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武神、通りまーす  作者: さかなで
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鈴鹿山の戦い 五、聖魔大戦

鬼どもを駆逐し、立烏帽子を組み伏せた田村麻呂。しかしその父、第六天の魔王が娘の復讐にあらわれた。ついに魔界の長との決戦が始まる。

魔物の軍は壊滅した。


囚われていた人たちも開放できた。


仲間もみな無事だった。


それなのにこのガッカリ感はなんだろう?


それはたぶん、俺の腕にしがみついているこいつらのせいだ。


「あー、さっきからお前らなにやってんだ」


「ホラ、おにいちゃんがうっとおしいって。離れなさいよ」

「なによあんたこそなれなれしいんじゃない?あたしの旦那さまに。キツネごときがなんなのよ」

「キツネいうな。この淫乱魔人。魔界に帰れ」

「はあ?うどんの具のくせになまいきな。もうあんたは用済みなの。わかる?ふたりの愛の新居じゃペットは飼えないの。とっとと森にお帰りラスカル」

「がるるるる」「ごるるるる」


「やめなさいふたりとも」

「えー、だってー」「フーンだ」


「あー、ゴホンゴホン」


「ほらー、そこでこわいオジサンがにらんでるし」


「オジサンてなんだ」

「まだいたの?もぉ、パパは帰っていいから。帰って犬の散歩するんだから」


完全に怒っているのがわかった。魔界の支配者、暗黒の死の帝王と恐れられる、森羅万象あらゆるものを蹂躙できる恐怖の『第六天の魔王』が、いま俺を睨みつけている。


「それで小僧、わたしのかわいい『すーちゃん』を騙くらかし、あの気高い天女のような無垢な乙女だったわたしの娘を、そのようなあさましい姿にしてしまった責任、どう取るつもりじゃ」


自分のむすめには甘々だが、他人にはそう来るか。


「責任をとるもなにも、俺はなにもしてないしー」

「おのれこの期に及んでまだそのような、まったく近頃のガキはなんたるあさましさ。暴力はふるう、たらしこんで親をもぞんざいにさせる。どういう教育をされてきたのか」

「ちょっと、なんか誤解があるんですけど。この娘とはさっき会ったばかりで、そのー、あー殴ったのはたしかだけどー、俺わるくないしー」


「おい、田村、お前のほうが悪いようにしか聞こえんぞ」

道鏡が心配そうに忠告してくれる。


「まったく親の顔がみたいもんだ。髪は金髪に染め上げる、目にはカラコン、おまけにガラの悪い連中引き連れいい気になってる。どこのヤンキーだ」


容姿のこととかヤンキーとか言われるのは慣れているが、親のことを言われるのは許せない。もう魔王だかマモーだか知らないが、消えてもらうことに決定した。


「ちょっと力を借りるぞ、スサノオ」

「おもしれえ、いっちょかますか?毘沙門」

「え?」


この場にいて、固唾をのんで見守っていた全員が「え?」という顔をした。


「誰ですか?」おれはあたりを見回した。


「何言ってんだよ、おめーだろ。おいおい、まさか知らなかった、なんて?マジかよ。こりゃけっさくだ、がっはは」スサノオの太刀は愉快そうに笑った。


「あんたなにもん?」とかいいながらまだ腕を抱えてるのやめて。戦えないですから魔人むすめさん。

「おにいちゃん、すごーい。なんかわかんないけど」あなたも離しなさい、テンコさん。


いきなりすごい力でふたりを引き離すと、スサノオの太刀は一直線に魔王へと向かっていった。


「えーーっ」俺はとりあえず悲鳴をあげてみた。


ガチーーンともの凄い音をさせて太刀同士がぶつかり合っていた。


「なるほどそうか。どうりでそんなに堂々としていたか、合点がいった。よもやこんなところで渡り合えるとは」

「あのー、はなしがみえません」

「よかろう。わしを倒せば娘はくれてやる。だがやすやすとはいかんぞ。三千年に渡る怨讐、いまこそ晴らさせてもらう」


なに言ってるのあんたは。なに三千年て。


もうわけがわからないうちに戦いは始まった。後世、知ってる人だけが知っている『聖魔大戦』が勃発した。


天地が雷鳴し、風雨が縦横に入り乱れる。黒雲は渦巻き、もはや人のいる世ではない様相を呈していた。


数度にわたる太刀の打ち合いの、太刀の刃こぼれは溶けた鉄の炎の塊となって地上に降り注ぐ。それはいちいち爆発となってあたりのものを吹き飛ばしていく。


道鏡たちは千手の結界に守られて、俺と魔王の戦いを固唾をのんで見守っている。


「なかなかやるな。だがこれはどうだっ」


振り下ろされた魔王の太刀から出た、真っ黒い三日月のような刃がどんどん巨大化し、せまってくる。


「しんじゃうしんじゃう」マジ、泣いた。


「おら、あわてんな。ミコチ、やれ」

「はい」

「え、なによそれ。なにいってるの」

「スクネ、いや毘沙門さま、どうぞお力を」

「はいいい?」


バシっと音がし、俺は片手で巨大な黒い三日月の刃を受け止め、かき消した。もうどうなってるの?


「時間がないからかいつまんで言うぞ。おまえは毘沙門天なのだ。正確に言うと毘沙門天を守護に持っている。つまり仏の守護たる神としての概念がおまえという形をとっているということだ。そして全ての力を与えられている。これまでおまえは自らの比類なき理不尽な力を感じたろう?俺やおやじやおふくろを、いとも簡単に使って見せたろう。どこからか人や物の怪が慕ってついてきたはずだ。みなお前の、毘沙門の力だ。お前に魅かれ、守護するものとして集まったのだ」


長いんですけど。


「あ、じゃ、俺、最強ってことでいいの?」

「あいつを倒せばな」

「了解っ」


幾筋もの閃光が俺の、スサノオの太刀から弾け出た。


「ぐ、こしゃくな」いかにも悪役が言いそう。


結界のなかでは千手を筆頭にテンコと鈴鹿と道鏡がチアガール姿で応援してくれている。


俺の心のなかで、ミコチが「つぎこれいきましょー」とプレートに書かれた技を見せている。俺はそれに力を込めるだけだ。


「ミコチという魔物はな、おまえの役に立ちたくて、仏にどうしてもって頼んだらしい。仏はそのしおらしさに打たれ、お前の、毘沙門の眷属にした。それからずっとおまえを見守っていたそうだ」

「ミコチ」

ファイト―、というプレートをミコチは出した。


勝機はいきなりあらわれた。みんなといっしょにチアリーディングしていた鈴鹿のスカートが跳ね上がったとき、魔王は「げ」っという顔をして、つまり気をとられた。


「破魔雷光」俺とスサノオとミコチが同時に叫んだ。


見たこともない光の束が天から射すと、魔王の姿をかき消した。残ったのは、ゆっくり落ちていく黒焦げのなにか、だった。


「パパ」


やはり娘なんだ。おれはこれでよかったのかと、自問した。もっと、なにかいいやりかたがあったんじゃないか?だれも傷つかず、だれも悲しまない、そんなのがあったんじゃないか。おれはひとり、反省していた。


「もー。しょうがないわねー」

ガスガスと蹴りをいれる鈴鹿さん。ちょっとなにを。


「いてててて。ちょ、鈴鹿ちゃんパパ痛い」

「さんざん大口叩いてこのざまなんだから」

「だっておまえのパン」ぎゃっという声に最後の言葉はかき消された。

もはら襤褸(らんる)と化したおとうさん。なんか気の毒。


「あちゃー、でもまだ生きてんよ。しぶてえな。さすが魔王だ」

スサノオの太刀は呆れたように言った。

「でもこれで終わりみたいです」

どっから声?どっから声でてるの、ミコチ。


「あーみなさんすいませんでした。帰らせてちゃんと犬の散歩させますから、このぐらいで勘弁してやってください」

鈴鹿はペコリと頭を下げた。


判断基準がわからないけど、べつに恨みとかないし、けっこう環境破壊したけどそれは俺も同罪だし、いいんだけど。


「俺の反省返して」言うだけは言ってみた。


「よくやった田村、あ、いや、毘沙門さま」

道鏡が駆けてきて、すぐに片膝で頭をさげた。まだピンクのチアガールの服を着ている。


「にょ」

ころくが道鏡の胸元を凝視している。児童視線保存の法則だ。


「そこばかり見てるんじゃない」


テンコと鈴鹿に蹴られるころく。


「ぐ、さすがだ毘沙門」

「田村だ」

「は」

「坂上田村麻呂だ、俺は」

「そうか、田村どの。いろいろあったが、娘をたのむ」たのむ・たの・む・た・・・

勝手にフェードアウトして第六天の魔王は消えた。


「ちょ、ちょっとまてー。はなし済んでねえーっ。て、娘ってなんだーっ」

「ウフフフフ。じゃあ、今日からよろしくね、田村麻呂っ」

また腕にしがみついてきた立烏帽子、魔王のむすめ鈴鹿。


「がるるるるるる」

よしなさいテンコさん。


「あのさ、なんか誤解してるみたいだけど、魔王のむすめでしょ、あんた。魔族なわけでしょ。婿って、婚姻のことでしょ。生態系おかしいよね。いやそもそも人類と人外の」

「けっこう小さいことにこだわんのね、ダーリンは」

「だれがダーリンですかっ」


「いい?あたしはあんたを認めた。あなたの力を。そしてお婿さんとしても。反対する父は力ずくで向かってきた。そしてあなたは父に勝った。父はあなたを認めた。どこに問題があるの」

鈴鹿は言い切った。


「いや、そこに俺の気持ち反映してないだろ。おまえらの一方的押し付けなんじゃないか」

「じゃあ証明してあげようか」

「はい?」

「あたしはこれから暴れる。そうよ、この世全てを破壊する。生きとし生けるもの全てを殺す。止められるのはあんただけ。でも、こんどはあたしを殺すしかない。もう殴って止められるほど甘くない。あたしは本気。いえ、あたしのために本気もすてる。あなたがいない世界なら、わたしも世界もいらない。そんなあたしを殺してとめるの。さあ覚悟はできた?」


「田村麻呂」

道鏡が肩に手をおいた。

「おまえにあの娘がころせるか?」

「ころせるが、できないとおもう」

「だろうな。おまえは愛と慈悲に満ちておる。だからみなが心をよせる。きっとあの娘もだ」

「そう、なのか」

「知らん」


「ほら、証明できたでしょう?」


なんかちがう、なんかちがうぞーーーーっ。


俊哲が、同情したように肩に手をおいた。絵的に、捕まってしょげている犯人みたいだ。


「あにさまー」

テンコが駆けてきた。ピンクの鎧がかわいい。あ、こいつはキツネなんだキツネなんだキツネなんだ。いいかげん人外と関わってくると価値観が狂ってくる。


「ねえさま、まってー」ころくがあとを追っている。

「いい、あんたたち。今日からあたしはあんたたちの姉になりました。姉だからえらいのよ」


まだです。まだなってません。


「はいおねえさま」「おねえしゃま」


ふたり、素直すぎっぞ。ころく、ちゃんと発音しろ。


「あれですねー、すごいですよ田村くん。鬼やっつけちゃうどころか魔王まで。しかもお嫁さんまでもらっちゃうなんて、すごすぎです」

俊哲君、きみまでなにを言っているのかな。そんなわけないでしょ?お嫁さん人外?いいわけないでしょ。


「もはやあっぱれとしか言えぬ。みごとな武功、ましてあの名高き第六天の魔王を鎮め、その娘を戦勝に戴くとは。まして毘沙門の加護とはさぞ帝も喜ばれよう。こののち急ぎ都にもどり、顛末申し奉らんやと」

この複雑な状況で、またややこしくするやつがでてきた。


多治比浜成はそう言うと、鬼たちが使っていた馬を一頭拾い、さっさと駆けて行った。


「おいまてばか」

「あー行っちゃいましたねー」

振り向くと文屋大原(ふんやのおおはら)が立っていた。


多治比浜成のルビだけふってないのは、この人物をあまり好いていないのかと思われるが、のちにこのふたりは坂上田村麻呂とともに蝦夷征伐に参加し、おおいに田村麻呂を助けるのである。


「それでですね、田村さん。相談があるんですが、ていうよりお願いなんですが」

「なあに?ダーリンならなんでも聞いちゃうわよ」

「あの、ダーリンてやめて。それから口ださないで。むこうでテンコたちと遊んでて」

「はーい」


「ああ、失礼しました。で?」

「あははは」


「じつはお願いとは、囚われていたもののふ三十四名、みな近隣の豪族よりあつめられしもの。ほとんどが鬼により郷を奪われ、みな帰るところがありません」

「それは気の毒に」

「わたしも都に籍をおく身ですが、実際帰る家もありません」

「そりゃまた難儀ですなー」

ここら辺から嫌な予感がしていた。


「それで、と言っては何ですが、田村さまの」

「俺の?」

「ご家来として、このまま召し抱えられればと」

「家来って、はいいいいーーー?」


「よいではないか、田村。これだけのつわものじゃ。都にあって、もう怖いものなしじゃの」

道鏡、また余計なことを。

「おねがいします」「おねがいします」

全員が平伏した。ちょっとやめてー。


「ふふん。やっとわたしの旦那さまの凄さがわかったようね」


なにえばってんですか。どうするんですかこんなに。


「大丈夫だと思います。浜成どのが帝にかけあって、ふさわしい屋敷を用意してくれるとのこと」

「だけどこんなに養えないぜ」

「それはまかせて。あたしの家を切り売りすれば、それこそ一万の軍団だって百年は養えるわ」

「さすが御内儀」

「おっほっほっほー」

「おおー」


盛り上がるな。お前らだけで盛り上がるな。


「とりあえず三十名は囚われのひとたちを送って。われら五名はともに田村さまと都へ。そののち三十名は後をおってまいりましょう」


ちゃっかり計画できちゃってるのね。おれの関与しないところで。


「道鏡はどうする」

「わしらは死んだことになっている身、大手を振って都に入るわけにはいかん。のんびりと旅をしながら美味いもんでも食べ歩こう」


俺も道鏡も、さびしそうな顔をした。


「そうと決まれば早く行こうぜ」


だれ?あんた。


「あん?スサノオだよ。もう忘れたんか」

「あ、いや、違うだろ。なんだその姿」

「ああ、生き残ってた魔物の魂引き抜いて、かわりに俺が入った。いい面したのがいてよかったぜ」

みれば背の高いかなりなイケメン。いいのか、そんなことして。

「そんなことできんのか」

「ん、ああ、おやじやおふくろがやってるのでまねした」

「なにーー?」


「あーー残ってるのおっさんしかいないなんて」

「前よりましなんじゃない。文句言わないの」

「なにー。てかなんだそのケバイの」

「まあ、いいほうなんじゃないの、ちょっと派手かな」

「少しは考えろエロババア。脱げ、今すぐ脱げ」

「何言ってるの着物じゃないんだからすぐに脱げるか。白昼堂々とわけわかんないこと言ってんじゃないよこのエロジジイ」

イザナギさん、イザナミさん、帰ってお願い。


「スクネ」

「ミコチ、おまえも?」

「あたしはあのピンクのおねえさんが」


みれば千手がVサインをしている。


「毘沙門さまの眷属なんだから、スクネのそばに居ろ、と」

「そっか、ありがとな」俺はほんとに感謝した。みんなに。


「じゃ、あたしのいもうとだね」とテンコ。

「順番からしたらおねえさんじゃないのか」純粋な気持ちで、俺はいったんだけど。

「まあ、いやらしい。このさき何人手をつけられた女がでてくるのかしら。妻も楽じゃないわ」


妻じゃないです。なにいってんですか。手をつけるって、なんですか。


「オラ、みんな行くぞ」

イケメンのスサノオが先頭立って歩き始める。


「て、おまえ、どこ行くんだ」

「あーん。きまってんだろ。おまえんちだ。なんかおまえといると、たのしそーだからよ」

「行儀よくすんのよ」

「うるせーババあ」

「風呂はあるかなー。わしいっぺんでいいから風呂って入りたかった」

「この時代、あんのかよ」

「神に不可能はない」


ついてくんのか呪われファミリー。


囚われたひとと護衛のもののふたちと別れ、俺たちは東海道にでた。千手はまたあとでー、と不吉なことを言って消えた。

俺を先頭に鈴鹿、テンコ、ころく。道鏡と樽海、スサノオファミリー、そして俊哲と大原ほかもののふ四名。俺のまえにちょこちょこと露払いのつもりかミコチ。


わりと人通りの多い東海道。ずっと変な目で見られていた。


東西の分かれ道、道鏡と別れた。

「おまえとはまだ長い付き合いになりそうじゃ。しっかりと学問と武芸に励め。毘沙門の名に恥じぬことだ」

俺は神妙に聞いたふりをして、俊哲ところくとともに道鏡のすばらしく大きな胸元を凝視していた。児童視線保存の法則だ。


「そんなとこばかり見てるんじゃない」


三人は女どもに蹴られた。




















さあ、おうちにかえりましょう。おうちはさて、どんなことに?

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