私の方が愛しているので死にます。
かなり久々の投稿です。
勢いで書いたので粗が目立つと思いますが、よろしくお願いします。
「真実の絆の儀式?」
幼き頃の思い出が甦る。あれはまだ私達が9歳の頃。
「そう! 僕はシアのことが好き、シアは僕のこと好き! 折角だから、大好きな光の精霊に、絆の儀式をしてもらおうよっ。そうしたら、シアに何かあった時、すぐに助けることができるし、何があっても僕達は離れることはないよっ」
―――死が2人を分かつまで
婚約したばかりの私達は幼くて、2人の気持ちはとても純粋だった。何も恐れるものもなかった。
2人の間にあるのは、好きという気持ちとずっと一緒にいたいという気持ちだけ。
その世界には、欲も嫉妬も政略も何もない。ただただ無垢で純粋な気持ち。精霊が最も好む気持ち。
元々魔力が強く、精霊に好かれていた私達は、王宮図書館の古書に載っていた魔方陣で、さっそくソレを試してみた。
古の真実の結婚の儀式。
もし邪な気持ちの多い大人だったら……
今の私達だったらきっと発動しなかっただろう。
光の精霊の祝福と、私達のピュアな愛の気持ちが混じり合い、1つ儀式が成功した。
この王国で、古の結婚の契約を結べているのは、きっと私達くらいだろう。
一度結んでしまったら、死ぬまで破棄が不可能なこの契約。
将来相手の気持ちが恋愛感情でなくなってしまっても、この契約は死ぬまで相手を裏切ることは許されない。裏切れば一切の魔力を失ってしまう。
強く念じれば、相手と念話ができたり、お互いの魔力を補完できたり、便利なことも多いが。
あれから6年。
ねぇ、ルーカス?
今の貴方は後悔してない?
―――――――
煌びやかシャンデリアの元、色とりどりのドレスを着た男女がダンスや会話を楽しんでいる。
今日は魔力を持つ貴族の子女が多く通う、王立学園の卒業記念パーティ。
私、アリシア=アストリアも、幼馴染みであり婚約者であるルーカス=セルギエン侯爵令息にエスコートされ、参加している。
私の父は先祖代々国防を担う、由緒正しき侯爵家の家長であり、エルサーヌ王国の総騎士団長。ルーカスの父は現宰相であるが、次男であるため、将来、我が家に婿に入る予定。
漆黒の髪に、鋭い切れ長の、だけど綺麗な蒼い瞳。
騎士を目指しているだけあり、鍛えられた身体は程よく引き締まっている。
ハンサムと言われれば、ハンサムなのだろう。
ずっと隣にいる私は見慣れているけれども。
「政略結婚?」と聞かれれば、幼少期から定められたものであるし、そうなのであろう。
でも、私達には確かな信頼の絆がある。
幼き頃は友情、今は同じ魔法騎士科の生徒で相棒として……そして、今の私は彼に恋をしている。
気持ちを明かしたことはないけど。
『何、ぼーっとしてるんだ? 挨拶も済んだし、俺たちも殿下のところに行くぞ』
頭の中にルーカスの声が響く。
ルーカスが目をやる方を見ると、殿下と側近候補の子息達が1人の可憐な少女と共に談笑しているのが見える。
『殿下は今日もヘルミーナ様をエスコートしてないの!? 卒業パーティなのに、流石にそれは不味いんじゃないかしら』
私も念話で返す。
念話だとどんな場所でも、言葉遣いに気を使う必要もないし、会話の内容も気にする必要がない。
楽なのである。
側から見ると無言で会話のない私達。さぞや冷め切った関係に見えることだろう。
『殿下は最近、様子がおかしい』
学園入学当初はそんなことはなかった。殿下もヘルミーナ様も、私とルーカスは側近候補として、幼少期より御学友として仲良く遊んでいた。2人はとても仲睦まじく、私達なんかより余程恋人同士に見えたのに。
ふとその集団から少し離れたところに、ヘルミーナ様が悲しそうに佇んでいる。
あの少女は、シャルロッテ=オーランド。訳あり男爵令嬢で、2年生から編入してきたが、やたらと殿下や側近候補に近づき、骨抜きにしている。
すでに側近候補の数名も、婚約破棄したそうだ。
令嬢からは婚約クラッシャーとして、恐れられている。
もちろん、我が婚約者もターゲットである。ルーカスは好みではないようで、引っかかっていないようだが。
『ルーカスは、あの男爵令嬢に興味はないの?』
『やめてくれよ。俺は恋愛ごっこには興味ない』
(じゃあ、私との恋愛は? 私のことは、どう思ってる? ……なんて聞けないけど。勝手にときめくのは私ばかりか)
真実の絆まで結んだ私達なのに、2人の関係は全く進歩していない。
周りの婚約者のいる友達はキスをしただの、深い関係になっただのいろいろ聞くのに、私達の間にそういった甘い雰囲気は皆無である。婚約さえしていれば、別に処女性を求められる訳でもないのに。
そう、まるで倦怠期の夫婦のごとく……
「あ、ルーカス様っ! こちらにどうぞ。お待ちしていたのですよっ。ねぇ、殿下っ」
右側の殿下と反対側の左側を指し示す。
斜め45度に首を傾け、完璧な上目遣い。あざとい女である。なぜに殿方はあんな分かりやすいのに、引っかかるのだろう。
「今日は婚約者をエスコートしておりますので、遠慮させていただきます」
ルーカスは無表情のまま、エスコートで添えてた私の手をぎゅっと握り締めた。私の心が温かくなる。
婚約者になってから、お互いの気持ちを明確に伝え合ったことはなかったが、時折、ルーカスの想いを感じることができる。ルーカスも私も同じ気持ちなのではと。
今の関係から変化させる勇気がなくて、曖昧なままになっているが、本当は2人の関係を進歩させたい。
「遠慮なんて必要ないです! アリシア様とは政略で会話もないそうじゃないですかっ。アリシア様も、ルーカス様を解放してあげてください! どうせ義務だけで一緒にいるのでしょう?」
上目遣いで、ルーカスに対し、必死に何か送っている。
私は思わず溜息をついた。
(殿下だけでなく、側近達も侍らせて、この子は一体何がしたいんだろう……)
殿下が私の肩越しに、ふと視線を向けた。
振り向くと、ヘルミーナ様が近づいてきた。
「……ご機嫌よう、殿下。この度、私のエスコートを断られたということは、マリアーヌ様を選ばれたという理解で、宜しいのですよね」
「当たり前だろう」
殿下はさも当然のごとく返事をする。隣では、マリアーヌが勝ち誇った顔をしている。
『そろそろ暴かないとまずいな』
『暴くって?』
ルーカスは何か知っているのであろうか?
「丁度いい。ヘルミーナ=シャウムブルク公爵令嬢! 貴女との婚約、本日をもって破棄させていただく! 私はマリアーヌを選ぶっ!」
周囲からざわめきが起こる。殿下の突っ走った言動。これはやばい。
ルーカスも舌打ちしている。
これ以上、騒ぎが大きくなれば、痴話喧嘩ではすまない。
「お待ちください、殿下」
ルーカスがそっとマリアーヌ様の前に出て、ひざまずき、マリアーヌの右手を取った。
マリアーヌの頬がほんのり赤く染まる。
(えっ!? えっ!? 何をする気なの?)
「マリアーヌ様は、僕にも優しく声を掛けてくれましたね。殿下ではなく、僕を選んでいただけないのですか?」
(いつも俺のくせに、ぼ、僕?)
私が見たことのないような、キラキラした甘い表情でルーカスがマリアーヌの表情を伺う。
「まっ、まぁっ! ルーカス様もやっとわたしの魅力に気付いてくださったのねっ! でも、わたし、みんなと仲良くやりたいんですっ。1人を選ぶことなんてできません! 殿下と皆様方と……」
そう言いながら、マリアーヌは側近候補一人一人に目をやる。
「ルーカス様も、王太子妃となるわたしと一緒に、みんなと仲良く殿下を支え、理想のエルサーヌ王国を築きましょう」
うっとりとした顔でルーカスに訴えかける。その瞬間、その手首をルーカスが、ガシッと握った。
「……今、俺にかけようとした魔法の波動が見えましたよ。貴女の本当の目的は、何ですか?」
鋭い眼差しで、マリアーヌの瞳を射抜くと、マリアーヌの顔色がサッと青ざめる。
マリアーヌは慌てて手をひこうとするが、ルーカスは手首を離さない。
「る、ルーカス様? 何をおっしゃって……」
「離せっ! ルーカス!」
殿下が叫び、腰の剣に手をかける。
ルーカスは涼やかな目で殿下を見遣り、マリアーヌを持ったのとは反対の手で、殿下に向かって魔法を繰り出した。殿下が眩い銀の光に包まれる。
『ルーカス、何考えてるの!? 殿下に刃向かうなんて、反逆罪よ!?』
「うっ……」
殿下が頭を抱えて踞った。
「国王から許可は得ています。これで魅了の魔法は解けるはず」
「魅了!?」
「どうして!? どうしてルーカスにはわたしの魅了の魔法が効かないの!?」
「真実の絆の前では、魅了の魔法は無効となる。さぁ、諦めて投降しろ。殿下に魅了の魔法をかけるなど、もっての外だ。一体、誰の命令だ」
「真実の絆ですって? あのわたしの大嫌いな契約っ。貴方達、冷め切った政略的婚約でないの? この世に真実の絆など、ありはしないわっ」
何やら魔法を放とうと右手を上にかかげる。その瞬間、ルーカスが捕縛の呪文を唱える。
「恨めしいっ! あと少しだったのにっ!」
邪鬼のごとく形相で、愛らしかった顔は醜く歪む。
ローズピンクのフワフワの髪に、庇護欲をそそられる、くりっとした瞳の美少女は、見る影もない。
「貴様、何者だっ! 何が目的だ!」
魅了の魔法がすっかり解けた殿下が叫ぶ。
「我は黒き魔女の末裔。王家への永劫の恨み、やっと果たそうとしたものをっ! お前を傀儡の王にし、王太子妃として、憎きエルサーヌ王国を支配し、滅ぼしてやろうと思ったのにっ」
(100年前に王家が封印したと言われていた黒き魔女!?)
黒き魔女は憎々しげな光を目に灯し、きっとルーカスを睨み付ける。
「ふふふっ。死す前に真実の愛の絆で結ばれたお前たちにピッタリの呪いをかけてやろう! お前たちは愛し合えば愛し合うほど苦しめ。そして、より愛した方が死すのだ。愛する相手を死なせたくなければ、より多く愛して、自らが死ねば良い。自分が可愛ければ、相手を愛さねば良い。わたしからのせめての温情よ。真実の愛など、朽ち果ててしまえっ! お前達2人は絶対に幸せにはさせぬっ」
黒き魔女はそう言い放ち、自らの舌を噛み切った。
黒き魔女の身体から生まれ出た黒い光が、私とルーカスの心臓めがけて貫いた。そして、残された魔女の身体は灰へと朽ち果て、崩れ去った。
黒い光が私の身体を貫いた瞬間、心臓が掴まれたように締め付けられ、息が出来なくなった。
だが、それはほんの一瞬の出来事。しばらくすると、すぐ元に戻った。
(あれは、何だったの?)
呆然と魔女の身体であっただろう床に残された灰を見つめる。
「アリシア、大丈夫かっ?」
ルーカスが私に駆け寄り、抱きしめた。
「大丈夫。ルーカスは?」
胸に押し付けられていた顔を上げ、ルーカスの顔を覗き込む。
すると、ルーカスは顔をしかめ、自らの心臓を抑える。
「こういうことかっ」
吐き捨てるように呟く。
「お前を愛おしいと思い、身体に触れると心臓が痛む。おそらく呪いのせいだ」
私もルーカスが好きなのに、心臓が痛まないということは、私よりルーカスの方が愛してくれているということ!?
ほのかに喜びを感じた瞬間、今度は私の心臓がずくりと痛み、顔をしかめる。
「……っ。お前も俺を愛してくれているんだな」
ルーカスは少し悲しそうに笑い、そっと抱き寄せていた私から離れた。
隠していたお互いの気持ちがこうして解るというのは、何とも皮肉な話である。
しかも、魔女の話では、このままでは私かルーカスが、お互いを愛すれば愛するほど、心臓に負担がかかり、死に至るということであろう。より愛した方が。
死なれるより、自分が死んだ方がまし。
残されるなんて嫌だ。
どうしたら、自分の方が愛すことができるだろうか。
ルーカスと無言でしばらく見つめ合う。
「おそらく考えていることは、俺達同じだ。とりあえず、呪いの解呪が分かるまで、しばらく会うのはよそう……」
会わなくても、愛する気持ちはなくならないだろう。
こんな気持ちを抱えて、この先生きていかねばならないのだろうか。
「待て。こうなったのは私の責任でもある。私は2人を、どちらも失いたくない。そこで提案だ。2人の記憶を解呪の方法が分かるまで、封印したい」
愛するという気持ちごと、なかったことにするのか。
「い、嫌です。多分、私が死ぬので大丈夫です、殿下。私が死ねば、国にとっても、さほど被害は出ないでしょう」
「そんなの、私が許しませんよ。私達、お友達でしょう」
ヘルミーナ様が両手を握り締め、涙を浮かべて抗議してくれる。
「ルーカスは確かに大事な側近だが、アリシアも私にとっては大事な幼馴染みだ。今回の呪いは操られた私にも責任がある。アリシアが死ぬことは許さんぞ。もちろん、ルーカスもな」
「シア、俺は死なれるのは嫌だ。そもそも俺の方が愛しているから、お前が死ぬのは無理だ」
「どうしてそんなことが分かるの!? 私の方が愛しているわっ。貴方はいつも平然としているけど、貴方を見ると、ぎゅっと胸がいっぱいになるし、貴方に触れたくなる。他の婚約者カップルのように、いつも貴方に抱きしめて欲しかったっ。気持ちが溢れ出しそうで、いつも耐えるのが大変だったっ」
私の目から、涙が溢れ出す。
「俺だってっ、俺だってどんだけお前への気持ちを抑えていると思っているんだ! 俺の方がお前を、お前がドン引きするくらい愛している!」
舞台の中央で、お互いの気持ちを叫び合う。これがこんな状況でなければ、単なるバカップルになるところである。
(私の方が負けてないっ!)
そんな気持ちを込めて、ルーカスを睨み付ける。それに対し、ルーカスは静かに視線を返した。
『俺はお前をオカズに、毎晩お前を犯している』
いきなり頭の中に念話が流れ込む。
「へっ!?」
突然のルーカスのカミングアウトに、私は固まる。
『頑張って友達の仮面をつけて、紳士ぶって気持ちを隠したが、お前の横にいれば、お前の可愛い唇を貪りたくなるし、お前のその柔らかそうな胸を揉みしだきたいと思っていた』
「へっ!?」
『いつも押し倒したい欲望を抑えるのに必死だった。お前の中に、俺の子種を……』
「も、もういいっ! もういいですっ」
彼の生々しくぶつけられる欲望の思いに恥ずかしくなり、彼が最後まで言う前に、言葉をかぶす。
おそらく顔は真っ赤であろう。
「1日も早く一人前になって、結婚して、お前を俺のものにしたかった。愛している」
そこははっきり、真剣な眼差しで口に出して言ってくれた。
「ルーカス……」
「だから、お前との恋人のような接触は、自粛してたんだ。自分を抑えられなくなるから。お前に興味がなかった訳ではない。だから、本気になれば、たぶん俺の方が死ねる。俺の方がずっとずっと、お前を愛している」
そう言って、私の頬に手を添える。
痛み耐えるような顔をしたルーカスが私にゆっくり近づいてくる。
『お前をめちゃくちゃに犯したいくらい愛している』
そんな念と共に、私の唇をゆっくり啄む。
命をかけたファーストキス。周りからざわめきが聞こえるけど、もうどうでもいい。
確かにめちゃくちゃに犯されたいとかまでは考えたことはなかったけど、、、
『私も負けないくらい愛している。貴方を絶対しなせないわ。私も貴方の子供をいっぱい作りたい。死ぬのは私よ』
そんな念を込めて、彼の首に自分の腕を絡ませる。
彼がビクッとしたのが分かった。
ほのかに感じてた心臓の痛みが少し強くなる。
「そこまでだ。さっきも言ったけど、私もヘルミーナも、お前達どちらが欠けることも許さない」
殿下がすっと右手を私達にかざすと、私の意識がふっと遠のく。ルーカスと2人して、抱き合ったまま膝をつく。
私に記憶があるのはここまで。
次に目が覚めた時には天蓋ベッドの上だった。ルーカスへの思いをすっぽり落として……
どうやら私達の思いは封印されてしまったらしい。
次に彼と出会った時、相手を愛おしく思う記憶だけがすっぽり抜け落ちた私達は、単なる政略結婚の相手、兼ただのクラスメイトになっていた。
2人に残されたのは……真実の絆の契約だけ。
もちろん。そんな契約を交わした記憶すらも、愛の記憶と一緒にすっかり消去されてしまったのだけど……
でもね、愛する記憶を消してもね、きっと私はまた彼に恋をする。近くにいる限り、何度でも恋をする。
そんな私はきっと長生きできないだろうけど、貴方を愛するということに悔いはない。
拙い文を読んでくださり、ありがとうございます!