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狭間の者3

「そ、そんなこと言って機嫌を取っても無駄よ。朱明様に酷いことをしたあなたを許さないから」


 照れているのか、わたわたする女がやはり可愛い。


「私は言霊を使う血脈、むやみやたらに言葉を飾らない。本当のことを言っているだけだよ。君は可愛い」

「ひう?!」


 頬をつつくと、飛び跳ねるように驚いている。


「朱明のことは君の言う通り酷いことをしたと思っている。でもごめんね、まだ私のものだから好きにさせて欲しい」

「よ、よく恥ずかしげもなく言えるわね」


 意味が分からずに首を傾けていたが、触り心地が知りたいという好奇心から彼女の白い翼を撫でてみた。


「……………ふわふわだ」

「勝手に触らないでよねっ」


 甲高い声を上げて私から避けるように立ち上がったが、どうやら彼女の震えは止まったようだ。


「君は優しいんだね」

「は…………は、なあ!?」

「自分以外の誰かの為に、あんなふうに怒れるなんて優しくないとできないよ……………羨ましいな」


 彼女のように怒ることが私にはなかった気がする。自分の思うままに自由に感情を吐露できることを羨ましいと思う。


 ぽかんと口を半開きにして私を見ていた女だったが、私の後ろに朱明が近付くと、慌てて逃げ出した。


「しゅ、朱明様…………あなた、馬鹿にしないでよね!覚えてらっしゃい!」

「また名前を教えて欲しいな」


 元気になったようだ。白い羽毛を散らせて走って行く姿を、くすくすと笑いながら見送っていたら、朱明も私の為に怒ってくれていたなと思い出した。


「朱明、助けてくれてありがとう。だが女の子に手を上げてはいけないよ。ところでさっきの女性は朱明の知り合いみたいだけど……………」


 恋人では無さそうだ。女の方はまだしも、朱明の態度からして違うみたいだが、気になる。

 まだ沈黙を命じたままだったことに気付き、立ち上がり彼へと向こうとしたら、傷を押さえていた手を朱明がふいに掴み上げてきた。


「あ!」


 女に押し倒された拍子に傷口が開いて血が滲んでいる衣装を見られてしまった。


「すまない、折角借りた衣装を汚してしまった。部屋を出たのは空腹だったからで別に逃げようとかではないんだよ……………朱明?」


 色々と気まずくて言い訳がましく話していたら、私の傷を見ていた朱明が顔を曇らせていく。


「平気だ。大して痛みも無いし、わあ!?」


 素早く横抱きに抱えられたと思ったら、次元を開いて近道をした朱明は先程の部屋の寝台へと私を下ろした。そのまま手を付いてのし掛かって来て、彼の意図を知り慌てて顔を背ける。


「ま、待て!口づけはもういいから!や、やめ」


 無言で真剣な顔を近付けてくるものだから、何だか怖い。

 濡れた髪から水滴を垂らす彼を目にして、そちらを先にどうにかした方がいいと思い、肩を押し返す。


「朱明、衣装が濡れているじゃないか!身体が冷えるだろ、脱いだ方が……………」

「…………………」

「ちがっ、何でもない!あ、やだって」


 目を見開く彼に、間違えたと察して余計混乱してきた。

 尚もにじり寄ってくる唇に、枕に顔をくっつけるようにして拒んでいたら、諦めたのか身を引く気配がしてチラッと横目で確認する。


「っ、朱明」


 彼は自らの人差し指を噛み切っているところだった。そして直ぐに血の流れた指を私の唇へと差し出してきた。


「………………馬鹿、むやみに傷をつけるんじゃない」


 急に目頭が熱くなって、私はその指を一度だけ舐めてから両手で包んだ。


「助けてくれてありがとう。もうこれ以上血はいらない。少し傷が開いただけだから、じっとしていたらじきに良くなるから…………いいよ、話して」

「死にたいわけではないんだな?」

「そんなわけないよ」


 即座に否定すれば、朱明は安心したように溜め息をつき、今度は私の上の衣装を胸下まで捲り上げた。


「ちょっと、何を!」

「動くな」


 肌を見られることに羞恥を覚えて、慌ててずり上がって逃げようとする私の腕を朱明は片手で捕まえた。嫌がる私の腹の血を布で押さえて止血をし、薬らしきものを手際よく塗り始める。


「………………もしかして、ずっと手当てをしてくれていたの?」

「人間の怪我の手当てなど、どうしたらいいか分からない」


 抵抗を止めて問う私に、そんなことを言いながらも朱明は慣れた様子で包帯を巻き直した。衣装を押さえながらその様子を見守っていた私だったが、ふと思った。


「……………朱明、私の世話をどこまでしてくれたんだ?」

「さあな」

「さあなって、君………………まあいい」


 着替えや身体を拭くのまでしていたと答えられたら、それこそどういった顔をしたらいいか分からない。聞かない方がいい気がしてきた。

 動揺する私を、しれっとした顔で眺めてから手当てを終えた彼は、箪笥らしきところから着替えを取り出してきた。渡されたのは白い上衣だ。


「着替えられるか?」

「う、うん」


 朱明が寝台から離れた位置にある窓まで歩き外へと視線を向けるのを見て、身体を起こして背中を向けると上の衣装を脱いだ。


「なぜ俺を庇うようなことをした?」


 後ろから掛かる声に考える。

 あの時は身体が先に動いたけれど、私は……………そう、嫌だったんだ。


「朱明が怪我をするのが嫌だったから。私が君を止めた。だったら私が君を守らないと」

「俺が、人間相手に怪我などするわけがない。主を守るのは分かるが、主が従魔の身を守るのはおかしいだろう?」


 胸元の紐を結びながら、自分でも理由を整理する。


「そうだね、でも君が傷つくかもしれないと思うだけで嫌だと思ったから。そんなことになるぐらいなら…………私が傷つく方がずっといい」


 あの時ばかりは、迷わなかった。そのことが私はとても嬉しい。


「君が無事で本当に良かった」


 私は、朱明が大事なのだと思い知ったのだ。そのことに後悔もなく悔しさもない。


「……………誰かの為に死んでもいいなんて、初めて思ったんだ」


 自分で吐露したことに少々驚き、反面納得する。


「ああ、そうだったのか」


 一人頷いていたら、いつの間に近付いたのか私は背後から朱明に抱き締められてしまった。


「朱明?」

「……………………」


 身体ごと朱明へ向こうとすれば弛んだ腕に囲われる。

 顔を見ようとすれば、その前に強く引き寄せられて胸に閉じ込められてしまった。


「……………………葵」


 切なげに呼ぶ彼の声に押されるようにして、私は背中へ手を伸ばして抱き締め返した。


 ずっと朱明には自分のものだと告げていたのに、今この時ほど彼を近くに感じたことはなかった。こんなに満ち足りた気持ちになったことも。


 受け入れることが心地よいなんて思いもしなかった。


 その胸に身体を預けて目を閉じれば、離れがたくて堪らなくなった。












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