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武神、通りまーす  作者: さかなで
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屁理屈こねりゃ、それが歴史

妖僧『道鏡』から貰った弓は、恐ろしい力を秘めていた。それをルンルンで持ち帰った松尾丸にさらなる出会いが待ち構えていた。武神へとの道のりに重大な影響を与える、その道しるべともなるその出会いは、苦難と戦いの運命への幕開けになるのであった。

「うふ、うふふ、うふうふ」

「気持ち悪いですよ、主さま」テンコは後ろからついてきた。今朝がたの、あの核爆発みたいなのを見てから、テンコは少しビビったようだ。


 あれからいろいろ試したが、矢がなくても弦を引き絞って放てば物凄い衝撃波を打ち出せる。気を集中させて放つと、矢がなくても大木を射抜き、岩もくりぬき砕く有り様だった。なにしろ矢がなくても使えるっていうのは超便利じゃね?

どういう仕組みかいろいろこねくり回してみたが、どうもふつうの弓にしか見えない。ただ、弓に張られている漆黒の弦には不思議な感触がするのと、弓の正面に瞼のような小さな突起があるだけであった。


「ね、ねえぼく。そういうあぶないものは、元の持ち主に返したほうがいいと思うな、おねえさんは」

「やだよ、おばさん」


「だ、だれがおばさんかっ」

「法王さま、もう無理っぽいですよ。あんなに喜んでいるのに、とりあげられるわけないじゃないですか。ヘタにとり上げたら、わたしらの命のほうがとりあげられます」

「うむうう、どうしましょう」

「もうこうなったら知らないふりで。わたしらここにはいなかった。あの小僧には会わなかった。そういう方向で」


じゃ、おばさんありがとー。道中気をつけてね、さようならー。


「あ、待てこら。おいガキっ。ちくそーっ、逃げ足のはええ」


もうすでに道鏡たちの視界から消えていた子供とキツネ。あれは何だったんだろうと、いまさら考え込むふたりであった。


家の近所まで来ると、屋敷の者がわらわらと通りのほうまで出張っていた。

「ああ、若さま、ご無事でしたか」


「あ、ああ。どうした源じい? 火事でもあったか」

「とんでもございません、夕べ若さまの行った方向に、けさがた大きな雷が落ちましてな。若さまは帰られず、いかがしたものかと家の者総出で探しておりました」


「どうでもいいけど古い口語やめたの?」

うーん、もう眠いから寝るね。と、適当にあしらってから自室にこもり、ニタニタと悪い笑顔で弓を撫でているうちに本当に眠くなった。


夢を見た。


それは荘厳な雲でできた宮殿のような、虹色の光彩を放つそのなかに、それはいた。


「えーと、なにここ?」

「あなたは神を信じますか」

「さようなら」

「あー、ちょーーっと待って。大塚駅前じゃないんだから。ね。こういう状況で、そういう冷めた反応おかしいから」

「大塚駅前ってなんだよ。だれだよおまえ。こういう状況って、これ俺の夢だろ。だから一回起きてもう一回寝るんだよメンドクサイ」

「そんな、ゲームリセットするみたいに言わないで。もう、ちゃんと話すから。すぐ済みますから。お時間とらせてほんと、スミマセンネ」


悪質クレーマーに対応するやり手販売員みたいな口調でそのキラキラのなにかは言った。


「えー、じゃあ、はじめまして。わたしは千手観音です」


キラキラはハッキリとその姿を現した。せんじゅ? たしかにからだの後ろのほうにわらわら腕が生えている。それが一本一本クネクネ動いているから微妙にキモイ。


「あーっ、いまキモイって思ったでしょうっ」

「思ってませーん」俺は目を逸らした。


「ああ、主さま、こいつの腕四十本しかありませんよ。前のと合わせると四十二本です」

「ぎゃ、なにこのキツネ。どっからわいた」

「そういうのはプライバシーの問題だと思うぞ、テンコ。って、ホントにどっからわいたんだ?」

「ひどいなー。これでも妖力は超がつくほどなんですよ。主さまの夢枕に立つくらい簡単で」

「今度来たらころす」


「あー、おほんおほん」

とんだ闖入者に動揺を隠せないでいる腕が四十二本の自称千手観音が、無理やり咳ばらいを始めた。

「おほんげほん、ごほげほげほ、ぐげごほげへげへ」止まらないようだ。

「だいじょうぶか、おばちゃん」

「げほ、だれがおばちゃんやっ」


「と、とにかく話を聞いて。お願いだから。いい話なんだから。もうぜったい損はさせないから、ね」猫なで声ですり寄ってきたが、驚いたことに四十二本がすべて揉み手をしている。


「大塚駅前の英会話のアヤシイ勧誘みたいになってるぞ」

「大塚駅前って、なんですか」キツネが聞いてきた。知らん。


「で、いい話ってなによ」

「そんな悪徳業者みたいな顔しないでちゃんと聞いてね」

「ほっとけ」

「その弓には力があります」

「知ってるよ」

「はーい、ちゃち入れなーい。いいですか、あなたはもうすぐ東海道をくだり、鈴鹿というところに行かなくてはなりませーん」

「なんで」

「鬼を退治しに、です」


「また鬼かよ。だからこどもに何させんだよ。児童福祉法違反じゃねえのかよ。そういう危険な仕事とか深夜労働とかさせちゃいけないんだぞ」

「どこのアイドルだおまえは。いいから聞け。それがあなたの運命なのです。鬼退治はあなたの持って生まれた宿命なのです」


前に源じいが俺をスサノオとかの生まれ変わりとか言ってたが、桃太郎の間違いだったんじゃねえか?きっとあの道鏡っていう坊主とちいさいおじさんと、それにこのキツネで鬼ヶ島に強襲揚陸かけてこいってことか。だったら海兵隊呼べよ。


「ちがいます」

「なにが」

「だから強襲揚陸ではありません。いいですか、鈴鹿に棲んでいる鬼は本物です。周辺の国々の軍勢も、面と向かっては歯も立ちません。いつも返り討ちにあって、ますます鬼の脅威は高まってしまうのです」

「そんなの俺がどうこうできるわけないだろ、おこさまなんだから。なんなの。ばかなの」

「だーかーらー、あいてもおこさまと油断しているときに、例の弓でズバッとやっちゃえばかんたんでしょ」

「簡単言うな」

「それでね、おねえさんも法力をね、ちょこちょこーっと貸してあげようかなーって。でも凄ーいのよ、これが」

「凄ーいなら、あんたがやればいいじゃん」おれはいい加減腹が立ってきた。


だいたい人の夢に勝手に出てきて、勝手なことを依頼された日にはタマランものがある。そういうのってマネジメントとしてどうなんだろう? 案件があり依頼者がいて、それらについて実務者を仲介し、ときに双方の相談を受ける。ルールとしてのマネジメントのあり方を、それは依頼方法からして大きく逸脱しているのだ。

「主さま、なに言ってるのかわかりません。さっきからブツブツ駄々洩れなんですが、あちらの方も困っているみたいです」少し耳をたらし気味にキツネは上目づかいでそういった。く、耳垂れた姿が妙にかわいい。あとでモフモフしてしまおう。


「おまえの経営戦略などどうでもいい。この法力を授けるから、とっと退治してこい」

「あの」

「なんだ」

「ひとつお聞きしていいですか」

「なんなりと」

「相手は一人ですか、それとももっといるとか」

「あー、まー、なんだ。それは状況次第だな。うまくやればひとり、づつ、か、なぁ」

「づつ?」俺はもう本気で疑いの目線を送った。


「もー、いいよっ。そうよ、ぶっちゃけ鬼はふたり」なんか投げやりになってきた。

「ふたりなんですね」

「そうよ。あとはザコ」

「ザコ?」

「ザコったらザコよ。百か二百。んなもん、あんたならチャチャ―っとやっつけられるって。んで、それらをね、まあーなんというかホラ、なんていうかなー、そうね、統べる?そうそう、統率してんのがいてね」

「ほーほー」げっそりとしてきた。俺は。


「むすめ」・・・せんじゅ、なぜそこでウインクする?

「むすめ?」

「そ。第六天の魔王の、む・す・め。うふ」

魔王のむすめって、なんだそりゃーっ。


父上、先立つ不孝をお許しください。不肖、この松尾丸、なんの武勲もないままあの世へと旅立たなくてはならなくなりました・・・


「なに遺書かいてんですか、夢の中で」

「あ、テンコ。いやん、みないで」俺は夢中で隠した。


「と、とにかく頼んだわよ。出発はあなたが十五歳になった日。それまでにしっかりと修練を積むことね。それと法力はあなたの弓に与えるわ。道鏡ちゃんがテキトーに名前つけてたけど、これは本当の名、『大悲の弓』。本気出したら一国まるまる吹っ飛んじゃうから、ちょっとは加減してね」


「わたしも聞いていいですか?」

「あら、キツネさん。何かしら」

「なんで腕四十二本なのに、千手って言うんですか。詐欺じゃないんですか」

「あー、それ俺も知りたい」俺はさっきプライバシーがなんたらと言ったが、本当のところ凄く知りたかった。

「もうホントっもの知らない子たちねー。あのね、わたしの腕一本で二十五の衆生が救えんの。で、四十本あるから千人ね。それが各市町村ごとの寺にあたしがいれば、だいたい日本国中はカバーできるでしょ」

「二本余りますよ」俺とキツネは同時に言った。


「あのねー、ごはん食べたり洗濯したりするとき使っちゃってたら不便でしょー。トイレの時、ペーパーを三角にできないでしょー。少しは考えなさいよ、ばか」

「そんないい加減なはなしでいいんですか? あんまりにも俗物的っていうか」


千手観音は、憐れむような目でこちらを見ると―――


「数が合わないときはテキトーに屁理屈こねりゃ、それが後から現実となって、それが重なって歴史になるんだよ。要するに死なないこと。死んだらそこで終わりだからね。せっかく積み上げた歴史もパー。まあせいぜい頑張りな」がんばり・な、がんば・・り・な・・、が・・・ん・

無理やりフェードアウトしやがった。


最後はヤクザみたいなセリフになっていたな。


俺は目を覚ました。キツネを枕にしていた。






歴史は、辻褄が合わなくなると、決まって神仏を登場させます。都合よく修正ペンのように使われる彼らは、無知と無明の良い隠れ蓑なのです。時の為政者はうまくそれを利用し、さらに次代の権力者に塗り直されていく。そうして何千年も塗り重ねられた歴史は、さぞ重いことでしょう。現代では情報は正確に伝わっていくと考えられていますが、実際は操作され、誘導され、あるいは遮断されて元のカタチから変形させられ蓄積されるのです。ところどころ辻褄が合わなくなってしまいますが、現代の神仏ってなんでしょうね。ネットかな。そういえば宗教みたいですよね。本尊がディスプレイで、キーボードで経をうつ。スマホというポータブルな祭壇もある。どうやっても辻褄合わせ、させられちゃいます。

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