進軍
ついに田村麻呂たちは蝦夷討伐の軍を挙げた。総勢五万。田村麻呂の兵は二百。え?少ないんですけど。そんなんで戦できんですか?なんで団子なんか食ってるんですか?
全軍あわせて五万の兵だ。
都の出口まで留守番組が見送りにきていてくれた。高子と春子だ。魔王もいる。何やってんだ。柳の木の陰から怨霊の早良親王が恨めしそうに手を振っている。こわい。
先頭は征夷大将軍の大伴弟麻呂だ。脇に多治比浜成がいる。これが第一軍だ。
第二軍が巨勢野足で、堂々と馬にまたがっている。第三軍は俺の友、百済王俊哲。
第一軍は二万の兵。二軍と三軍はそれぞれ一万五千の兵。俺は第四軍で二百の兵だ。
大軍の後ろをトボトボ俺たちはついていく格好だ。馬の背なかで団子をもしゃもしゃ食べていると俊哲がやってきた。
「どうみてもきみの軍は少なすぎるんだけどね」
「えー、多いくらいだよ。こんなに要らないのに」
「じゃまよ」
俺の背中に、背中合わせの鈴鹿が言った。一緒の馬にちょこんと乗っている。団子を食っている。
「仲いいのはいいけど、なんか緊張感ないぞ、きみたち」
「俊哲。今から緊張してたら疲れちゃうぞ。いいから団子食え」
「われわれは邪魔なだけですよ、ほんと」文屋大原が言った。俺の副官だ。
「鈴鹿ねえさん、次交代」天姫が横でわめく。今回もピンクの鎧を着ている。
「交代の交代」ミコチは天姫と同じ馬に乗っている。鎧はつけず、相変わらず座敷童みたいな恰好をしている。いや、へんなドレスを着て来たので無理やり止めさせた。
「ミコチさま、団子落とさないで。馬が踏んじゃいます」守山友成が笑って言う。守山峠のあのもと盗賊だ。いまは俺の兵としてついてきている。こいつはなかなか使える男だった。食事の手配から風呂の支度、他の軍との連絡にもそつがない。なにより文屋と仲がいい。
「あなた、小りんにおっぱいあげてくる」
「あ、俺には?」わき腹をどつかれた。
ミコチが空間に穴を開けると、鈴鹿はスッと入っていく。
「あとでね」
「邪魔者はいなくなった」天姫が馬に乗ってきた。もー狭いなあ。
「早くかわれ」ミコチが催促する。
「アンタは前に乗ればいいでしょう」
「その手があった。テンコ、えらい」
「あ、しまった」
すっごい狭い。
誰も乗らない馬が、寂しそうな顔をした。
「田村さま」樽海があらわれた。蝦夷にいるスサノオとの連絡役だ。
「ひっさしぶり。元気だったか。あいかわらず小さいおじさんだな」
「ほっといてください」
「樽海」八尾が声をかけた。
「あ、道鏡師匠。お久しぶりです」
「あー、これは朝廷軍ですから、その名はちょっと」文屋がすかさず注意する。
「これは失礼を」樽海は頭を下げた。
「ま、いいんじゃね?なんかみんな薄々気がついてるみたいだし。この前、聖皇さまから、道鏡じゃなかったお母さん元気、とか声かけられちゃったし」
「もーめちゃくちゃですね」樽海は呆れてた。
「で、様子はどうなの?」
「は、スサノオさまとアテルイさまが有力部族を説いていますが、いまのところまだ」
「そうか」
「蝦夷は続々と集結していますが、もっと増える見通しです。最終的には八万以上になるとか」
「ずいぶん集まるな」
「東北中、さらにはるか北のところからも」
八万の兵。一か所にかたまってくれれば問題はない。しかし各地に散らばり抵抗されると、防ぐのは難しい。
「やはりあの手しかないか」
「スサノオさまも同じ意見です」
「では頼む」
「かしこまりました」
「樽海」八尾が再びかける。
「は」
「体をいとえ。風邪をひくなよ」
「ははっ」樽海は涙目になっていた。年をとったのかもしれない。
実は主戦場となる陸奥の国までに、田村麻呂は三万の軍を派遣していた。街道を警備するためと、ある計画のためだ。
陸奥に城を築くのだ。砦レベルではなく、立派な城。それも要塞級の、だ。それを基点に各地に砦を築き、戦いを進める。ゲリラ戦に対し足場となる拠点を次々と作り戦域を制していくのだ。
それは、謀反の罪を着せられたとき、一緒に戦ってくれたあの三万の兵たちがやってくれているのだ。
新都を造営すると言いながら、実際は築城技術を磨かせ、戦闘以外にもその技術力は計り知れなくなっていった。のちに語られる武神伝説に、彼らの存在はなくてはならないものとなっている。
そして築城に携わっているものが他にもいる。まおとちえ、そしてアテルイの娘クルスナだ。まお。佐伯眞魚。なにがやりたいかわからない、不思議な青年。しかし知識が半端じゃなく、俺のブレーンに加わってもらっている。城や砦の位置の選定をさせている。戦略上、恐ろしいほど良い場所を選んでくる。
「兄さん、行きます」鷹継が声をかけてきた。
「無理すんなよ」
「はい、兄さんはあとからゆっくり来てください。みんな僕がかたずけちゃいます」
「言ってろ。ころく」
「では」
ミコチの空間操作で消えていく。先に築城に行ったのだ。
家族の役割分担は多い。スサノオとイザナギ、イザナミ、そして鷹継は築城に。湯けむりシスターズは弟麻呂の護衛。問題は後ろの三人だ。
「あのー、なんか御用でしょうか?」とりあえず俺は聞いた。
「なによ」「え」「用はないが、腹は減る」
たたら姫とかぐや姫と鈴虫だ。ついてくる気らしい。
「なんでお前らがついてくるんだ?」
「夫についてって何が悪い」「月の習慣だから」「とくに意味はない」
そういう質問をした俺が馬鹿だった。
「帰りなさい。いや、ついてくんな」
「いやだ」「そうだ」「趣味だ」
もういいよ。好きにしろよ。
不思議なのはミコチだ。なんで強制送還しないんだ?いつも近づいて来る女子がいると飛ばしているお前が?
「なにか言ったか?んぐんぐ」ミコチがまんじゅうを食っている。天姫もか。買収されたな、こいつら。
まあいいか。たたら姫のおかげで軍の武器の性能が高くなったし、鈴虫も戦力にはなる。問題はかぐや姫だ。この兎人はなんの役にもたたない。
「ぴょん?」
なんかムカつく。
実はこの先、この兎人が戦局を大きく動かすことを、いまはまだ田村麻呂は知らなかった。
「ちょっとまってよー。もう歩けないよー」
「だから待ってろと言ったんだ」
「クルスナひどーい」
「毎回同じだな、お前ら」
まおが高台から見回した光景。森が山々を覆い、隙間に川が流れる。延々と続いている。人の住める平野が少ない。
「あそことあそこ、うーん、川が問題だな」
「中州に砦を築けばいい。川で漁をするときは中州に籠る」
「増水したときやっかいだ」
「船を用意しておく。いつでも川下に逃げられるように」
「川が重要だな」
「ちょっとあんまりデレデレしないでよ」
「ちえ、そんなことしてないぞ」
「じゃ、その手はなによ?」
クルスナがまおの手を握っている。
「蚊がとまっていた」
「都合のいい蚊ね」
「お前の肩にも蛾がとまってるぞ」
「ぎゃーーーっ」
仕事にならないまおだった。
エイトカは蝦夷の中規模部族だった。二百人の戦士をまとめている。アテルイとスサノオが説得している。
「つまりヤマトに降参しろと?」
「まあ、早い話、そうだ」
「正気か?おまえら」
「まあ、正気だ」
「アテルイよ、誇り高き蝦夷のわれらがか?」
「誇りでヤマトに勝てるならな」
「勝てないとでも」
「まあ無理だね」
「スサノオと言ったな。なぜわかる」
「お前は神と戦ったことがあるか」
「あるわけがない」
「では魔とは」
「なにが言いたいのだ」
「今度の相手はヤマトであってヤマトではない」
「どういう意味だ」
「神と魔と人が、相手なのだ」
「ばかな」
「いや、マジで」アテルイが青い顔で言った。
「ただいまー」鈴鹿が戻ってきた。
「小りんは?」
「ねてる。元気よ」
「あとで見に行こう」
ミコチがいるからすぐ帰れる。
「あなた今夜の夕食は?」
「もう夕飯のはなしですか」
「あたし肉」「にくー」「にく」「お肉」「あたしもー」「肉だ」
「きみたち、この時代のひとはだいたい菜食なんですよ。雑穀とか草とか食べてるんですよ」
「そういうのを食べてるやつを捕まえて食えば、一緒」
肉食女子どもめ。
「捕まえたぞ、こんなの」鈴虫が牛をつれてきた。
「そんなのどこで見つけたのっ」俺は慌てた。
「あっちの家から」
「飼ってるの。その牛は飼われてる牛なの。勝手に持ってきちゃいけないの」
「そうなのか。金を払えばいいだろ。田村、金貸せ」
「おまえは不良中学生か。早く戻してこいっ」
「いのち拾いしたな、牛」
牛は悲しそうに鳴いた。
「こっちのは野生みたいだから大丈夫」天姫とミコチが何やらいっぱい獲ってきた。
「なんだそれは」
「獲物だ。うらやましいか」ミコチが偉そうに言った。
「どうするんだ、それ」
「焼いて、食う」
「猫は焼いて食えません」
「食えないのか?」
「色々な意味で、食べちゃいけません」
「残念だがしかたない。あっちへ行け」
ニャーニャーついてくる。やめてくれ。
そのあと犬やら猿やら、およそ食料にむかないような動物を連れてくる。こいつらひょっとして、わざとやってるんじゃないのか?
しまいにはクマを捕まえてきた。二百の俺の兵たちはだんだん俺たちから離れていく。
クマは食料としては微妙なところだが、やっぱり良くない。
「かわいそうだから逃がしてあげなさい」
言ってるそばからミコチを乗せている。なついているようだ。金太郎みたいだ。
動物サーカスみたいになってきた。村々の人たちは街道を通る俺たちを見て、朝廷軍とは絶対思わないだろう。
陸奥の国まであと少しと言うところで、問題が起きた。
常陸の国の領主たちが通さないと言う。前回の蝦夷討伐のおり、朝廷の名をたてにさんざんなことをしたらしいのだ。村々に押し入っては食料を奪い、逆らう民の家に火を放つなど、およそろくでもないことをしたのだ。そりゃあ怒るに決まってる。
緊急会議が開かれた。
「とりあえず謝りに行った方がいいんじゃないか?」俊哲が言った。
「朝廷の名を貶める気か。強引に進めばいい」浜成はあいかわらず目線が上。
「迂回してはどうかな」野足、やさしいね。
「時間がかかり過ぎる」浜成に言われた。ごもっとも。
「田村に意見はないのか」弟麻呂が聞いてきた。
「一番の有力者はだれですか?」
「新羅義光だな。やはり。こやつが強硬に通行の邪魔をしている」
「ではその新羅さんを説得すればいいわけですね」
「田村、できるのか?」
「やってみます。せいぜい困らせてやりますよ」
「ほどほどにね」
弟麻呂はニコニコした。
翌日、俺らは常陸の国境に来た。バリケードが組んである。
「おい、へんなのが来たぞ」
「なんじゃありゃ?」
「おなごもおるな」
「あやしいな」
守備の兵たちが怪しんでいる。
「こんちは。俺は田村麻呂って言うんだ。ここを通してくれませんか」
「ばかを言うな。誰も通すなと言われておる。帰れ」
「そこをなんとか」
「だめなものはだめ」
「あー知らないよ。どうなっても」
「なにがだ」
動物たちが一斉に守備の兵にじゃれていく。猫や犬や猿だ。クマもいる。ニホンオオカミまでいる。どこにいたんだ、そんなの。「やめてくれー」もうしらんがな。
悶絶する守備兵をしり目に、新羅義光の居城に来た。居城というより砦だな。ぼろい。まあ、ここから北の豪族やなんかはみんなこんな砦に籠っているのだ。
「こんちはー。朝廷軍の田村でーす。新羅さんに会いに来ましたー」
「うわっとビックリ。どうやってここまで来た?」変な人が出てきた。
「こいつらがじゃれてしまって、みんな悶絶してます。お詫びに来ました」
わんわん、にゃーにゃーやかましい。
「あー、まー、なんだ。用はない。帰れ」
「そんなこと言わずにチョットだけ話し聞いて」俺はお願いした。
「うるさい。聞く耳もたん。とっとと帰れ」
「あー、知りませんよ」
「なにがだ」
「妻が怒りますよ」
「お前の妻がなんだと言うんだ。怒りたければ勝手に怒れ」
ドーーンっと砦の門が吹っ飛んだ。爆風でかなりの家屋が吹き飛ばされたみたいだ。ぼろい。
「えー、妻です」
鈴鹿が立っている。妖刀『血吸』を抜いている。黒い妖気が辺り一面にたちこめている。暗雲が垂れこめて、稲光まで起きている。どこの終末だ。エンドオブワールドだ。
「まーーーって。待て待て待て」変な人が慌てている。おもしろい。
雷光が太い丸太で組んだ塀をなぎ倒していく。あんなことできんのか。こええ。
「待って下さい待って下さい落ち着いてとにかく落ち着いて」
おまえが落ち着け。
「もーーー、なんだかわかんないけど、あやまります。どうぞ勘弁して下さい。よくわかんないけど」
変な人は鈴鹿に土下座した。
「わかりゃいいんだよ、わかりゃ。ちっ」まるでヤクザです。
「おねえさまこわいー」「なにいってんのよー」「おねえさま妖気ひっこめて」「むりいわないでー」
きゃぴきゃぴやめろ、そこ。
「あー失礼しました。蝦夷討伐軍副官の田村です」
「そ、そですか。わたしは、しらぎ、新羅義光ですはい」
変な人が本人だった。
「ごめんなさい、城門とかぶちこわしちゃって」
「ななななに言ってるんですか、あんなの、あんなぼろいの、そろそろ建て替えようかなと。はははは」
明らかに無理している。
「それで御相談なんですが」
「通行でしょ?どうぞ通って。もう、すぐにでも。一刻も早く。お願い」
「あー、ありがとうございます」
「そ、それで、また兵糧とかさしだせと?」
「え?いりませんよ、そんなもん」
「いらないんですか?」
「いっぱいあるし」
「そう、なんですか」
新羅義光は明らかにほっとしている。
よっぽど前任のやつらがひどいことしたんだろう。気の毒に。
「じゃ、通らせていただきます」
五万の兵が、粛々と通り過ぎるのを、新羅義光はじっと見ていた。
「兵を集めよ」
「いかがなさるおつもりで?義光さま」
「われらも陸奥に向かう」
「は?」
「蝦夷の討伐に加わるのだ」
「かしこまりました。しかし絶対通さぬとおっしゃっていた方が」
「なんか、いい感じだったんだよね。あの田村ってやつ」
「これは人好きのよいことで」
「うん」
こうして兵が増えた。弟麻呂が笑っている。こいつがいたら、天下も盗れるなと弟麻呂は思っていた。
陸奥の国は目前にせまっていた。
ついに陸奥の国へと田村麻呂たちは進む。戦はもうすぐ始まる。いや、その前にもうひと波乱はお約束ですが。




