鈴鹿山の戦い 四、魔王のむすめ
いよいよ立烏帽子、鈴鹿御前の登場です。妖刀『血吸』をあやつり、最強最悪をほしいままにする魔王のむすめ。はたして田村麻呂は勝てるのか。それともなんとかごまかせるのか?
「こんなの拾った」
文屋大原が犬の死骸のようなものをつまんでいた。
「うわ、なんかきたない。どっか捨てちゃいなよ」
どの時代でも衛生観念は大事だと、俺は思うぞ。しかしよく見ると、ぼろ雑巾のような、イタチに似た獣が割れた鏡を抱えてのびている。笑える。
ビクッとそのぼろ雑巾が痙攣すると、ポトリと鏡を落とした。鏡は粉々に砕けてしまった。
「は、あれ?ここは」
「うわ、なんかしゃべった」
大原が離すと、それは空中でくるりと回り、ひとの子のすがたで着地した。ころくだ。
「生きてたんか、ころく」
「あ、田村さま。おかげさまで。えへへ」
「死んだかとおもったぞ」
「太刀が鏡に当たって、助かったんだとおもいます。ただ凄くぶっとばされて」
あははははは。あはははは。
みんなが笑った。
「ちょっと、なにあたし無視してんのよ。あたしがだれだか知ってるんでしょー。ちょっとは驚いたり怖がったりしなさいよ」
烏帽子の女の子はなぜか怒っていた。
「あー、びっくり。こわーい」
「いまそこで棒で言ったやつ。おぼえてなさい。あとでころす。泣いたってだめよ」
「めんどくせーなー」
「さあ、どいつからやんの。さっきからえらそうな口きいてるアンタからかしら」
「ぐるるるるるる」
「テンコやめろ。おまえじゃむりだ」
「でも主さま」
「おにいちゃんだろ」
「はい、あにさま」
烏帽子の女の子はイライラしたようすで片足をパタパタさせている。
年の頃ならおれぐらい。十五にもなったところか。長大な刀を肩に担いでいるさまは、ちょっとおかしかったが、そのぶん恐ろしいほどの美しい顔立ちが、みょうにしっくりしていた。
「じゃ、俺が相手になる」
「でたわね。さっきからおかしな弓でドカドカやってたの、あんたでしょ。あやまんなさいよ」
「なんで」
「おかげであたしんちの表札、壊れちゃったんだからよ。見えないの?これが」
指さす方をみると、なるほどなにか壊れた看板がある。
『第六天ガーデンテラス パレスイン鈴鹿』
「なんか分譲マンションみたいだな」
「なにそれ」
知らん、わるいなテンコ。
「壊したんならあやまる。すまなかった。ただ、おまえの手下たちと争ってそうなったんだ」
弁償しろと言われたらたまらんから、他者のせいにする。
「あんなやつら手下でもなんでもないわ」
「え?おまえのなかまじゃないのか」
「ちがうわよ。かってにここらにすみついてるの。追っ払っても追っ払ってもすぐどこからかわいてくんのよ」
それはぜったいあなたのせいですよ。
「だいたいおまえんちって、どこにあるんだよ。どこにもないじゃないか」
「ああん?これだからおこちゃまはしょうがないわね」
「おこちゃまいうな」
「いい、あたしのすっごいすてきな家見てよってくるばかいんのよ。それもたくさん。だから魔力で見えなくしてんの。ほんとメイワクよね」
「みえないんじゃドカドカやっても、気をつけようがないだろ。だいたいたくさんよってくるって、どんな家してんだよ」
「見たいの?見たいんでしょう?もうーハッキリと言いなさいよね。ほんとにもー、しょうがないんだから」
おまえ、ほんとうは見せたいんだろ。
「じゃ、光学迷彩解除しまーす」
現れたのは色とりどりの宝石をちりばめた金銀でできたお城みたいな建物だ。
寄ってくんの、あたりまえだろ、ボケ。全員でつっこみをいれた。
「とにかくあんたたちを黙って帰したら、第六天の魔王のむすめの名が泣くわ。どいつも死んでちょうだい」
立烏帽子の刀がうなり出し、刀身がやがて血色に染まった。
「ふふ、あたしの可愛い愛刀『血吸』(ちすい)よ。あんたたちの血の一滴まで、この子が吸いつくしてくれるわ」
立烏帽子が軽くひと振りすると、空気が悲鳴をあげたように切り裂かれた。やばい。これはマジでやばい。
「えー先ほどのかたたちはお身内と言うことではないようなので、とりあえずそちらさまにも関わりなく、ここはひとまず解散と言うことで」
「なわけないでしょ」
「ですよねー」
「さあ、かかってらっしゃいよ。じゃなきゃあたしのほうから行ってあげようか」
「がるるるるる」
「テンコやめて」
俺はしぶしぶ前に出ると、『騒速』をかまえた。
「ふん、いい大刀ね。でもそんなんじゃあたしに勝てないわよ」
「やってみなきゃわからないだろ、そんなの」
「ふん。おとこってみんなばかね」
おとこになにがあったーっ。
「おい、あのおんなのいうとおりだぞ」
「だれ?」え、だれ?
「俺を背中からおろせ」
背中のなんかしゃべってるー?
背負っていた包みをほどくと、ひと振りの太刀がでてきた。道鏡に押し付けられたやつだ。太刀だったのか。道鏡のことだから、どうせ弁当かなんかと思ってた。
「んなわけねーだろ」道鏡が怒った。
「で、なんなんです、あなたは」
「俺はあの弓のじじいばばあの息子、スサノオだ」
「え?」
源じいが生まれ変わりっていってたけど、本人ここにいるんだから生まれ変わってねえじゃん。ちょっと期待しちゃってたんだぞ、ばかやろう。
「なにをブツブツ言っている」
「あ、いえ、どうぞ」
「まあ、正確にいえば魂の切れ端がこの太刀に憑依したというべきだな。あいつらと一緒さ」
「むすこよー」いつのまにか俊哲が弓を持っていた。捨てちゃおうと思ってたのに。
「そうなんですか。それで俺に力を?」
「ばかいっちゃいけねー。なんで俺がおまえなんか助けなきゃなんねえんだ」
「あれ?はなしの流れ的にそうじゃないんですか」
「流れってなんだよ」
ああもうどいつもこいつもわけわからんヤツばっかりで。
「そうは言っても何千年ぶりで出た娑婆だ。っま、お礼と言っちゃなんだが、ちょっとは手をかしてやってもいいぞ」
なんですかそのツンデレは。からかってるんですか。も―マジいやだこのファミリー。
「ねー、もーいいー?」ひとりつまんなそうなやつがいるー。
「はいはい、あ、お待たせしました」
「ねー、そいつの名前は」
「名前を聞いてますよ」
「俺のか。スサノオじゃまずいだろ、さすがに」
「いいとおもいますよ。強そうだし」
「だからまずいんだよ」
「なんで」
「負けたとき、かっこわるいだろ」
「負けるの前提かよ」
「うるせーな。じゃおまえが考えろよ」
「ねー、ほんとマジうざい。いい加減にしてよもー」
「ふふふ。またせたな。とくと聞くがいい。この太刀こそ伝説の神器、『鬼切』(おにきり)である」
「ふーん。シャヶとかコンブとか入ってそうね」
「入ってませんから。海苔とかまいてませんから。コンビニとかで売ってませんから」
「なにムキになってんの。冗談よ、ジョーダン」
「ちょ、もうころしていいよね、スサノオさん」
「おう。おれも梅干しとか言われなかったんでカチンときたぜ」
「やっとやる気でたみたいね」
「じゃ、いっくよー」
「ちょっとまってください」
「ああっ?このごにおよんでなによ。命乞い?ふざけてんの。ばかなの」
「いえ、俺の名前、聞いてくれてないなーと」
「興味ないわ」
「ひどい」
「弱い男なんか、キョーミないって言ってるのよ」
なんかぜったいおとこに偏見持ってる。この子。
上段から切りつけてきた。隙だらけの型だがスピードが半端じゃない。よけるので精一杯で、攻撃に移れない。次々と刀身が襲ってくるが、太刀で受け止めようとしても変則的にかわされてしまい、動きを止めることができないでいた。
「ホラホラ、どうしたの。ちっとも攻撃してこないわね。なめてんの?」
ちきしょー。猫がネズミをいたぶるみたいにしやがって。しかしこのスピードなんとかしないと。
「もう終わり?じゃそろそろフィニッシュ」
スクネ。スクネ。速くなりたい?
「だれだ」
スクネ。あたし。
「ミコチ?」
そう。ねえ、もっと速くしてあげる。仇をとってくれたお礼。
「いいんだミコチ。それよりどこにいるんだよ。でてきてよ」
俺は戦いの最中に夢を見ているのか?
夢じゃないよ、スクネ。スクネの心の中に住んでるんだ。もうずっと、ずっといっしょに。
「そうか。そうだったのか」
だからあたしを受け入れて。
「ああ、ありがとう、ミコチ」心の炎の中に、何かが重なってきた。
光が止まって見えた。森羅万象までもが。その中を俺は風のように動いていた。
「おまえがみえるぞ、立烏帽子」
「ぐ?なんだ、どうしたんだ?どうして速くなった?」
受けの太刀から攻めの太刀に型が変わっていた。俺の体勢を崩そうと、ときおり剣と剣の技のあいだから立烏帽子は妖術のような力を使って攻撃してくる。スサノオはそれをすべて受け止めてくれる。だから攻めの姿勢は崩れない。
「くそ、ならば」
立烏帽子は太刀を自分の腕に突き立てた。
「まさかこんなやつに、こいつを使うとはね」
「なにやってんだ。やめろばか」
太刀は立烏帽子の血を吸い始めた。刀身がみるみる真っ赤に染まっていく。
やがて刀身はわらわらと赤いほむらを吹き出す。触れたものすべてのいのちを枯れさせる、呪われた炎。
それが妖刀『血吸』真のちから。
立烏帽子の美しい顔が、みるみる青くなっていく。
「さあ、これからが本番」
「おまえ」
もう誰の言うことも聞かない。聞こえない。立烏帽子は別の場所に行ってしまったようだ。
だいじょうぶ。スクネならきっとできる。ミコチの声が俺の中に響いた。
激しい打ち合いが続いた。
「おい、そろそろヤバいぞ」
「ああ、気がついている」
あいつのいのちが消えかかっている。俺を倒そうとムキになりすぎて、限界をはるかに超えている。あとひと吹き、俺が息を吹きかければ、消えてしまうまでに。
「もうやめろ」
「だめだ。ヤツには聞こえん」
「どうすりゃいい?」
「ころすしかないな」
「だめだ」
「なんでだ?ヤツはころしにきているんだぞ、おまえを」
「でも、だめだ」
「しょうがねーなー。じゃ、殴れ」
「え」
「え、じゃない。殴れっていってんだ」
「どうやって?」
「俺が太刀を止める。そうしたらぶんなぐれ」
「あははは、ゆかいだな」
「ゆかいさ」
ガチン、と凄い音がした。太刀が太刀をくわえている。『鬼切』が『血吸』をくわえて離さないのだ。
「ぐう?」
不思議だろ?おかしいだろ、烏帽子。俺はなぜだかおまえをころしたくない。だからこうする。
〈バキっ〉
「きゃっ」
女をひっぱたいたのは初めてだった。やわらかな感触と、そしていい匂いがした。
きゅう。
立烏帽子はのびていた。
「おいおい、やりすぎなんじゃないか?うごかねーぞ。しんじまったんじゃねーか?」
「冗談言うな。手加減したもん。あいつ血なんか吸わせるから、弱ってたんだもん」
「それ知ってて追い込みかけますか。いや怖いお人だよほんと」
「いやなこというな。性格悪いひとみたいじゃないか。だいいちなぐれって言ったのおまえじゃないか」
「いや、俺はこんなにしにそうになるくらいなぐれとは、ひとっことも言ってない」
「だから手加減したもーん」
「あのー、お取り込み中ではあるんでしょうが」俊哲がおそるおそる割り込んできた。
「なんでしょう」おれとスサノオは同時に答えた。
「あちらの空に、なにやら恐ろしげなものが」
道鏡がみんなをまとめていた。
「いいか、かたまれ。飲み込まれようが、けっしてあきらめてはならんぞ」
「道鏡さま、しかしあの数では」
見ると黒い雲のようなものは、魔将が無数に集まってできたものだということがわかった。
何万という魔将の軍がせまっていた。
「むすめをいじめるわるい子はどこだ」
天を揺らすような大声がひびいた。地上ではザーッと言うざわめきが走る。
言われなくてもわかった。魔王が、第六天の魔王が、その軍勢をひきつれて降臨したのだ。
地球、おわったな。
「みなごろしにせよ」
剣を抜いた魔王は、こちらを指し示す。同時にゆっくりとその大軍が押し寄せてくる。先ほどの魔物の軍とは装備も兵もまったくの別物で、やつらのひとりだけでも道鏡ぐらいの力はあるだろう。
俺やみんなはしぬ覚悟をした。テンコ、わるかったな。せっかく生きて神様になったのに。俺のわがままでこんなとこまで連れてきてしまって。
テンコは俺の腕をつかむと、にっこりほほえんだ。いままでみたことのない、美しい笑顔だった。
「お兄ちゃんとしねるなら、テンコこわくないよ」
「そうか、そうだよな。ありがとうな、テンコ」
「うん」
「あのー、盛り上がってるところわるいんですけど」
「なによ」
「この方たちがどーしてもと」
みると俊哲が、おそるおそるあの弓を差し出した。
「呪われた弓がどうした」
「だれが呪われた弓だ」
「あ」
「おい田村麻呂、よく聞け」
「はい」
「あれをつかえ」
「え?」
「あれだ」
「あ、ああ、デス・スター」
「なんじゃそれは。最後の矢じゃ」
「いいんですか?地球、大丈夫なんですか」
「かまわん。やつら宙に浮いておる。そこめがけて撃てば、地面に被害はない、とおもう」
「ほんとですかー?」
「どっちみち地球はおしまいなんだから、可能性にかけろ」
「どっちみちおしまいなんだー」俺は笑っていた。
もうすぐそこまで魔将の軍はせまってきていた。何か叫ぶ口の真っ赤なことまでわかる距離だった。
最後の矢をつがえ、力のかぎり弓をふりしぼった。
『滅』
空間がゆがんだ。
雲の上に大きく拡大した宇宙がみえた。そしてさらにおおきな暗黒の帯がのびていくと、もうなにもなかった。無数の魔将の軍はただ一騎を残して消えていた。
「へ?」第六天の魔王が変な声をだした。
「く、なにをしてくれた。きさまらもうゆるせん」
魔王は怒り狂っていた。軍勢なんかいなくても、俺らがおわりなのはじゅうぶんわかりすぎるくらい、わかった。
「しねい」
「なにすんのっ。やめてパパ」
「げ」
「え」
全員のうごきが止まった。
「あれーすずかー、無事だったの?」
「パパ、なにしてんの、ここで」
「やー、なんかすずか、だれかにいじめられてるって報告うけたから、パパ心配で見に来たらさー、こいつがすずかをはりたおしてて」俺をゆびさしやがった。
「あ、俺?、俺がわるいの?」
なんでみんな俺から離れる?テンコおまえまで。あ、千手、なに隠れてんだよ。なに農作業のフリしてんだよ。
「いいの、パパ」
「なにがいいんだい。ちっともよくないよ。可愛いむすめが目の前でなぐられたんだよ」
「ちがうの。わたしがわるいの。だって、ちっとも気がつかなかったの」
「なにが気がつかなかったんだい?パパに教えておくれ」
「うん、このひとが」
「あん、このくそったれが?」
「あたしのお婿さんになるひとだって」
「はいいーーーー?」
「というわけで、よろしくね。わたし鈴鹿。鈴鹿御前ってよんでね、あなた」
鈴鹿山の戦いは終わった。最後に戦った立烏帽子はこともあろうに田村麻呂の嫁になるといいだした。人界と魔界の異種婚が成立、かと思いきや、それは恐怖の始まりに過ぎなかった。これまで謎に包まれていた田村麻呂の真の姿と、魔界の王との戦い。聖魔大戦が勃発する。




