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湯の花

この物語は和風ですが、架空の和風調世界です。生活文化には時代考証等はありません。

 脱衣場のひんやりとした簀の上に横たえられて、うっすらと目を開ける。もっと乱暴に落とされるかと思ったのだが、契約術は効いているらしく扱いは丁寧だった。

 だが主である私を苦しめたのだ、縛りをきつくした方がいいだろうか。


 私の顔の横に手をついて命じた通りに目を閉じたままの朱明を見ながら思ったが、直ぐにその考えを取り消す。

 こんなふうに怒ったり、かと思えば意外な行動を取る彼が彼らしくなくなるのは嫌だ。


「水を、くれ」


 隅に用意された小机の上の盆には水差しと椀が置いてあり、朱明は見えているように魔力でそれを引き寄せると、直接水差しから自分の口に注いだ。

 私には?!と思っていたら、覆い被さった朱明が口移しで水を飲ませてきた。


「ふ………………んぅ」


 驚いて流し込まれた水をこくりと嚥下するが、喉の渇きはまだ癒えない。もっと欲しくて自然口を開け、離れて行く唇を追いかけて途中で力尽きる。

 だるくて身体を動かすのが億劫で、これ見よがしに側に置かれた水差しを見ているしかできない。


「まだ欲しいか?」


 するりと、私の唇を指で摘まむようにした朱明が、意地悪げな笑みを深める。


「物欲しそうな顔をしているな?」

「ん」


 話そうとするのを、摘まんだ指が許さない。


「ならば契約術を解け。殺しはしないし、必要なら今まで通りおまえを守ってやる」

「んん、いやだ」


 指が離れるや拒否すれば、「ほう…………」と不穏な呟きを聞いた。

 いきなりグイッと帯も締めていない打ち着を引っ張られて、慌てて声を出す。


「やめろ、私に触れるなっ」


 火照った身体が幾分冷えて意識がはっきりしてきた。着物を離されて、襟を合わせるようにして手を胸の上に置く。ずっと瞼を閉じている癖に私の表情を楽しんでいるかのように笑う男を睨み付ける。


「こんなことをして、どうなるか分かっているのか!?」

「だから何だというのだ?罰を与えれば言うことを聞くとでも思っているのなら思い違いだ。俺は行動を制限されても、心から屈することはない!」


 言い切る彼に心を揺さぶられる。

 ああ、やはり朱明だ。


 怒りが萎み、感動にも似た心持ちで、まじまじと見つめてしまう。


「…………………そうか」

「従順な下僕でなくて失望したか?俺はおまえの従魔でいる間は、これからも気に入らなければ可能な限り抗うし、おまえに逆らい続けてやる」

「望むところだ」

「傲慢で主を気取るおまえが、無様に泣いて俺に縋りついてくるようにして……………」


 ふふ、と笑いを溢した私に、朱明が怪訝そうに言葉を呑み込んだ。


「実に君らしい。僕はそんな君だから好きだ」

「な、何だと?」

「目を開けていいよ」


 そう許しながら、その頬を手の甲で撫でる。許されて、私を瞳に映した朱明だったが、目元が赤くなり動揺した素振りを見せた。


「それで……………どうしてそんなに不快になったんだ?僕が女の姿をしたのが気に入らなかった?」

「そうではなく」

「どうだった?自分で言うのもおかしいけど、それなりに似合ってたと思うんだけど?」


 そんなこと聞いてどうするんだ、と頭の片隅で思ったが、私は彼の感想が知りたかった。



「…………………女に、見えた」

「そうか」


 朱明には、ちゃんと女に見えたんだと分かっただけで嬉しかった。にまにましている私に勢いを削がれたのか、しばらく茫然としていたようだが、思い出したように頬に触れる私の手から顔を傾けて逃げた。


「何余裕こいてる?俺は不快だと言った。見返りが欲しいとも」

「ああ、聞こう」


 命令により、この男は今私に触れることもできないし、勿論傷付けることはできない。なぜ怖がる必要があるだろう。


「…………………おまえは今まで見てきた多くの人間や魔の中でも、飛び抜けて強烈な存在だ」

「褒め…………てる?」

「このまま人間の世に置いておくには惜しい」

「………………………………」


 何を言っているんだ?


 キョトンとして見上げる私を、いっそ挑むように彼は目付きを鋭くした。


「俺が従魔である見返りに欲しいのは、葵だ」

「へ?」

「おまえを要求する。俺におまえをくれ」

「………………………」


 どういう意味だ?




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