表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/81

狭間の者

 季節の変わり目に降る雨は、まだ止まないのか。

 水が跳ねる音がするのは、窓に雨が打ち付けているからだろう。ピチャンピチャンと絶え間の無い雨音を、目を閉じたまま聴いていた。

 雨が止めば、きっと涼しい風が吹いて過ごしやすくなるだろう。そうしたら軒下の風鈴は外そうか。


「………い………葵………聴こえるか?」


 ギシ、と音がして身体が沈むような感覚があった。

 微睡みに漂っていた私の意識が浮上していく。


 どうやら柔らかい寝具に横たわる私のすぐ近くで誰かが体重を掛けたのだろう。気配と視線に気付いたが、目蓋を開けることさえ億劫だった。


「葵」


 頬に暖かい手が触れたのは分かるが、身体が思うように動かない。


 だが私は生きている。

 そのことに少々驚いていたら、私に呼び掛ける声が急に懐かしくさえ思えた。


「おまえは死にかけていた。助けるには、俺の血を飲ませる必要があった。以前言ったが、魔の血には他者に影響を与える力がある。おまえが俺を従わせるのに血を飲ませたように、俺の血はおまえの受け継いだ魔の部分に反応して力を引き出す。魔の自己治癒力は人間よりも高いから、それを引き出して傷を治す」


 力を引き出す?

 私は人間ではなくなってしまうのだろうか?


「既に二度血をやった。一度に多量に摂取させられたら良いのだが、それでは今度はおまえの人間の部分の血が拒んで逆に身体を弱らせるかもしれない。少しずつ慣らすしかない」

「……………う……………あ」


 急に不安になり、私の顔に掛かる影を拒んで首を横に向けようとするが、頬を固定されているのと力が出ないのも相まって無理だった。言葉も上手く出ずに呻くしかできない。


 嫌だ、魔に近づくなんて。


 片手を上げて、触れた相手の身体を押し退けようとして指が滑る。


「外見は変わらないはずだ。不安に思うことはない」


 弱々しく抵抗を見せる私の手を掴み、朱明は自分の手を重ねて寝具に縫い付けるようにした。


「抵抗しても嫌がっても無駄だ。俺は死ぬことを絶対に許しはしない」


 私を殺そうとしていた彼から、まさかそんな言葉が出るとは。


「ん……………う」


 唇が合わせられて身を固くすれば、軽い音を立て直ぐに離れた。


「怖がるな…………少しばかり俺と同じになるだけだから」


 また名を呼んで、安心させるように一度目蓋に口づけをされる。

 私が意識朦朧としているから油断しているのか、朱明の声も行動もやけに優しい。

 そう感じたら、彼と同じになるなら良いかもしれないと思えた。


 私が力を抜いたのを見計らったように、再びゆっくりと唇が重ねられる。負担にならないように気遣かわれながらも、息継ぎの間に血を飲まされていく。


 温かい。

 意外なほどに嫌悪感は無かった。美味しいわけではないが、喉を伝うものが彼の血で、それが私の身体の中を変えていくのだと思うと恍惚とした震えが走った。

 そればかりか私は安堵している。

 あんなことになって恨まれていると思ったのに、朱明は私を助けようとしてくれている。


「……………は………ん、う」


 こくり、とまた飲み下す。


 ああそうか。我ながら気づくのが遅い。


「………………葵」


 口元で僅かに息を乱して囁くこの男に、私はとうとう捕まってしまったらしい。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ