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女王の力

「我らの世を見捨てるのか、女王よ……………いや、光紫(こうし)


 濃藍の長い髪をそよがせた女が問う。それは問いというよりも確認の意味合いが近かった。


 光紫と呼ばれた女は、艶やかな漆黒を振り乱し、息絶えた伴侶の胸に突っ伏していた。


「…………………この方が寿命を終えるまで、ほんの一時共に生きたかった。ただそれだけだったのに」

「黙って姿を消しておきながら、戻ってくるなど信じられぬ」


 裏切られたと思った。よもや人間と契るなど、魔を統べるべき彼女は気でも違ったのだ。


「あなたを惑わせた人間は私が消した。これで憂いは無くなった。さあ、私と帰りましょう」

「いやじゃ」


 男に縋りついたまま、光紫は咽び泣く。


「この人を殺したそなたと共に行くことなどできようか。いっそ妾も殺すがよい」

「愚かな」

「殺せ」


 光紫の言葉の魔力は、下位の魔を良く従わせた。だが、高位の魔の中でも彼女に次ぐ実力を持つ自分には効かない。そして光紫は言葉の力を唯一持ち、それしか持ち得ない魔だった。


 好いた男も守れやしない女王。

 自分は女王の無二の友人だったが、常にその地位を妬んでいた。自分の方が強いはずだ。言葉の強制力があるだけで女王となるなど許しがたい。


 今回のことで、余計その想いは膨れ上がった。女王でありながら、よもや人間と。

 彼女が美しい透明な羽を隠して、ただの人間に成りすまし夜道を連れ立って歩くのを見て、怒りと憎しみで即刻人間を排除してやった。そうすれば光紫も自らの愚かさを思い知るだろうと。

 それなのに、こちらを見ようともしない。


「この子………………」


 光紫の着物の袖を握っている幼子へと苛立ちは向く。帯を掴んでつまみ上げると、光紫が悲鳴を上げた。


「何をする!返せ!」

「子まで為すとは……………あなたの邪魔にしかならないでしょうに」


 状況が分かっていないのだろうか、それとも放心しているのか。

 黒い瞳から涙も流さずに、自分をじっと見ている子供へと手を翳す。


「やめて!!」


 立ち上がり、子を助けようと腕を伸ばす光紫よりも、自分が子を屠る方が格段に速いはずだった。


「……………っ」


 でも、ほんの少しだけ躊躇した。自らの腹に宿る命と重ねてしまったが為に。

 何が起こったのか直ぐには分からなかった。

 光紫が我が子を抱いたまま、ゆっくりと倒れていった。


「………………光紫?」


 子が火が付いたように泣き出した。倒れたまま動かなくなった母親の血を浴び、その冷えていく身体の下でもがいている。


「あ…………私は…………」


「ああ!姉様!」


 自分の後を追ってきたのだろう。現れた水羽が光紫に駆け寄る。


 姉が既に事切れてはいるのを確認した彼女の決断は早かった。子供を抱き上げるや、何も言わずに自分の前から姿を消したのだ。


 きっと二度と自分の前には現れないはずだと漠然と思った。自分に向けた強い視線。

 どちらかが死ぬまで、姉想いの水羽は子を隠して守って逃げるのだろう。でも追跡する気にはならなかった。下位の魔が制御を無くして増殖するぐらい大したことではないだろう。これから自分が光紫に代わり、魔を統べれば良いのだ。


「馬鹿ね」


 足元の死体へと投げた言葉なのか自分でも分からない。或いは自分自身や水羽へか。


「本当に愚か」


 友人の亡骸に触れれば、さらさらと砂のようになって空中に溶けていった。






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