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熱病6

「まだ脚に力が入らないんだ。でも水羽のところへ行かないと…………朱明、聞いているか?」

「通常運転か」


 残念そうな呟きに、ピンときた。


「ああ、さっきので僕が動揺するのを見たかったかな?平気だ、僕は気にしていない。君もすまなかったね」


 男だと思っている相手に口づけなぞ、さぞ嫌だったろうに。

 だが手を上げているのも辛いので、朱明に早く助けてもらいたい。


「……………他に言うことはないのか」

「君に唇の感想を述べている場合ではない。ほら膝をつけ」


「そ、ばっ、そんなんじゃなっ!」と声を上げながらも、抵抗できずに朱明が膝をつく。


「手を……………そうだな、私の肩の下と膝裏を支えろ」


 よろよろと命令に従う彼の首に両腕を巻き付け安定を図る。


「しっかり支えろ。それで優しく抱き上げるんだ……………よし上手いぞ」

「くっ、黙れ、これくらいできる!」

「落とすなよ、壊れ物のように大事に扱うんだぞ」

「つけあがるな!」


 ふわりと持ち上げられて視界が高くなる。体力が弱っているので朱明にコテンと上半身を持たせかけるようにすると、彼の体温やら呼吸やら高位の魔にふさわしい清涼な薫りまで伝わってきた。


「………………重かったらごめん」


 五感で朱明を感じると、急に自分が女だったと思い出して気恥ずかしくなってきた。それを誤魔化すようなことを口にして見上げる私に、一瞬だけ視線を合わせた彼は直ぐに横を向いた。


「そう感じた時点で捨てる」


 彼の胸に頬をくっ付けた弱々しい状態だが、私が朱明を捨てることはあっても彼からはない。なぜなら私の立場が常に上位だからだ。いや、この場合は物理的な話か。


「君が僕を捨てることはできない。僕がいいと言うまで、しっかりと僕を抱えてろよ」


 疲れたのか、朱明は言い返すことなく次元を開いた。


「朱明」

「今度は何だ」

「僕は人間だからそこを通れないかもしれない。徒歩ではダメかな?」


 水羽に憑いた魔は、元は女御の念に集まって力をつけたものなのだから、まだ内裏の近くに潜んでいるはずだ。水羽の生命力を奪った後で、強い念を抱く女御を再び宿主に変える可能性もある。


「徒歩……………せめて飛ぶだろ。だがこの方が早い……………おまえなら通れる」


 言葉通り、私という人間の存在に抵抗なく次元に脚を踏み入れてしまう。広くて静かな何もない空間にいる自分に茫然とする。


「入れる…………のか」

「おまえに流れる血、よほど力の強い魔だったのだろう。薄まってもこれほどの力を子孫に受け継がすとはな」


 私は人間じゃないのだろうか。認めたくない現実に唇を噛む。


「人間であることが、それほど大事か?」


 私を抱え、無色透明な空間を移動しながら朱明は問う。


「…………………分からない」


 人間でなければ何なのか。自分が解らなくなることは不安だ。まるでこの世に存在してはいけないような孤独に、私は目を背けていたというのに。

 人間なのか、男なのか女なのか、半端で曖昧な自分が自分で分からない。


「ねえ、朱明。僕は何者なんだろうね」

「…………………おまえは葵だ」


 私の肩に添えられた朱明の手に少し力が加わって、その慰めるような態度に内心驚いていた。


「どうして………………僕を助けてくれたんだ?」

「力をつけていたとはいえ、たかだか下等な魔に俺の主を名乗る者が憑かれるなど虫酸が走る。それにあんな弱った状態のおまえを殺すなど物足りなくてつまらないからな」

「そうか、ではいずれ僕を殺すんだな」


 応えないので見上げれば、前を向いたままで唇を引き結んでいる。拗ねたような横顔を見てから、頬を擦り付けるようにする。すると、ビクリと身体を跳ねさせていた。


「朱明は、意外に優しいんだな」

「は、っ、はあ?!」


 慌てたような声を上げた彼だったが、そこで次元を潜り抜けて内裏へと辿り着いた。

 気配を追ったそこは内裏の北門に近く、既に警護部が佇む水羽を取り囲んでいたが、結界に阻まれて誰も彼女に攻撃できないでいた。


「水羽!」


 水羽が虚ろな目を私に向けて、標的を見つけたように笑った。


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