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武神、通りまーす  作者: さかなで
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鈴鹿山の戦い 二、もののふの掟

いよいよ決戦のときは近づいた。相手は大軍、こちらはたったの五人。あ、ちっさいのが一匹。はたして勝機はあるのか。鈴鹿山にいま、血風が吹き荒れようとしている。

草ぼうぼうに茂る境内を見渡せる本堂の階段に腰をおろした俺は、ぼんやりと三日月を眺めていた。


「こんなところで風邪ひくよ」

「俊哲か。明日は晴れるかなあ」

「おかしな田村くん。明日はおそらく死に物狂いの戦場(いくさば)のなかにいて、もう天気なんて気にしてられないよ」

「魔物はさ、陽が出てると力の半分も出せないんだ。だからやつらは夜出てくる」

「そうか、きみそういうの詳しいんだものね。すまない」

「いいんだ。俺だってそんなに詳しいわけじゃない。それよりはやく寝とけ。夜明け前に出発だ」

「夜襲なのになんで夜明け近くに行くんだ?真っ暗な方がいいだろ」

「夜明けごろが一番油断しやすいんだ。明るくなってきて気が緩む。その隙をつく。明るければ敵の本隊もすぐに見つけられる。こっちは数が少ないんだ。急所を攻めていかないと、すぐに押されて囲まれて、あとは消耗したやつから死んでいく」

「そんなのどこで習った?」

「御影堂の裏でいつも読んでいた本だ」

「え、あのエロいやつ?」

「それとは別のやつ」


うふふ、あはは。からりとした少年たちの笑いであった。


「やっぱり言わなくちゃならないことが、ある」

「なんだい、急に。ていうか、それって死亡フラグだぞ、田村くん。やめてくれ」

「フラグてなんだ」

「あ、まあ、いいけど。あー、なんだい?」

「テンコのことなんだけど」

「ああ、テンコちゃんね。どうしたの?」

「じつは、あいつ」

「狐の妖怪ってこと?」

「なんで知ってる?」

「みんな知ってるよ。きみの家のひとも、全員。うちの家族も。近所の連中も。みんないい子が来たねって言ってる」

「なにいぃぃぃ」

「源じいが、みんなに言ってるもの」

「あんのじじいぃぃぃーっ」

「テンコちゃんも近所の子供たちあつめて変化見せたりして、人気者なんだよ」

「知らねえぞ。俺はそんなこと知らねえぞ」

「あははは。兄さんだけが知りませんでした、ですか」

いもうとじゃありませんから。テンコさんは違う生物ですから。なんなのうちの家。ご近所ひっくるめて狐憑きの被害に気がつかないの?。

「お祓いしよう。道鏡に頼んでやる。まだ間に合う。な、そうしろ」

俺は俊哲がマジ心配になった。


「いいよそんなの」俊哲は笑ってる。

「ぼくはテンコちゃんが狐でも、狐の妖怪でもなんでもいい。あんないい子はいないよ。きみの親父さんだってそう言っている」

人種、いやあらゆる垣根を超えてお前らはどこに行くんだ。


「ま、おまえがそれでよけりゃ、いいんだ」

「ほんとにいい子だよ、テンコちゃん」


「ちょっと、あたしに変なフラグ立てないでちょうだい」

「あ、いや、テンコちゃん?どこまで聞いてた?」

「いま来たとこよ。ばかじゃないの。はやく寝なさいよ。まったく」

「はーい」「へいへい」


「ありがと」テンコはふたりに聞こえないように小さくつぶやいた。


夜明け前。まだほの暗い森はたっぷりと湿気を帯びて、そこらじゅうに漂う霊気が未だ生あるものを妖しくなでまわすように、しつこくまとわりついてくる。


「ではおのおのがた、まいろうか」


道鏡はいつの間に用意していたのか真っ黒な鎧を着込み、朱に塗られた柄の大ぶりの薙刀を持っていた。

樽海は相変わらず徒手空拳で、ただ、白い布でたすきをかけている。俺と俊哲はそれぞれの家にあった粗末な鎧と烏帽子といういで立ちで、若武者というより村の演芸会みたいなかっこうをしていた。

テンコはと見ると、千手観音の軽あたまむすめからもらったピンクの鎧を身につけている。


「テンコちゃん、にあうよー」俊哲は見境なく言った。

「でしょー。どうよ、どうよ」俺にもなにか言ってほしいのか、ぐるぐると俺のまわりをまわった。

「はいはい」


「あのー、みなさん。用意はよろしいでしょうか」


昨夜さんざん根掘り葉掘り尋問された魔物の子「ころく」は、千手観音からゆるしをうけ、眷属として仏の使いとして働くことになった。

「ころく」はもともと山に捨てられた赤子が、普通なら山の獣に食われ死ぬところ、たまたま長年生きたテンの妖気に触れ魔物になったらしい。だから親も知らず、魔物仲間に引き入れられて、下働きをさせられていたらしい。もっとも下働きとはいいつつも、ほとんどいつも虐められていたらしく、水を汲みに行かされた水辺のそばで泣いていたところをつかまったというわけだ。


似たような境遇だったのかテンコが優しくしてやってて、しばらくして決心したように千手に頼んだらしい。さいわいひとは食べたことがないそうで、本人いわく「人は高級食材なんです」とゲッソリするようなことを言ってのけた。それであの軽い頭のむすめの千手が、調子に乗って安請け合いして『転正の儀』というのをちゃちゃーっとやってしまったのだ。もう千手には逆らえない、奴隷状態なのにテンコとふたり喜んでいる。ばかはいいなあ。


ころくはぴんと尾っぽを立てて、「案内(あない)つかまつります」としっかりとした声で言った。


道鏡は出発前、俺と俊哲を呼び、真面目な顔で言った。

「魔物が初陣とは気の毒な話だが、心得として聞いておけ」


俺と俊哲はいつになく真剣な顔つきで道鏡の、その切れ長の美しい瞳を見つめた。


「たたかいとは言え、われらはつねに仁義礼智をもってのぞまなければならぬ。くわえて信をまっとうすること、これを五常という。われら傷つきあるいは倒れることがあっても、けっして見苦しいまねはするな。わかるな。苦しみ動けぬ友を見捨てることなく、こころよく引導を渡してやるのが慈悲じゃ。これがもののふの掟。ひとと魔物の差じゃ」


俺は心の中で、みなに別れのあいさつをした。


山向こう、東の空が白んできた。

山道を登ると、視界がひろがったさきに粗末だが大きな砦らしきものが見える。


「では手筈通り、おのおの役目を果たせ。いいな、無駄死にはするな。引くべき時はは引け。ではまいれ」

道鏡が静かに言うと、みな小さく、しかし強く「おお」と応じた。


昨夜立てた作戦は簡単だ。作戦は簡単明瞭で、目的をハッキリさせる。みながしっかりとそれを見失うことなく行動すれば、どんなに過酷な戦いでも勝機は見えてくる。俺は短い間に道鏡から学んでいた。


ころくに案内された俊哲と樽海が捕まっている人たちを助け、逃がす。逃がす場所は先ほどの荒れ寺。千手が結界を張っているので、魔物に追われても無事着ければ心配ない。


テンコと道鏡は陽動だ。騒ぎを起こし、魔物を一カ所に集める。そしてそこに『大悲の弓』から矢を放つ。


「あのさ、しっかり聞いてね」千手観音はピンクの着物をヒラヒラさせながらちっさな顔を俺の顔に近づけた。

「近い」

「ぷっぷー、なにさ、きみ、じしんかじょーってやつ」

「ひらがなでわからん」

「渡しといた矢はね、七寶(しちほう)の矢、と言います」

「ふーん」

「道鏡ちゃんがあんたにあげた『羽黒』、いまは法力を授けて『大悲の弓』と言っていますが、もともとあれはただの弓ではありません」

え、そうなの?と言う顔を道鏡はした。


「弓の(にぎり)の上にある突起は『イザナギの眼』、弦は『イザナミの髪』、つまり古代の神の身体の一部。もっとも元カレと元カノだから相性は超悪いけど。っま、神力は知ってのとおり、半端ないけどねー」


そんなもんこどもにやるな、ばかやろう。道鏡が寝たふりをしている。


「それでー、その『七寶の矢』をそれで使うとー、へたすると人類は滅びます」


道鏡がこけた。寝てたんでしょ?寝てたんだよね?


「あのー、そういうのをこどもに持たすって、倫理的にどうなのかなって思うんですが」

「そういう細かいこと言ってると出世できないぞ」

「出世する世の中なくなっちゃうんですけど」

「そんなのいっぺんに使うからよ。ふつうは目的用途に合わせて一本ずつ」

「マニュアルとかあるんでしょ?、そんな危険なものだったらなおさら」

「あるわけないでしょー。だいたい使い手の能力に左右されるんだから、そうね、フィーリングよフィーリング」

おまえぜったいテキト―だろ。


「ということで矢のレクチャーをします。ここ大事なとこ。戦況を大きく左右する超重要なことなので、しっかり覚えてね」

「はいはい」

「はい、は一回」

「うえ」

「風・水・火・土・雷・空・滅。これがそれぞれの矢に備わっている力です」

「ほうほう」

「以上です」

「え、それだけ?」

「それだけです」

「他にないの」

「他とは?」

「だから、風っていう矢はこれこれこういうって」

「あのねー、なんでもひとに頼らないの。あたしは最低限、情報をあんたに与えたんだから、あとはあんたが何とかする番じゃないの?なに軟弱なこと言ってんの。ばかなの」

「おまえホントはなにも知らないんだろ」

「そ、そんなことないもん。う、う、えっく」

なんで半べそになるんだ。俺が泣かしたみたいじゃないか。樽海、あーやっちゃったみたいな目で俺をみるな。


テンコが菓子をあげると千手はよろこんで、ころくと三人でキャイキャイ言いながらじゃれあいはじめた。

ばかはいいなあ。


砦の中央から火が出た。道鏡の合図だった。


わらわらと魔物が群がり出てくると、いっせいにこっちを見て、「ありゃ、あんなとこに変なガキが」「なんだなんだ」「ガキがひとりか」「ねえ、おれのパンツ知らない?」「とっつかまえろ」「さっき干してたろ」「なんか持ってるぞ?弓か」「かまうことねえ、相手はひとりだ」「風で飛んだんじゃね」「やっちまえ」めいめい叫びながら向かってきた。


俺は静かに『大悲の弓』を構えると、とりあえずテキトーに矢をつがえた。


「おい、眼をふさぐな」

「はいい?」

「お前の指が俺の眼をふさいでんだよ」

「あ、すいませんすいません」

弓がしゃべった。


見ると突起のようなようなものは眼のような、というか本当に目だった。


「おまいさんがドジなんだよ。そんなとこに目をつけてるから」

「そんなとこって、ふつうここに指は来ないんですー。人指し指は伸ばすんですー。ガッとにぎらないんですー」

「いっつもいいわけばかり。堪えしょうもなくて。だからあたしとの約束も守れない。しまいにゃ逃げ出すなんて、あんたほーんとサイテー」

「いつのはなしですか。どんだけ時間経ってるんですか。もうなんべん同じことくどくど言ってるんですか。そんなんだから黄泉の国から出られないんでしょー」

「それいう。いまそれいう」

「あのー、ちょっといいでしょうか」

おれは恐る恐る夫婦喧嘩の、いや元夫婦のなかに割って入るはめになった。

「なんだ」「なによ」


俺は千匹の魔物との戦いよりも、こいつらに絶望的になった。


「おふたりのお怒りはごもっともですが、いまはちょっとお休みして、しばしお力なんぞお貸し願えないでしょうか」

「何だねキミは」

「あ、いやお忘れでしょうか」

「あんた、この弓の持ち主のガキよ」

「あそうか、すっかり忘れていた。すまんすまん」

「さっそくですが、魔物が迫っております。もはや一刻の猶予もないありさまです。とりあえず一発かましていただけると、わたしとしてもありがたいと思うんですが」

「そうならキミ、早く言いたまえよ」

「まあ、そういうことならしょうがないわね」

「おふたりとも、ありがとうございます」俺は泣きたくなった。


すぐそばまで魔物軍は迫っていた。


「とりあえずあれか」

「そうね、あれね」

仲悪いんだか、いいんだか。


「こぞう、風でいくぞ」

「はい?」

「風って書いてある矢だ。そいつから使う」


俺は言われるまま、風という矢をつがえた。

「いくわよ」「おう」元夫婦は絶妙なコンビネーションで、もう俺の力なんか必要ないみたいに矢を引き絞り、放った。


ひゅう、と風の音がしたと思うと、魔物集団の先頭にいたものたちの首がぼろぼろ落ちた。



イザナギ、イザナミについてどんなことがあったのか。悲しくも恐ろしい話で、ただ世界中のあちこちにおなじような話があるのは、死と言う恐怖の根源を人間が深く意識しているからだと思うのですが。まあいまだに夫婦(元)喧嘩されるのは、周りはいい迷惑です。

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