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従魔の抗い2

「まだ完全ではないがな。そもそも葵の力は、元はと言えば魔の血脈から受け継いだものだ。人間と魔の血が交ざり合って為した特殊な力とはいえ、同じ魔である俺が何の対処もできないわけがないだろう?おまえと同等の強さの力を持ち、おまえの力を間近で観察して調べ上げれば強力な契約術も破れないことはない」


 思ったよりも衝撃だった。だが確かに朱明の説明は合点がいく。もしかして先程の書物は、私の力を調べていたのかもしれない。

 立場が逆転するというのか。いや、それよりも私が不安に駆られるのは…………………


「まだ残っているな」


 呆然とする私の隙をつくようにして、襟元の隙間から覗く淡紅の痕を指でなぞった朱明が、そこに唇を寄せる。


「あ…………………やめろ!」


 生温かい感触に驚いて両手を突っぱれば、私の言葉によって彼は顔を離した。


「ああ、やはりまだ契約術を破るのは不完全か」


 悪びれず自らの唇を舐める朱明から、襟元を直して顔を背けた。

 悔しい。今この男は私を立場的にも見下ろそうとしている。


「……………いつから、知っていた?」

「何を、だ?」

「僕は……………」


 朱明が軽く指を振るった。魔力に襟合わせの一部とその下のさらしまで斜めに斬られてしまう。


「女だな」


 着物から零れ見える膨らみを片手で隠すと、無言で朱明の頬に平手を打った。

 怒りで息を荒げて睨み付ける私に、避けることなくぶたれた頬を擦りながら、彼は笑みを消した。


「そんな細い首の男は、まずいない。おまえの首に触れて次第に確信した。女だと疑ってからは、俺には男に全く見えなくなった」


 最初の頃、朱明は何度も私を殺そうとして失敗していた。首を絞め上げようとしても契約術で絞められないのだから無駄なことだと思っていたが、あれが実は私が女か確かめていたのだとしたら?

 驚いたように私の顔を見ていた時、実は既に私を女として認識していた?


「………………知っていながら黙っていたとは、君もヒトが悪い」


 どんな顔をしたらいいのか分からなくなって片手で目元を隠すようにして言えば、なぜか笑いが込み上げてきた。

 それを朱明は諦めと捉えたのか、私の顎に指を添えた。


「契約術など無駄なことだ。俺はおまえと主従でいる気はない。だが……………………」


 言い淀み、言葉を探しているようだった。私は俯いたまま、耳に入ってくる言葉をどこか遠くで聞いていた。


「俺のものになれ、葵」


 そんなの信じられない。

 私にとって契約術の強制力だけが、朱明を確実に私の元へと繋ぎ止める唯一の方法だと信じている。

 言葉なんて、簡単に取り消せる。信じて傷付くのは嫌だ。私が朱明のものになるなんて嫌だ。彼の意思次第で捨てられるような存在に誰がなってやるものか。

 私は誰にも私を自由にさせない。


跪け(シャギア)!」

「くっ………………!」


 僅かに抗ったように見えたが、朱明は私の足元に膝をついた。


「何故拒む?!」

「僕がそれを望んでいないからに決まっている」


 椅子に座ったままで身を乗り出すようにした私は、朱明の頬を両手で挟むと上向かせた。


「動くな」

「……………………葵」


 懐刀で人差し指を傷付ける私を見つめ、朱明は名を呼びながら溜め息をついた。


「やり直すと言っただろう」


 自らの血を舐め取り、彼に顔を近付ける。


「俺はその内、契約術を破る。これは一時しのぎに過ぎないと分からないのか?」

「分かるさ、その度に繰り返し契約術を結び直せばいいだけだ」

「まだ俺に殺されると思っているのか?殺さないと何度……………」


 目を閉じて唇を重ねて言葉を封じた。口内に溜めた血を、朱明が薄く開けた唇の間へと丁寧に流し込む。

 頬から首へと滑らせた手で、彼が嚥下するのを確かめて唇を離した。言霊を紡ぎ術を結び直す。


「…………………殺されることなんて怖くない。怖いのは、君を失うかもしれないことだよ」


 彼の身体に契約術の実体のない赤い鎖がしっかりと巻き付くのを見ながら、私は顔を歪ませて本音を吐露した。

 醜いのは十分自覚している。それでもいい。

 それでも、私は朱明を自分だけのものにしたい。


「君は僕の………………私のもの。いつか君に殺されるまで、私のものでいて」

「手を、自由にしてくれ」

「……………………」


 まともに視線を合わせられない私に、朱明は怒ることなく静かな口調で乞う。


「……………頼む、から」


 そんな風に懇願までされたのは初めてで、驚いた私は不安と戸惑いを隠してそれを許した。

 そっと私の後頭部を包むように両手が回された。強引さはなく、慈しむような柔らかさで引かれた。


「朱明」


 もはや怯えを滲ませてしまう私の声に応えることなく、朱明は自分へと導くようにして再び唇を重ね合わせた。

















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