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主従ではなく3

 「日が暮れるのが早くなったな」


 内裏を退出し、駕籠に乗った私は小窓から外を覗いていた。


 婚姻の儀にあたり、私は結局入内することになった。それというのも、星比古が皇太子となる可能性が濃厚になってきたからだ。

 妻の家に婿となっては皇位は継げないので、私は正妃として内裏に迎えられることになったのだ。同時に星比古には急に縁談が多く寄せられたが、彼は全てを断り私だけを妃とすると公言してくれた。

 私としては世継ぎを産むのは荷が重いので将来的には側妃を迎えてはどうかと進言したのだが、珍しく腹を立てた星比古を見て暫くは話題にしないようにと思った。


 今日は、婚姻の打ち合わせが一日中あり、衣装合わせや段取りの話でひとまず終わった頃には夕暮れだった。


 沈みかける太陽の朱金は、いつも見とれていたあの瞳を思い起こさせる。秋の宵口に肌寒さを感じ自らの肩を抱いて眺めていたら、ふいに風切り音がした。


 ドスッと駕籠を貫通したのは矢で、それが私の顔の前の僅かな距離にあるのを目にして血の気が引く。


「姫様、襲撃です!」


 荒々しく駕籠を下ろされて、持ち手が叫んだ。


「どこから?!」

「右の方角、がっ!?」


 意を決して戸を蹴るようにして左に飛び出せば、腕を負傷した持ち手ともう一人が駕籠を盾にするように頭を下げて座っていた。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 見たところ深い傷ではない。手当ては後回しにして、襲撃者に集中する。

 最近は人間から命を狙われることが多くなった。こうしたことは今回が初めてではない。おそらく星比古以外の皇子の一人を推す派閥の差し金だろう。

 余計目立つからと内裏の衛士を断っていたのに、これでは星比古をまた心配させてしまうだろう。


 駕籠の上部に刺さった矢を見て、その軌跡を推測すると建物の屋根からのようだ。

 距離が幾分あるが、私の言霊は届くだろうか。声を張り上げようと大きく息を吸い込んだ時だった。


「モタモタしてんじゃないわよ」


 聞き覚えのある女の声がして、襲撃者らしき者が二人地面に落下してきた。


動くな(ア・クレ)


 咄嗟に動きを封じると、私の前にフワリと声の主が降り立った。


「白麗、久しぶりだね!」

「気安く名を呼ばないで」


 美眉をキッと釣り上げる彼女は相変わらずだ。


「助けてくれたのか、ありがとう」

「あなたの為じゃないから。私はただ恩があるから………に、兄様に言われて代わりに」

「そうか」


 ほんの少しだけ言葉遣いが丁寧になっているようだ。素直じゃないところまで可愛らしいとは。男のような私とは違うものだ。彼女のような娘になりたい。


 負傷した者の手当てをしていても、白麗は姿を消すことなく待っていた。


「向こうの世は、もう大丈夫なの?」

「ふん、あなたのおかげでね」

「良かった。翠伯は元気にしてる?」

「まあね、でもあの方に付いているわ」


『あの方』と言われて、ビクリと緊張する。

 白麗は私を睨んでいたが、何も言わない私に痺れを切らしたようだった。


「あなたに頼まれたから、あの方にはあなたのことを言ってないわ。下位の魔がいなくなったことは、あの方が消したことにしているし、その反動で記憶が曖昧になっているなんて都合の良い話に仕立てている。なんとか納得されているわ。でも…………」


 キュッと唇を噛んだ白麗は悲しそうだった。


「でも本当は混乱してるんじゃないかしら」

「白麗」

「あの方は時折ぼんやりして、呼んでも聞こえてなくて…………まるで心をどこかに置き忘れてきたかのようで。あんなふうになるなんて今まで見たことなかったわ。それなのに」

「もういい、黙って」

「あなたは酷い。残酷な人だわ」


 魔にそんなことを言われるなんて私ぐらいだろう。


「私はただ……………」


 いいや、これが彼の為になると思ったから。私がいない方が彼は自由だから。


「ヒトの気も知らないで、人間の世で力を奮って操って、さぞ楽しいのでしょうね。好きでもない男と結婚するなんてどうかしてるんじゃないの!?」

「白麗、それ以上は聞きたくない。まだ言うなら無理矢理黙らせるよ」


 やけに癇に障り、私は低く押し殺した声で牽制した。

 だが彼女は多分私にこれを言いたかったのだろう。泣き出しそうな彼女を見ていて、あの人は勿論、私まで心配してくれているんだとようやく思い至った。言い過ぎたことを悔いて下を向く。


「……………ねえ白麗、私が人間の世で人々の悪い感情を消していったら、少しはそちらの世に流れ着く魔が減るかな?」

「あなた…………」

「そうしたら君達も平和に暮らせる?私は…………役に立てるかな?」


 大きな目を更に見開いていた白麗だったが、しばらくして踵を返し私に背を向けた。


「馬鹿よ、葵」


 独り言のように呟いた彼女が姿を消したのを見送り、私は直ぐに気持ちを切り替えると転がったまま動けない襲撃者の方へ歩いた。

 彼等の主を言霊で従わす。


「誰の手の者だ?」


 人間によって下位の魔を増やしたりしない。私の力だけでは足りないけれど無力ではない。星比古を守り、より良い世を築き、人々の悪い感情を摘み取って、魔の世に流れていくのを阻む。


 生涯私はその為に身を捧げていく。













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