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武神、通りまーす  作者: さかなで
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鈴鹿山の戦い 三、死闘

いよいよ魔物軍との戦いがはじまった。衝撃的な弓の力に魔物軍は大打撃をうけるが、その力は俺の古い記憶まで呼び覚まさせてしまう。不吉なフラッシュバックに俺は、みんなの運命は、いったいどうなるのか。

「スクネ。ねえ、スクネったら」

「え」

「もう遅くなるよ」

「あ、いけね」

「いずもりの山に陽がかかったよ。早く帰らなきゃ」

「ミコチももう帰れ」

「送るよ」

「だめだ」

意識のなかに白いもやがかかっている。


「こぞう」

「おいっ、こぞう」

「は」

「どうした。気おくれしたか」

「い、いやなんでもない」

「あんた、次が来るよ」

「ふ、性懲りもなくわらわらと。こぞう、次の矢だ」


『風』の矢がカマイタチように空気の刃となり魔物たちを切り裂いた、までは覚えているが、それから意識が少しとんだ。


「水だな」

「え、ああ」

「しっかりせんか」


俺は『水』の文字が浮かんでいるその矢を掴んで弓につがえた。


「それ、はなて」

「いちいち命令する」

「なに?」

「あ、いえ、すいません」


〈びしゅっ〉っと濡れたような音を出して矢は魔物の群れに飛んでいく。


先頭にいた魔物たちは驚いた。一本の光る矢のようなものが飛んでくると、それはいくつもの揺らぎになり、無数の筋となって魔物の首や胴を切り裂いたからだ。しかしかえって逆上した魔物は、さらに勢いをつけ向かってきた矢先に、また現れた光の矢が、それが大きなうねりをもった水の波に変わるのを見る羽目になった。


ごう


という凄まじい音を立てた濁流は魔物たちを飲み込み、そして押し流した。わずかの間にたった二本の矢で、およそ三百の魔物を倒していた。そしてまた意識に白いもやがかかった。


「いけね。ミコチに渡すのわすれてた」


黒い松の木から彫りだした小さな飾り。

お守りとして俺らは首から勾玉をさげている。しかし(あやかし)の類いはそれを身につけることができないし、触れもしない。ミコチは妖魔だが、友だちになった。だから勾玉のかわりに守りとして夕べ徹夜してこさえたのだ。


息せききって戻ると、鋭い叫びが聞こえた。俺はどうしようもない不安を抱え、声のしたほうに急ぐと、そこにはいくつもの化け物の姿と、半分喰われているミコチがいた。


俺はおそろしくて声もだせず、ふるえながら岩の陰から覗き見る、それしかできなかった。


「ケケケ、人間のにおいをぷんぷんさせやがって。魔のもののつらよごしめ」


ミコチの目はもうすでにうつろになり、しだいに弱まっていく。


「・・・スク・ネ」


最後に言った言葉を、かすれた言葉を聞いて、おれは駆け出した。俺は逃げていたのだ。

「やめてくれやめてくれやめてくれ」


ミコチの目から流れた一筋の涙が、俺の何かを壊した。

「やめてくれやめてくれやめてくれーっ」


後ろから何かがせまってきたようだったが、俺は怖くなかった。ミコチがいなくなってしまったのが、あんなに無残な姿でいなくさせられてしまったのが怖かった。恐ろしかった。ああ、ミコチはもういないんだ。身が張り裂けそうだった。いっそのこと自分が張り裂けてしまえばと思った。


里の者に助け抱えられたとき、切れた紐と勾玉が、落ちた。


「おいっこぞうっ」

「あ、ああ」

「もうどうした?怖くなったか」

「ああ、こわかったんだ。だがもう怖くない」

「そうか」

「田村だ」

「あん」

「こぞうじゃない。田村、だ」

「ああ、そうだったな。すまん」

「わかればいいよ。おじさん」

「おじさんじゃねーし。イザナギさまってよべ」

「へいへい。そんじゃつぎいきますね」


森のなかで「キラッ」と光るものがあった。


「スナイパーか」弓のおじさんはつぶやいた。

「この時代にそんなもんいませんから」


道鏡がころくに持たせた手鏡だ。捕まっている人を逃がしたら合図する手はずになっている。


「うまくいったみたいだな。もう手加減しなくていいか」


〈どーんどーん〉太鼓の音がした。すると魔物たちはいっせいに向きを変え、陣を組み始めた。


「ほほう、だれぞが差配しているな」

「ほら、あの砦の上にいるやつらじゃないかい」


元カレ元カノの弓の言う方をみると、櫓に二匹の鬼が立っていた。


「あれ、あいつ」

「どうした」

「片方のやつ、どこかでみた」


また太鼓の音がすると、左右にわかれた陣がこちらに進み始めた。中央にいる陣は動かない。


「『地』を放て。三つの陣のどまんなかじゃ」

「オーライっ」


『地』の矢を放つと、すっと地中に飲み込まれていった。


「なにもおきませんね」

「もうすこしじゃ」


やがて地響きが起き、地面が陥没し砦ごと三つの陣をのみこんだ。


「つづけろ」

「『火』でいいか」

「わかっとるじゃないか」


陥没した穴から大きな火柱があがった。ものすごい熱風がおそってきた。


「穴がなかったら辺り一面火の海じゃったな」

「おいおい、どんだけだよ」


「田村」

「おお、俊哲。みな無事か」

「ああ、捕まっていた人はあの荒れ寺に送っていった。百人ぐらいいたが、そのなかに討伐隊だった兵がいて、いっしょに戦わせてくれとついてきてしまった」


みると三十人くらいのもののふが、魔物が落とした武具を拾い集めている。もとは自分たちのものだ。扱いもできはしようが、戦えるのか?


つかつかとふたりの武人が近づいてきた。


「わたしはさきの討伐軍の差位(さしい・司令官)の軍監をつとめました文屋大原ともうします。こちらは都から派遣されておりました多治比どのです」

「多治比浜成だ。いえ、です」ちょっと横柄だったが、囚われの分を思い出したようだ。貴族だろう。


どうかわれわれも、ともに戦わせてほしいと言った。みればなかなかに精強な面持ちの衆なのにいまさらながら気づいた。


「みなさんのような強者(つわもの)ぞろいのお力添えをいただけるなど、ありがたいかぎりです」


俊哲は嬉しそうに言った。

おいおい、俺は許可してないよ。なに勝手に決めてんの。俊哲、なにしきってんの。


「あの鬼めは尋常でない力を持っている」


浜成は俺よりふたつみっつ歳かさらしい。貴族らしく切れ長の目に、少し冷たさを感じた。


「それにしても驚きました。あの弓のちから。さぞや名のある」


え、あ、ちょっとはいい気がしたかも。


「坂上田村麻呂ともうします。父は苅田麻呂です」

「ああ、坂上苅田麻呂の御子息ね、はいはい」

「へへ」

「で、その弓は」


弓かい。


おまえ嫌い。


「おまえらっ、まだ油断するなっ」


道鏡がするどく叫んだ。


みると穴から二匹の鬼を先頭に、およそ百くらいの魔物の生き残りがはいでてきた。しぶとい。


道鏡がおおぶりの薙刀をもって魔物の中に突っ込んでいくと、三十人のもののふたちも我先に突っ込んでいく。

俺も俊哲といっしょに駆け出す。朝日に『駿速』の刀身が光っていた。


乱戦となっていた。


そこらじゅうで魔物と人が戦っていた。

いや、人だけでなく、妖怪であるテンコも魔物を次々と倒している。強い。目に眩しいピンクの鎧をまとい、信じられないスピードでひらひら舞いながら三本の長い爪のような武器をつかい魔物を翻弄している。


「やれやれ」


本来の妖狐の姿になればこんなもんじゃないのだ。いまはまわりにひとがいる。まして俊哲もいるからテンコはひとの姿で戦っているのだ。


俺たちはずいぶんと少なくなった魔物軍を追い詰めていった。するとにわかに空が暗くなり、雷鳴がとどろき始めた。


「あれはなんだろ」

「田村どの、ご油断めされるな。あれはあの鬼どもの神通力です。わが軍はあれにやられた」

文屋大原が忌々しげに空を見ながら叫んだ。


みると黒雲に幾筋もの雷が光り、その中をぬうように何匹もの大蛇がうごめいている。こわっ。


これ何だよ?反則だろ。もーむり。無理無理。自衛隊でもタイムスリップしてくんなきゃ勝てない。

「自衛隊とはなんじゃ?」多治比浜成が聞いてきた。あ、また駄々洩れしたか。


「あ、うちの町内の自治会です」

「ほー、強そうだの」

「ぷ」テンコが戦いながら笑ってる。


「おい」

「え」

「まだ矢があるだろう。しっかりしろ、ボケ」

「あんたこどもになんてこというの」


ああ、おじさんおばさんの弓忘れてました。


「ああ、じゃこの『滅』ていうの撃っちゃいます?」

「あーっっ、やめとけそれは。地球がなくなる」

「なにそのスペースサイズの武器。あんたはデス・スターですか」

「とにかくそれだきゃやめとけ」

「あたしも死にたくない」

イザナミさん、あんた死んでますから。すでに黄泉の国に行っちゃってますから。


「おい、田村、どうする」

俊哲も心配そうに聞いてきた。


「まあ、まかせろ」


俺は残っている矢のうち『雷』をつがえた。


「ふふ、いい選択だな」

「どっちでもいいってあんたさっきいってたわよ」

「うるさいな。ここでそれいう?せっかく盛り上がってきてんのに、それいう?」

「いいかげんなおとこね。だから子供にもばかにされんのよ」

「いつばかにされました?ああん。いったいいつですかあ」

「やめておねがい」

この戦いが終わったら捨てよう、この弓。


一面に覆われた黒雲の中心に向かって矢を放った。


ゴロゴロと音がし、雲のなかのあちこちで光が明滅し始めた。


〈バチッ〉と一瞬大きく光ったと思ったら、黒雲が消えていた。大蛇たちは困ったように身をくねらせていたが、やがて一斉にこちらに向かってきた。


「やれ、こわっぱ」

「田村です」

「はいはい」


『空』の矢をつがえ放つと、なにも起きなかった。


「あれ」

「どうしたの」

「えーと」


「いや、あれをみろ」だれかが叫んだ。


大蛇たちはぴたりと動きを止め、徐々にうすくなり、その姿は消えていくところだった。


「弓を捨てろ」

「え?」


「やれやれひとごときにこんなに苦戦するとはな」

「ぐ、はなせ」

「おまえはひとじゃねえな。なんだおまえ、キツネか」

「テンコっ?」


大きな鬼はテンコの首を持ちあげて、不思議そうにみている。


「いいから、その弓を捨てろっていってんだよっ」

「く、主さま、はやく撃って」

「やかあしい、このくそが」

「ぎゃっ」

「やめろ、いま捨てる」

「やめて・主さ・ま。こいつを・うって」

俺は弓を捨てた。


  やめてくれやめてくれやめてくれ


こころの奥底で、なにかが叫びだしていた。


「死ぬ前にきさまの名前を聞いといてやる。おれは『悪の高丸』ってんだ。こいつともども、俺に食われろ」


思い出した。ミコチを喰ったやつだ。ちいさいころ、妖魔だったけどともだちになった、ミコチを喰ったやつだ。


おれのなかで何かが弾けた。


「やめろーーっ」


ちいさい何かが飛び出してきた。同時に鬼にとびかかっていった。


「ちっ、うるせーザコが」鬼は躊躇せず巨大な太刀をその小さな胸元に突き立てた。

「ころくっ?」ころくは飛ばされていく。

「ち、軽いからぶっ刺さらなかったな」

「てっ」

「が?」


道鏡が隙をついて高丸に切りつけると、テンコは放り出されて草むらのなかにどさりと落ちた。


「テンコ、しっかりしろ。なんで妖狐に戻らなかったんだよ。そうすりゃこんなに」


もう意識が薄いのか、テンコはとぎれとぎれに言った。

「ごめんね、主さま。でも、テンコは、いもうとでいたかった。主さまのいもうとって、言われて、うれしかったの。だからしんでも、テンコはいもうとで、いいよね」


「ばかやろう、なにいってんだ。おまえは俺のいもうとだろが。だからしぬんじゃない。ぜったいしぬな。これはめいれいだ」

「ふふ、おにいちゃん、いばっちゃって。でも、ありがと」


「鬼がそっちに行くぞっ」

道鏡の声が遠くできこえた。


   やめてくれやめてくれやめてくれ


   おまえがおまえがおまえが おまえがーっ


こころの中に炎がみえた。


『騒速』は閃光を残し切り払われた。あとから鋭い風の音がついてくる。


「俺の名を聞きたかったようだから教えてやる」


俺の剣筋をみて鬼が後ずさりした。もう遅いんだよ。


「俺の名はスクネ」


「ぎゃーっっ」真っ赤な血を吹き出させて鬼は断末魔をあげた。


「坂上田村麻呂、ともいう」


やったぞミコチ、テンコ。かたきはとったぞ。


「ち、そんなもんかな」


もう一匹の鬼が、すごい形相でにらんできた。わるいがいまの俺はおまえでは相手にならない。


「おれはこの地で最強の、『大嶽丸』という。まあ、おまえも見事だったが、とりあえずしね」


巨大なマサカリを振り下ろすと、大地が大きく震えた。


「てめーで最強いうかよ」


俺は軽くかわすと、思いを込めたひと振りを浴びせる。


  ミコチ、テンコ、それにころく。ありがとな。


刀身の光跡だけが見えた。そのあとからもの凄い衝撃波が届く。刀が音速を超えていた。


大嶽丸という鬼は、真っ二つに切られた胴体がその衝撃波で粉々にされつつ、この世から消えていた。


「すごい、やったね」俊哲は叫んだ。


俺はすぐさまテンコのところにもどった。残党もあらかた道鏡ともののふどもが倒していた。


テンコはまるでまだ息があるように、美しい顔をしていた。

生きているときは気がつかなかったのに、なんでいまきさらこんなに美しかったって気がつくんだ俺は。


「もう、ほんとにばかだな、おれは」


「そうね、ばかね」テンコが笑う。


「はいいいい?」


ゾンビ?ゾンビってやつ?


「はーいみなさま、ちゅうもーく」


千手観音、の軽い頭むすめバージョンがなぜここに?


「まあ、なんかかたづいちゃったみたいだし、ようすみにきたんだけど、なんかたいへんなことになっちゃってるのよね」

「なんだよそれ。テンコはどうなってるんだよ」

「あーそう、そーなのよ。じつは妖怪って、とくにテンコちゃんみたいに力のある妖怪はね、ひとを命がけで守っちゃったりするとね」

「はあ」

「神さまになります」

「はあ?」

「まあ、式神の一種だけど、妖怪からレベルアップしました」

「はああ?」

「だからしにませーん」

「えええええ?」

「主たる田村くんがしなない限り、しにませーん」

「てへへへ」

「あれーえ?」

俺の涙かえせ。


「ねぇーーー、ちょっとあんたたち。ここでなにしてんのよ」


「だ、だれだ?」


みなが驚いてふりかえると、烏帽子をかぶった女の子が立っていた。


「ここあたしんちの前なんですけど。うるさいんですけど、さっきから。あたしは立烏帽子。きいたことあんでしょ?」


最強最悪の魔王のむすめがあらわれた。











ついに立烏帽子さんが登場です。最強最悪の死の頂点。はたして田村麻呂は勝てるのか。

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