいことに、その胸に頬を寄せる。

 もう遠慮はしない。


「私のものだ、朱明」

「ああ、クソ!」


 二の腕に唇を当てて囁けば、唸った朱明が魔力で帯を切り裂いた。


「勿体無いことをするんじゃない」


 文句を言っている最中に押し倒されて、朱明が覆い被さってくる。余裕の無い手が私の着物を剥いで、熱い吐息が肌を擽った。


「葵………………」

「あっ」


 膨らみを掬い上げる掌に、欲しがられていることを思い知らされてゾクゾクとした快感が身体を巡った。

 その腕に閉じ込められて、この男の全てが自分のものなのだと喜びで満たされて身体がどんどん熱くなっていった。


「は…………口付けを」


 求めれば、忘れていたとばかりに直ぐに唇が合わさった。


「ん……………ふうっ」


 当初の計画とは上手くいかないもので、契約術で従わせた魔は本当の意味で私のものとなった。


「は、あ…………ふふ…………」

「余裕だな」


 私が笑ったら、強く肌を吸われる。所有印を受けながら、その頭を抱きしめて身を委ねた。


「好きだよ」


 その囁きに、朱明は顔を上げると私の耳に似たような言葉を返してくれた。

 微笑む余裕はそこまで。


 これから先この男のいる世でどう生きていくかは、ゆっくりと考えていけばいいだろう。常に彼が私と共にいるなら、他は大した問題ではない。


 やがて貪り合うことに夢中で背中にしがみついた私は少しだけ涙を溢した。嬉しくて涙が出るなんて知らなかった。


「朱明、君は私の…………」


 愛しいヒト。








 〈完〉











 

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