鈴鹿山の戦い 一、作戦会議
いよいよ鈴鹿山に到着した一行。魔物の軍を前にたぎる俺。これから切って切って切りまくって、坂上田村麻呂最初の武勲としよう。え、ダメなの。なんで?
大刀『騒速』(そはや)をスラリと抜いた俺は、
「とりあえず突っ込むから、あとよろしくー」
このころの刀剣は後世の江戸時代あたりと違い、さまざまな種類、かたちがある。使用目的に合わせて、といったところだが、使用者の趣味や事情にもよる。田村麻呂の『騒速』は「だいとう」と呼ばれ、いわゆる「太刀」(たち)よりも反りがなく直刀にちかい。坂上家の先祖である阿知使主が大陸より持ち込んだとされ、形状的に古代ヨーロッパの「セイバー」「サーベル」と同じ、もしくはそれであろう。
「いっきまーす」
「まてこらばか」
道鏡がいきなり止めた。
「なに?」
「あのなー、このまま突っ込む気か?」
「そうだよ」
「なんの策もなしにか?」
「えー、はやく終わらしてさっさと帰って、家で本読まなきゃなんだから」
「本てなんだ?」
「あ、またやらしい本」テンコ、うるさい。
「と、とにかくこのまま突っ込んで行ったところで我らに勝ち目はない」
「えー?あの『大悲の弓』とかでとりあえずガーっとやっちゃって、あとサクサク―っと片付けちゃえばチャラいじゃん」
「チャラいのはお前の頭じゃ、ボケ」
道鏡は呆れたようにこめかみを押さえながら首を振っていた。黒い髪がサラサラと音を立てているようで、ただ美しく見えた。
「おまえ数も数えられんのか?ざっと見たところ、千はおったぞ」
「ええ?千手が百か二百だって言ってたぞ」
「三年も前のことじゃ。あのころより増えておる」
「マジか」
「マジじゃ」
考えていなかったわけではなく、俺だってちゃんと戦術はちゃんと組み立てていた。『大悲の弓』と七本の矢でとりあえず大勢を倒す。千手のことだからどうせ一本の矢につき二十五倒せる仕様だろう。それで百七十五の敵を倒し、あとの二十五を五人で倒せばちょろいちょろい―――はずだったが、そうかー千匹もいるのかー。
「それにあれだけの数、兵糧はどう賄う?」
道鏡はこれまで見せたことのない憤りのこもった暗い顔をしていた。
「兵糧、えーっと食い物って、そこらのイノシシとか鹿とかじゃないんですか」
存在感がまるでなかった俊哲がちょっとうれしそうに発言した。
「ドあほ。そんなもんとっくに食い尽くされておるわ」
そういえば、この山中に入ってから生き物の気配がまるでしない。虫の気さえもないのだ。
「じゃ、葉っぱや木の実。うちじゃ主食だよ」
俊哲、お前んちって。
「どこのクマさんですか。パンダですか。コアラですか。見るからにタンパク質しか栄養じゃありません認めません、て言いそうな面したやつらが木の実ですか」
道鏡は少し逆上気味に喚いた。俊哲可哀そう。帰ったら回転寿司でもおごろう。
「ひとだよ」
「えっ?」俺と俊哲だけ驚いた。
「やつらは里から人をさらって食料にしてるんだよ」
「そ、そんな」
「それで中途半端に討伐軍なんか出すから、食料が向こうからやってくる状態ときたもんだ」
道鏡はなかば自嘲気味に言った。
「だからあんなに増えちまったのさ」
これはもう地域の問題じゃなく、国家の問題ではないのか?千ほどの魔物が我がもの顔でのさばっている状態を、なぜ都は看過しているのだろうか。
「都はいま東のはるか陸奥の国での『蝦夷』との戦で手が回らん。下手に兵をまわせば更なる内乱が起きよう」
道鏡は俺の憤りを察して、諭すように言った。
「とにかく中には人も幾人かは籠まれていよう。助け出すにしても慎重に事を運ばねばな。人質を背負った戦いなどまっぴらじゃ」
「樽海、行け」
「はっ」
何事かを打ち合わせてあったのだろう。樽海は鋭い返事を返すとスッと闇に消えた。
「おぬしらは付いてまいれ。いい場所がある」
道鏡についていくうち、あれ、こんな場面どこかでみたような気がした。
氷のように冷たく光る三日月を背に、暗い森の中を歩いていくと古く半ば廃墟のような寺が現れた。
「ここじゃ」
「荒れ寺好きですね」
「ふ、おまえデジャブったろ」
「意味わかりません」
道鏡を先頭にみなでわしわし入ると、先客がいた。
「あー、遅かったわねー。待ちくたびれちゃったわよ」
見るとソファーにだらしなく横になった若い女が、菓子を片手に組んだ足で合図した。
「テレビ消せっ。もの食うなっ。なんだこの調度品、どっから持ってきた?」
道鏡が喚いた。
「あらー、怒っちゃやーよ。あたしだって久々の下界なんだから、ちょっとは楽しまないと」
「それにしちゃ時代的にまずかろう。いいから片付けろ」
「ふぇーい」
「あのー、だれなんです?あの頭の軽そうなおねえさんは」
「軽い言うな」
聞こえてんの。
「うん、まあ、いろいろとな」
道鏡、言いにくそう。
「じゃーん、みなさまお久しぶりっ。そうです、わたしでっす。千手観音さまでーす」
「げ」またしても俺と俊哲だけが驚いていた。
「なんでテンコは驚かねーんだ」俺はちょっとイラっときたぞ。
「え、あーそういうこともあるかなーって。お久しぶりー詐欺ねえさん」
「すごいなーテンコちゃん。ちっとも驚かないんだ。でも夢に出てきたよりなんか感じが違いますね。で、詐欺って?」俊哲、わかるぞ、わかるぞ。
「詐欺言うな」なんかピンクの着物を着た派手なおねえさんが、頬をふくらませていた。
「と、とにかくみなさまをお待ちしてたのは、ちからを貸すためです」
「腕どこにしまったんだ」俺は気になった。
「いま、そこ?」
「あー、あたしもー」
「あ、テンコちゃんが言うなら僕もー」
「せえな、てめーら。背中の肩甲骨のとこ。ここ、ここだよ。小さくしまってるの、ホラ、見えるー?」
着物を引っ張り、背中を見せる千手観音。ホントだちいさい手の塊がちょこんとある。
「あ、ブラもピンクなんだ―」
「ちょ、テンコちゃん余計な」
あせる千手をしり目に、俺と俊哲は赤くなった。
「なー、もーいいかー」
道鏡はあきらかに呆れていた。
「おほん、げほん、げほごほごほが」
またですか?
「げほ、あーそれでは鈴鹿山鬼軍討伐作戦会議をはじめまーす」千手が背を正し宣言した。
「はじめにぃ」
「はじめにお前がぜんぶガバーっとやっつけちゃえばいいだろう」俺はいつだってストレートだ。
「そこうるさい。あたしはここでは霊的な存在なの。物理的な存在じゃないの。だから岩持ち上げたり破壊したりレーザーとか出して焼き殺したり波動砲とか撃ったりなんかできないの。アンダステン?」
「途中からわかりません」
「つーまーりー」
「やめい。つまりこいつはお化けみたいなもんだから、できるのはコーラ冷やすことくらいだ」
「コーラって、ひどい言い方しないで、道鏡ちゃん」
「その言い方もやめろ」
道鏡はキレ気味である。
「ただいま戻りました」
「早かったな、ごくろう」
道鏡が声をかけると、嬉しそうに樽海がお辞儀をした。みるとなにか抱えている。
樽海が皆のいるところに抱えたものを放り出すと、それは縛られた小さな少年であった。
「イテっ。てーぇぇぇもっと優しくあつかえ人間っ」
「やかましい」
「樽海、こいつは?」
「は、どうやら魔物の下働きをしている小物のようですが、なにか知っているかと。わけはわかりませんが泣きべそかきながら水辺に水を汲みに来たところ、捕まえました」
「ばか、離せっ。おいらのとーちゃん怖いんだぞ。エンマ大王なんだぞ。ビビったろ。だからほどけ。言いつけるぞ、ごらあ。あ、ギャアっ」
樽海がシッポを踏みつける。シッポ?
よく見るとその子供はシッポが生えている。まさに魔物の子だ。
「うそつけ。なんで閻魔のこどもがおまえみたいにうすぎたねえんだ。もうちょっとましなウソ言え」
ちょ、樽海さんこどもにひどい。
「くそー、おれだってちゃんととーちゃんとかいたら、おまえらなんかぶっ殺してやるのに」
「はいはい」
道鏡はあやすように言うと、
「よく聞きなー、ぼうや。おねーさんたちもヒマじゃないの。これから聞くこと正直にしゃべりゃ、命ばかりは取らないと約束してあげる。ちょっとでも嘘ついたり誤魔化したらあそこにいるお兄さん」
「え、ぼく?」指名されて驚いた俊哲。
「あのお兄さん、みかけはああだけど魔物の子供が大好きで、さんざんいたぶった挙句、最後はあたまからボリボリ食べちゃう変態なの」
こどもの魔物は青い顔で頭をフルフルさせている。もう半べそだ。
「ちょ、ぼく」俊哲は真っ赤な顔を引きつらせて何か言おうとしたが、よせ俊哲、ますます怖がってるぞ。
「言います言いますもう何でも。聞かれないことも言っちゃいます。だから食べないで」
とうとう泣き出した。
泣き止むのを待って、いろいろと聞き出した。
このこどもの魔物は名を「ころく」といい、テンという獣が魔化したものらしい。魔物でも身分があって、鬼から順に強さと発言権が規定されているそうだ。あらわりとしっかりしていること。
「ということは、しっかり統率されている、ということだ」
道鏡は冷静に捕捉を入れる。
魔物の数、配置、人質になっている人の数と場所をわりと正確に答える「ころく」にすこし皆が驚いた。
「だって、ぼくおおきくなったら人の里におりて、学者になりたいんだ」
「はあ?学者になってなにすんだ」俺は興味がわいた。
「学者になって、遣唐使になって、遠い唐の都に行きたいんだ」
「いってどうすんだ」
「勉強するにきまってるだろ。あそこにはいろいろ学問が集まっているんだ。それをみんな学びたい」
「学んでどうすんだ」俺はすごく感心してきた。偉いなおまえ。
「決まってるだろ。いいとこに就職すんだよ。公務員とか大企業とか、IT関係でもいいけど。そんですごい美女と結婚して、子供作って、子供作って、そんなこともわからないの。ばかなの」
なんで子供作って二回言う?聞き出すこと聞き出したらころそう。
「あー、さっきからあたしの存在感ないんだけど」ピンクのせんじゅはつまらなそうにテンコの頭を撫でている。すねてる。
とりあえず情報はそろった。正しいかはわからないが。
いよいよ戦争です。




