三明(さんみょう)の剣
兎人との戦いで仕事が増えた。めっちゃ忙しい。鈴鹿も出産間近。ソワソワ、ソワソワ。最近、早良の怨霊が頻繁に遊びに来るんですけど。憑りつかれてんの?うち。
鈴鹿が女の子を産んだ。
超かわいい。
毎日見に行きたかったのだが、朝敵騒動や兎人襲来などで、蝦夷討伐直前だった軍政がめちゃめちゃになってしまい、その立て直しに軍の再編など必死にやってる。しかも遷都の方も急ピッチで進めているので泊まり込みも多く、ぜんぜん見に行けないのだ。
ときどき怨霊の早良親王が似顔絵を描いて持ってきてくれる。驚いたことに凄く上手い。写真みたいに描けているのだ。
「きゃわいいにゃあ」
手放しで喜ぶ俺に早良は注釈をたれる。
「この線が大事なんですよ、この線。わかります?ぼく的には陰影を駆使して対象に強いインパクトを与えるバロック式より、むしろロココ美術の官能的なエッセンスをも取り入れ、いえ昇華させた新古典主義こそ形式美や統一性による格調の高い、そして自然と美に生命を与える描写を開花させる技法であり、対極をなすロマン主義をも凌駕しうる絶対的価値観だと思うんですよ」
「おまえなにいってるんだ?」
こいつ職業絶対間違えている。怨霊ってのが職業なのかわからんが。
「とにかくかわいいですよー。ぼくのお嫁さんにしちゃおうかなあ」
ふざけんな。どこの世界に怨霊に自分の娘を嫁にやるバカがいる?何のいけにえだ。そういうの『何とか伝説』になっちゃうだろ。
「祓うぞ」
「冗談ですよ、じょーだん。はっはっは。まったく田村麻呂君は冗談も通じないんだから」
「怨霊の冗談なんか、怖いわ。マジうちの子に差し障ったらどうすんの」
「もー、親ばかなんだからー」
こいつマジ祓ったる。
「仲いいんですね」春子がお菓子を持ってきた。
不思議なことに菓子だけは早良親王は食べられるらしい。怨霊のくせに。
「怨霊って言わないでくださいよー。せめて亡霊って言って」
違いがわからん。
「あんなことがあったのに、なんか友達みたいになっちゃって。不思議な方なんですね、わたしの旦那さま、は」
“旦那さま”んとこ妙に力入ってなかったか?天姫とミコチが睨んでんぞ。
「あはは、そうですよね。でも、みんな、俊哲くんはじめスサノオさんや、それから兎人さんたちも蝦夷のアテルイさんやモレさんたちも、みんな田村くんの人柄に魅かれてそうなっちゃったんですよ、きっと」
早良親王さん、恥ずかしいっす。
「でもー、ただ気がかりなのは、あの人かな」
「ん、だれ?」
「ぼくなんか亡霊駆け出しだからよく知らないんだけど、すごいのがいるらしいんですよ」
亡霊に初心者とかあるんだ。
「あ、もうこんな時間。いそがないと朝が来ちゃう」亡霊はあわてていた。
「朝日を浴びると消えちゃうのか?吸血鬼みたいだな」
「ばっかだなー。朝の満員電車が苦手なの。汗ばんだおっさんにペターってくっつかれたら死にたくなっちゃうだろ、誰でも」
春子がうんうんといっている。OLでもやってたのかしら。
「あー、あるある」俺は同調した。まあ、奈良・平安時代に電車が走ってたら、だけどな。
「とにかく気をつけてねー、あははははは。バイバーイ」ムカつくやろうだ。いつか祓う。
「あれでも気を使ってんのよ、あなたに」
鈴鹿は子供産んでから優しくなりました。
「じゃなかったら馬のケツにバラバラにちぎって突っ込んで一緒に桜鍋にしてやるとこだけど」
そうでもないみたい。
おぎゃあ、と泣く声がする。
子供の名前を考えた。
すぐに却下された。
「ダメです。あなたのは」
「なんでー、超トレンドだよ。インパクトあるよ。毎年水曜ロードショーでやるよ」
「ダメです。個人的には納得はしますが」
「ならいいじゃん」
「もののけ姫はダメです」
「じゃ、ナウシカ」
「しね」
結局、名前は『小りん』と決まった。しょうりん、か。かわええ。坂上小りん。なんて愛らしい(親バカ)。
異変は唐突に起きた。
早良親王の亡霊が目の前で消えたのだ。得意げになって西洋美術史を語っていたとき、突然消えた。
俺が祓ったという疑いが家族から起こったが、春子が否定してくれた。亡霊を祓うのが疑われる自体、異常ですが。みなさんの感性の方を、僕は疑うんですが。
次に鈴虫と湯けむりシスターズが唐突に消えた。ここまで来ると異常事態だ。早良親王はどうでもいいが。
高子が怯えた。俺が守る、といっても、どう守ればいいんだかまったくわからない。
そうしているうちに鷹継、つまりころくが、消えた。
どうなっている?何が起きた?
どたどたと千手観音が駆けてきた。廊下は走るなと何べん行ったらわかるんだ、あいつは。
「田村くん、これはヤバイよ。これはきっと過去からの攻撃だよっ」って言って千手が消えた。
怖い。ちょー怖い。なにその過去からの攻撃って?SF過ぎてわからないんですけど。近未来小説なら成立するんですけど、今は奈良・平安時代ですよ。もー、タイムマシンなんてないから。エイリアンなんていないから。
「あなた。心して聞いて頂戴」
「なんなの、鈴鹿?なんか知ってるの?」
鈴鹿は今まで見たこともない暗い顔をしていた。
「これはあいつの仕業」
「あいつって、だれ?」
「鈴鹿山であなたが倒した、大嶽丸」
「え?でもあいつ地獄でけっこう仲良くなったんだぜ?」
「それ以前のあいつよ。しいて言えば、あなたに倒される前のあいつ」
「言ってる意味がわからないんですけど」
つまり、俺に倒されることを悟った大嶽丸が、未来の俺たちを消している、という。できんのか、そんなこと。
「できる。大通連だ」
「なにそれ」
「別の名を大通の剣という。未来を見渡せ、それを切ることのできる剣だ」
「ちょ、そんなのヤバいじゃん。なんでそんなもんあいつが持ってんの?」
「あたしの父がやったらしい」
「またあの第六天のクソおやじか」
「いいから聞け。わたしも恐らくもうじき消える。お前はそれにそなえなくてはならぬ」
さらっと衝撃なことを言った。
「な、何言ってんだ?なんでお前まで消えるんだ?いい加減なこと言うなよ」
「おちつけ。これはもう、どうしようもないのだ」
「なんでだ」
「未来を絶たれたのだ」
意味がわからない。未来を絶たれるなんて、そんなのできんのかよ。
「すまない。でも、田村麻呂、いえ、あなた。あたしはあなたを」
消えた。
そばで小りんが泣いていた。
俺ひとり、そして小りんがいた。誰もいなくなっていた。
「あーなんかまずいことになってるね」
第六天の魔王。鈴鹿の親父。
「てっめえっ、なんてことしてくれてんだよっ」逆上した。コイツコロス。
「ちょ、落ち着け。ま、まて。ソハヤは抜くな」
「死ねって言ってんだよっ」
「まてまてまてまて、き、きみらしくないぞっ。はやまるなっ、鈴鹿はどうなるっ」
「その鈴鹿が消えたんだよお前も消えろよしねよしねしね」もはや切れた。いやその寸前。こいつ殺して世界を滅ぼす。
「ほーんと、待って。まだ大丈夫。全然平気。ノープロブレム」
「ああっ?」
「過去にね、戻って」
「らあっ?」
「落ち着けって。過去に戻って取り返すんだ」
「何をだよ、てめえっ」
「未来だ」
第六天の魔王は血だらけだった。俺を止めるのに必死だったに違いない。
ソハヤを床にぶっさすと、俺は座り込んだ。鈴鹿。高子。みんな。
「やっぱり滅ぼす」
「あーーーーまてまてまて」
「せえな、てめえっ」
「むこどの、おちつけ」
「もとはてめえが」
「そう。わしな。わしが悪い。反省してます後悔してます悔いています。だから聞け」
「なにを?」
「みなを救う方法じゃ」
この世はさまざまな因子でできている。現代風に大まかに言うと素粒子とかダークマターとかが電子や陽子とゴチャゴチャになっているように、しかも力はさまざまに向かっている。
個々の力は小さい。しかし集まれば現実に作用する大きな力ができてくる。質量を持った本質的な物質の性質。集合し合成し複合され出てくる根本の性質。陰と陽だ。プラスとマイナス。有と無。精神生命界でもそれが存在する。正と邪と。つまり神と悪魔だ。千手観音も第六天の魔王もその因子のひとつなのだ。
因子は流れだ。川のように時間を移動している。その川に作用できる物理的事象。つまり川の流れは止められないが、川の流れを変えられるものが存在する、と第六天の魔王は言うのだ。
「過去の世界で大嶽丸は大通連を使っている。未来を破壊しているのだ。それを阻止できるとしたら」
魔王は俺を見つめた。
「俺が過去に戻るしかない、が、できるのか?そんなことが」
魔王は苦しそうに言った。「ちょ、婿どの、胸ぐらつかむのやめて」
「あ、すまん。つい」
「ま、あ、いい。あの剣は未来を見据える言い換えればそこに現在がある」
「いみがわからん」
「つまりあの剣は未来を作り出す現在だ。過去にあればそこでその剣は勝手に未来を作れる」
「ていうことは」
「そうだ、大嶽丸は過去にいて、そこから未来を変えているのだ」
「どうしようもねじゃねえか、それって」俺は泣きそうになった。
「方法がないわけじゃない」
「なんだ?てめえ、教えろよっ」
「おいっ、わしの娘のことでムキになってくれるのは嬉しいが、すこし落ち着け。話もできん」
「悪かった。つい」
「まあ、いい」
第六天の魔王は優しい目で俺を見た。
魔王がなんで優しい目で、という根本的なしかも人類的にありえない事象が現実に起こりうる可能性を否定する要因すら全て否定される不都合率を情緒的と判断する曖昧さに本質の標榜を内因的平衡を保てず崩壊するカタストロフィー。
「田村くん、大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。取り乱して違う世界に行っておりました、お義父さん」
「たのむよ、もうー」
実際、俺はもう力が抜けていって、どうにもならないのだ。意識が現実から逃げようとしているのだ。
「これを使え」
魔王は二本の剣を出した。
「小通連と顕明連、という」
「なんですか、それ」
「大通連が現在なら、小通連は過去。顕明連は未来だ」
「ますますわかりません」
「早い話、小通連は過去に戻れる。顕明連は未来に行ける、ということだ」
「マジか」
「マジだ」
「えと、んじゃ大通連てどこに行けんの?」
「もー。大通連はね、現在なの。現在に行ったって現在でしょ。ばかなの?」
「あー」
「その大通連を合わせた三つの剣を、『三明の剣』というのだ。わかったか」
「わかった」
「なら早くお行き」
「え?どこへ?」
「大嶽丸のいる過去でしょーっ。もう、ほんとバカ」
「ばかばか言うな」
「はよいけ」
「ありがとうございます、お義父さん」
「ただし、問題がある」
大嶽丸のいるところがわからないのだという。過去には行けるが、いつの時間、つまり正確な日時がわからなければ、永遠と探さなくてはならない。時間とはそれほど恐ろしいのだ。偶然という無限の必然に運という確率を委ねなければならないのだ。これを無明、という。
「だいじょうぶ。まかせて」
ミコチが立っていた。空間をあやつれる元妖魔の娘。仏の眷属として俺と生きる覚悟を決めた俺の初めての友だち。そして本人は俺の妻だといいはる根性。おそらく地球上でこいつにかなう生物いや物質は存在しない。取り消す。宇宙で、だ。
「無事だったのか」
「なんか変な波動来たが、ことわった」
「ことわったって、そゆことできんだ」
「あたしの空間。好きにはできない」
「とにかくよかった」
「みんなを戻しに行く」
希望が湧いた。
「場所は特定できんのか?」
「簡単。あいつの場所はすぐわかる。だけど時間は遡れない。でもそれがあれば」
「行けるんだな」
「行ってコロス」
「まかせろ」
「いえ、あたしがコロス。みんなの分」
涙が出た。
「ばーか。そいつから剣奪って、みんなを戻す」
「さすがわたしの夫のスクネ」
「だろ。でもうまくいったとき、それ言って」
「わかった。ウエディングドレス着てそれ言う」
「何でそんなもん、着る」
「それはお約束。掟のルール」
「いみわからん」
まってろよ、みんな。
光の壁を通り抜けた。小通連は時間を切る。過去への時間だ。
通るとき、ものすごい速さでさかさまに時が動くのを感じた。大きな大木がみるみる縮んでいく。
「ここにいる」
ミコチが指さした。
大きな洞窟だった。鬼の巣穴らしい。
「なんかいるな」
かがり火の向こうで鬼たちが酒盛りをしている。あれ?鬼ってこんなにいたっけ?まあいいか。
「だれだ?きさま」
鬼の一匹が気がついた。
瞬間、どこかに飛ばされた。
「ミコチ、大通連持ったやつはとばすなよ」
「わかった」
いた。大嶽丸だ。
俺は『騒速』を抜いた。
向かってくる鬼を切っていく。刃すじは音速を超える。当然、衝撃波が起こる。ソニックブームだ。切られた鬼は粉々に消えていく。後始末が楽だ。
「く、きさま、だれだ」
大嶽丸は俺を知らないのか?
「おまえに消された者たちの、亭主だよ」
「何言ってやんだ」
よくわからないという顔をした。手に剣を持っている。剣が消えた。
「え?」「え?」
俺と大嶽丸が同時に驚いた。
「ほれ、取った」ミコチが剣を持っていた。
「へーすごいな。そういうこともできるんだ」俺は素直に感心してた。
「逃げたぞ」
「あ、べつにかまわないさ」
「なんで?」
「すぐに俺に殺されるからな」
「わからない。スクネ、教える」
「だから、もうじき小さい俺に退治されるんだ」
「いまやっちゃったほうが、めんどくさくない」
「そうしたら、みんなと会えなくなっちゃうでしょ」
「そうだな」
下手に過去をいじるとたいへんだ。
「さて、帰るか」
「まだ何もしてない」
「したさ」
「みんな助けないと」
「助けたさ」
「わけわからない」
「大嶽丸が大通連でみんなを消す前に来たんだ」
「えーと」
俺は大通連を振る。光の中に鈴鹿や高子がいた。
「ほらな」
「やられる前にきたんだな」
「そーゆーこと」
顕明連を抜いた。キラキラと美しく輝く剣だ。
俺たちは帰って来た。みんながいた。
鈴鹿と話し合って、顕明の剣は小りんに託すことにした。未来はきみのものさ。
「それ、わしのだけど」
全ての元凶の第六天の魔王。俺の義理の父。お仕置き方法を鈴鹿と考え中だ。
第六天の魔王は地獄でバーベキューになってます。まあ、ぜんぜんへこたれないでしょうが、お義父さんは。これでようやく軍の編成の準備ができます。ミコチが変なドレス着て俺を探しています。大通連でミコチの記憶を消去しようと思います。




